まみ)” の例文
引きおろさせてみると、汚い風こそしておりますが、さすがに娘になる年配で、ほこりあかとにまみれながらも、不思議に美しさが輝きます。
彼血にまみれつゝかの悲しき林を出づれば、林はいたくあれすたれて今より千年ちとせにいたるまで再びもとのさまにかへらじ。 六四—六六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
で何事に依らず氣疎けうとくなツて、頭髪かみも埃にまみれたまゝにそゝけ立ツて、一段とやつれひどく見える。そしてしきりと故郷を戀しがツてゐる。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
亭主物うき事に思い歎くと、大黒天その夢に現じて、宵の鼠のうどん粉にまみれ出でたるも、汝に富貴の道を教ゆべき方便であった。
植物共の生命が私の指先を通して感じられ、彼等のあがきが、私には歎願のように応える。血にまみれているような自分を感じる。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは、泥まみれになった片側を、十四郎が喜惣に当てたことで、喜惣はまたむきになって、無傷のほうを自分のものに主張するのだった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
暴力は一時世を支配しようとも、暴力自体の自壊作用によりて瓦壊がかいする。真理は一度地にまみれようとも、神の永遠の時は真理のものである。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
彼の眼の前には見覚えのある線路の継目と、節穴の在る枕木と、その下から噴き出す白い土にまみれた砂利の群れが並んでいた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
網に掛かってあがったのは、余の双眼鏡で見た所では大きな不恰好な風呂敷包みの様な物である、勿論多少は泥にまみれて居るが
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
処女の神聖をがさん為めに準備せられた此の建物が、野獣の汚血をけつまみれたのは、定めて浅念なことでせう——きずつけるものの為めには医師を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そして、右手で、肩をつかんで真向まむけに転がすと、半分眼を開いて血にまみれた口を、大きく開けて死んでいたが、顔には、何処も傷が無かった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
とちやほや、貴公子に対する待遇もてなし服装みなりもお聞きの通り、それさえ、汗に染み、ほこりまみれた、草鞋穿わらじばきの旅人には、過ぎた扱いをいたしまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これとむかい合ッているのは四十前後の老女で、これも着物は葛だが柿染めの古ぼけたので、どうしたのか砥粉とのこまみれている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
彼等かれら幾夜いくよをどつて不用ふようしたときには、それが彼等かれらあるいたみちはたほこりまみれながらいたところ抛棄はうきせられて散亂さんらんしてるのをるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そこでこの不潔な市街、汚穢おわい極まる人民、年中垢の中にまみれて居る人間もそんなに病気を受けないのだろうと思います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
髪は霜に打たれしよもぎの如く、衣は垢にまみれて臭気高し。われは爾時、晩食を喫了して戸外に出で、涼をれて散策す。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
垢にまみれて破れ裂け、補給の道もなく、皮膚は一年有余にわたる灼熱の太陽にかれてアンゴラ土人となんの変わりもないくらいにこげ切っていた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
だがしかし、足は既に窓から離れ、身体は一直線に落下して居る。地下には固い鋪石。白いコンクリート。血にまみれた頭蓋骨ずがいこつ! 避けられない決定!
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
塵埃じんあいまみれた、草や、木が、風雨を恋うるように、生活に疲れた人々は、清新な生命の泉にかっするのであります。
『小さな草と太陽』序 (新字新仮名) / 小川未明(著)
無残やな、振仰ぐ宮がのんどは血にまみれて、やいばなかばを貫けるなり。彼はその手を放たで苦きまなこみひらきつつ、男の顔をんと為るを、貫一は気もそぞろ引抱ひつかかへて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
背には風呂敷ふろしき包み、紺の脚絆きゃはんも長旅の塵埃にまみれて、いかにも疲れ果てたというふうであったが——立ち留まって、あとを追いかけてきた田舎娘を待った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
正道はなぜか知らず、この女に心がかれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪はちりまみれている。顔を見ればめしいである。正道はひどく哀れに思った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
不動のごとく血の炎にまみれさった……と思いのほか刹那せつな! 燐光一線縦にほとばしって、ガッ! と兵衛の伸剣しんけんみ返したのは自源流でいう鯉の滝昇り
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
母は血にまみれた父の上半身を自分の膝の上に抱いて、その上に蔽ひ被ぶさるやうに身を曲げ、顔を寄せて父の顔を見入つてゐた。私も近よつて父の顔を見た。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
しかし、寂寞せきばくとした広間の中で彼の見たものは、御席みましの上に血にまみれて倒れている父の一つの死骸であった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
木曾義仲よしなかの場合でも分るし、尊氏の最初の京都入りの場合でも分るのだから、正成の献策が容れられたならば、尊氏は再敗地にまみれたかも分らないのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
あせばんで転がるたびに砂まみれになってゆく、上原の肉体も、額に髪がからみついた顔も、だんだん紅潮してゆくに従って、筋肉の線に、ふくらみもでて来て美しく
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「国祖孫堅将軍以来、重恩をこうむって、いま三代の君に仕え奉るこの老骨。国の為とあれば、たとい肝脳かんのう地にまみるとも、恨みはない。いや本望至極でござる」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
情けないほどのせせらぎにさえ仕掛けた水車を踏む百姓の足取りは、疲れた車夫の様に力が無く、裸の脊を流れる汗は夥しく増えた埃りにまみれて灰汁あくの様だった。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
五本の指、たなごころ前膊ぜんはく上膊じょうはく、肩胛骨、その肩胛骨から発した肉腫が頭となって、全体があだかも一種の生物の死体ででもあるかのように、血にまみれて横たわって居た。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
この際誰れがこれを疑ぐろう? 彼は血にまみれておる。彼は書記殺しの兇賊二名をとらえたのだ。十数名の人々は彼が兇賊と猛烈な挌闘を演じておる様を目撃した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
發したるは我手中の銃にして、黒く數石を染めたる血にまみれて我前に横れるは我友なり。われは喪心者の如く凝立して、拘攣こうれんせる五指の間にかたく拳銃をつかみたり。
憎しと思うやからの心やぶはらわた裂け骨くじけ脳まみれ生きながら死ぬ光景をながめつつ、快く一杯を過ごさんか。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
勇気を出して三発目に頭のうしろの方を射ち抜いたので、ドスン! と音がして、与兵衛の立つてゐた二間ばかり上の方へ、大きな親猿が血にまみれて落ちて来たのでした。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
従って機関部の人たちに遇うことは殆どなかった。石炭と灰と油にまみれて船底ダンビロうごめいている彼らを、何かと言えば軽蔑する風習がの船の甲板デッキ部員をも支配していた。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「去年は倭奴わど上海をおびやかし、今年は繹騒えきそう姑蘇こそのぞむ。ほしいままに双刀を飛ばし、みだりにを使う、城辺の野草、人血まみる」。これ明の詩人が和寇わこうえいじたるものにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
髪は塵埃ほこりまみれてしらけ、面は日に焼けて品格ひんなき風采ようすのなおさら品格なきが、うろうろのそのそと感応寺の大門を入りにかかるを、門番とがり声で何者ぞと怪しみ誰何ただせば
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
老管理者はみちで金物屋に寄つて、金槌かなづちを一ちやう買つて帰つた。そして図書庫としよぐらに入ると、手垢てあか塵埃ほこりとにまみれた書物を一冊づつ取り出しては、いやといふ程叩きつけたものだ。
鷲郎は急ぎいだき起しつ、「こや阿駒、怎麼にせしぞ」「見ればおもても血にまみれたるに、……また猫にや追はれけん」「いたちにや襲はれたる」「くいへ仇敵かたきは討ちてやらんに」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ある者はくじいてずいを吸い、ある者は砕いて地にまみる。歯の立たぬ者は横にこいてきばぐ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
坂口は喫驚びっくりして馳寄った。女は黒っぽい着物の裾を泥まみれにして、敷石の上にうずくまっていた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
形相を変えた土幕民達がぞろぞろ並んで来る中に、一人の労働者風の男が背中に血まみれになった男を担いでいる。不吉な予感がさっと脳裡をかすめ、爺は反射的に駆け上った。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
兎に角、この電車問題では支倉の策戦が破れて、一敗地にまみれたものと云わねばならぬ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
EH? 何だって? 馬が腹をやられた? つのにかかって?——あ! そうだ、数条のはらわたがぶら下って地に這って、砂にまみれて、馬脚にからんで、馬は、邪魔になるもんだから
と血にまみれたる両手をあわせ、涙ながらに頼みます恩愛のじょうせつなるに、重二郎と清次と顔を見合わせてしばら黙然もくねんといたして居りますと、蔵の外より娘のおいさが、網戸をたゝきまして
かれの半身はなま血にまみれて、そこらに散っている俳諧の巻までも蘇枋すおう染めにしているので、惣八は腰がぬけるほどに驚いた。かれは這うように表へ逃げ出して、近所の人を呼び立てた。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
泥にまみれたまままた危い一歩を踏み出そうとした。とっさの思いつきで、今度はスキーのようにして滑り下りてみようと思った。身体の重心さえ失わなかったら滑り切れるだろうと思った。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
この向島も全く昔のおもかげは失われて、西洋人が讃美し憧憬する広重の錦絵にしきえに見る、隅田の美しい流れも、現実には煤煙ばいえんに汚れたり、自動車のあお黄塵こうじんまみれ、殊に震災の蹂躙じゅうりんに全く荒れ果て
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
全欧州を征服した人々も一敗地にまみれて、何ら言葉を発するすべもなく、何らなすべきすべもなく、ただ影のうちに恐ろしきもののあるのを感じた。それは運命のしからしむるところであった。
血にまみれた肩先を片手でしっかり抑えながら、権九郎は体をもがいたものである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)