夜陰やいん)” の例文
夜陰やいんのこんな場所で、もしや、と思ふ時、掻消かききえるやうに音がんで、ひた/\と小石をくぐつて響く水は、忍ぶ跫音あしおとのやうに聞える。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ジュリアは夜陰やいんじょうじてポントスの寝室を襲い、まずナイフで一撃を加え、それからあのレコードで『赤い苺の実』を鳴らしたんです。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「なんの、お慎みの折柄じゃ。まして夜陰やいんにどこへお越しなさりょうぞ」と、家来は初めから問題にもしないように答えた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さだめしお婆はたんのうしたろうが、夜陰やいん、山の中へ連れ込んだところを見ると、最後の思いをはらそうというつもりだろう。こわいのう女は」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或る人はまた、夜陰やいん、小泉家から出た二挺の駕籠かごが、恵林寺えりんじまで入ったということを見届けたというものもありました。
何故なにゆえに女房の被衣などを着て、しかも、夜陰やいんに曲者のように南縁の雨戸を開けて戸外そとへ出るだろう、右大将家が決してこんなことをするはずがない。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は挨拶あいさつをして格子こうしの外へ足を踏み出した。玄関と門の間にあるこんもりした木犀もくせい一株ひとかぶが、私の行手ゆくてふさぐように、夜陰やいんのうちに枝を張っていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうでなくとも堂々と押しかけてきて一門を承知させたことになっていて、大昔の神々のごとく夜陰やいんひそかにかよってきて後に露顕したものではなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうして、騒ぎが静まるのを待ち、人知れず上陸して、夜陰やいんじょうじて逃亡しようという企らみであったに相違ない。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どの横町も灰色の夜陰やいんに閉ぢられて灯影ほかげすくなく、ゴルキイの「よる宿やど」の様な物凄さを感じないでもない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
歳子が気にすると、それは近所の町の湯屋が夜陰やいんに乗じて煙突の掃除をしてゐるのだと牧瀬はいつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
獄舎の庭では夜陰やいんに無情の樹木までがたがいに悪事の計画たくらみささやきはせぬかと疑われるので、くは別々に遠ざけへだてられているのであろうというように見えてなりません。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
汝等なんじらつまびらかに諸の悪業あくごうを作る。あるい夜陰やいんを以て小禽しょうきんの家に至る。時に小禽すでに終日日光に浴し、歌唄かばい跳躍ちょうやくして疲労ひろうをなし、唯唯ただただ甘美かんび睡眠すいみん中にあり。汝等飛躍してこれをつかむ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
成親殿なりちかどの夜陰やいんにまぎれて毎夜賀茂の森まで通いました。大杉のほらの下の壇の前にぴたりとすわっていました。顔はまっさおでしかも燃えるような目で僧らの所業しょぎょうを見ていました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それは夜陰やいんの儀でござるで、誠にお馬場口や何か淋しくてならんから、彼に見廻りを申付けるおりに、大小を拝借致したいと申すから、それではおれつもりで廻るがいと申付けましたので
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『世を隔てたる此庵このいほは、夜陰やいんに訪はるゝおぼえなし、恐らく門違かどちがひにても候はんか』。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
彼等は夜陰やいんに墓を掘り終え、小さな棺が来るのを待って居たのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いとはず自身にゆふ申刻過なゝつすぎより右の寺へ參る其夜亥刻近よつどきちかき頃たくもどり來る途中しも伊呂村の河原にて死人につまづきたれども宵闇よひやみなれば物の文色いろわからず殊に夜陰やいんの事故氣のせくまゝ早々宿やどへ戻りて其夜は打臥うちふし翌朝かどの戸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
声とともに一発の銃声じゅうせい夜陰やいんの空気をふるわした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
夜陰やいん跳梁ちょうりょうする群盗の一
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は抜荷ぬけに買いというもので、夜陰やいんに船を沖へ乗り出して外国船と密貿易をするのであった。密貿易は厳禁で、この時代には海賊と呼ばれていた。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
絶えて久しい主人が、こうして夜陰やいんにブラリと尋ねて来たものですから、一学も最初は妖怪変化ようかいへんげではないかとさえ驚きあやしみ、且つ喜びました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きっと貴公へ討手うってのかからぬよう引きうける。貴公は、夜陰やいんにまぎれて、ここを逃げ落ちてください。——それがしの身にかまわず、どうぞ安心して!
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたへに一ぽんえのきゆ、年經としふ大樹たいじゆ鬱蒼うつさう繁茂しげりて、ひるふくろふたすけてからすねぐらさず、夜陰やいんひとしづまりて一陣いちぢんかぜえだはらへば、愁然しうぜんたるこゑありておうおうとうめくがごとし。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
汝等なんじらつまびらかに諸の悪業を作る。あるい夜陰やいんを以て小禽しょうきんの家に至る。時に小禽すでに終日日光に浴し、歌唄かばい跳躍ちょうやくして疲労をなし、唯唯ただただ甘美かんび睡眠すいみん中にあり、汝等飛躍してこれをつかむ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
濃い夜陰やいんの色の中にたった一つかけ離れて星のように光っているのです。私の顔はその灯火の方を向いていました。兄さんはまたなみの来る海をまともに受けて立ちました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜陰やいん森中もりなかに、鬼火おにびの燃えるかなえの中に熱湯ねっとうをたぎらせて、宗盛むねもりに似せてつくったわら人形をました。悪僧らはあらゆる悪鬼の名を呼んで、咒文じゅもんを唱えつつかなえのまわりをまわりました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
夜陰やいんに主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄はくじんが畳をつらぬいてひらめいずるか計られぬと云うような暗澹あんたん極まる疑念が、何処どことなしに時代の空気の中に漂って居た頃で、私のうちでは、父とも母とも
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
夜陰やいんでございますが金目貫きんめぬきが光りますから抜いて見ると、彦四郎貞宗ひこしろうさだむね
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
未だ十七歳なれど家老職からうしよくにて器量きりやうひとすぐれしかば中納言樣の御意に入りて今夜も御席おんせきめさ御酒ごしゆ頂戴ちやうだいの折から御取次の者右の通申上ければ中納言樣の御意に越前夜陰やいんの推參何事なるか主税其方對面たいめんいたし委細承まはり參るべしとの御意に山野邊主税之助はおもて出來いできたり越前守に對面して申けるは拙者は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夜陰やいん、間道をとっては、奇襲に出た。風のごとく襲っては風のごとく返り、そのたびに大きないたでを敵に与えた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汝等つまびらかに諸の悪業あくごうを作る。あるい夜陰やいんを以て小禽しょうきんの家に至る。時に小禽すでに終日日光に浴し、歌唄かばい跳躍ちょうやくして疲労をなし、唯唯ただただ甘美かんび睡眠すいみん中にあり、汝等飛躍してこれをつかむ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
夜陰やいん屋敷へ来てするように罵ったり、石を投げたりする者はなく、ただ一種異様の眼を以て見送っているうちに、馬蹄ばていの音は消えて、一行は早くも甲府の城下を去ってしまいました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はるかにいぬ長吠ながぼえして、可忌いまはしく夜陰やいんつらぬいたが、またゝに、さとはうから、かぜのやうにさつて、背後うしろから、足代場あじろばうへうづくまつた——法衣ころもそでかすめてんだ、トタンになまぐさけものにほひがした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
むかしの説に、野狐のぎつねの名は紫狐しこといい、夜陰やいんに尾をつと、火を発する。
清浄を嫉視しっしする夜陰やいんの尼なる魔界の天使。
およそ忍術にんじゅつというものも夜陰やいんなればこそ鼠行そぎょうほうもおこなわれ、木あればこそ木遁もくとん、火あればこそ火遁かとんじゅつもやれようが、この白昼はくちゅう、この試合場しあいじょうのなかで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちま幽怪いうくわいなる夜陰やいん汽笛きてきみゝをゑぐつてぢかにきこえた。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
するとこの夜陰やいん、おくの曲輪くるわにあたって、にわかにジャラン! ……と妖異よういかねのひびきがゆすりわたった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何とか、筑前どのへ、お取做とりなしをもって、主人成政の一命、お救い上げねがわしゅう存じまする。そのため、夜陰やいんじょうじ、恥をしのんで、おすがりに参った次第で……」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)