其家そこ)” の例文
たつた一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、かじの折れた其俥は、遂この頃まで其家そこの裏井戸のわきで見懸けられたものだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いや、これに対しても、いまさらよそうちへとも言いたくなし、もっと其家そこをよしては、今頃間貸まがしをする農家ぐらいなものでしょうから。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
謡曲うたひが済む頃になると、其家そこせがれが蓄音機を鳴らし出す。それがまた奈良丸の浪花節なにはぶし一式と来てゐるので、とても溜つたものではない。
みのるは其家そこの主人の應接で久し振りな顏を友達と合はせた。みのるには自分が借りるのだといふ事が何うしても云へなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
といって、加藤の家の主婦おかみさんが伝言ことづけをしていたというから、それで喜久井町の家の未練を思いきって其家そこへ移ることに決心した。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
で、昼御膳を其家そこで済まし布施ふせには金と法衣を一枚貰いました。其衣それは羊毛でこしらえた赤い立派な物で、買うと三十五円位するそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
すると其処こゝ野口權平のぐちごんぺいと云う百姓がございます、崖の方へ引付ひッついてあるうちで、六十九番地で、市四郎はかね知合しりあいの者ゆえ其家そこを起して湯を貰い
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其家そこへよく来るお客で、綽名あだなを「くろさん」とも「のうめん」ともいわれているお客がある。金切れもわるいし、御面相ごめんそうは綽名のとおりだしするのだ。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私を迎えに来て其家そこまで案内してくれた婆さんが、こういって再び促したので、私は思いきって入って行った。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ことに私はいつも其家そこ離室はなれに滞在する事にきめてあるので少しの遠慮もいらないから、とたって勧める。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
大阪市住吉区阿倍野筋一丁目に、山本照美と云う素封家ものもちの未亡人が住んでいた。其家そこには三人の子供があって、長女を政子、長男を政重、次男を政隆と云っていた。
室の中を歩く石 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「それでも其家そこの親爺様は幾何いくら飲んでも、家の親爺の様に性根なしにならんさかい宜いけれど。」
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
私の実見じっけんは、ただのこれが一度だが、実際にいやだった、それはかつて、麹町三番町こうじまちさんばんちょうに住んでいた時なので、其家そこ間取まどりというのは、すこぶれな、一寸ちょいと字に書いてみようなら
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
そこで偶然に最もいやしい種族の家をおとずれると、たちま其家そこの女にれられてしまった。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
骨身にこたえる寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家そこたずねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛かえりがけに一寸一円貸せと頼んだ。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は勿論もちろん幼少だから手習てならいどころの話でないが、う十歳ばかりになる兄と七、八歳になる姉などが手習をするには、倉屋敷くらやしきの中に手習の師匠があって、其家そこには町家ちょうかの小供も来る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
れにかまはずくちびるめて、まあお聞遊きゝあそばせ、千葉ちば其子そのこ見初みそめましてからのことあさ學校がくかうゆきまするときかなら其家そこ窓下まどしたぎて、こゑがするか、つたか、たい、きゝたい、はなしたい
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それが其家そこの主人のむかし書生をしていた家の御嬢さんなので、主人はもちろん妻君も驚ろいたという話がある。次に背中合せの裏通りへ出ると、白髪頭しらがあたま廿はたちぐらいの妻君を持った高利貸がいる。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其家そこなら知つてゐるが、男の跡取あととりはなかつた筈ぢやないか」
そして其家そこ此家こゝの質使をすることを平氣で吹聴した。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
漱石氏は京都へ来ると、いつも木屋町きやまち大嘉だいかへ泊つたものだ。其家そこへは色々の訪問客と一緒に祇園の芸妓もちよいちよい遊びに来た。
三月十四日に其家そこを出立することになりますと、朝から家内一同の者がどうか三帰五戒さんきごかいを授けてくれろと言うから鄭重ていちょうに授けてやりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
『マア、左様さうで御座いますか!』と一層驚いて、『わたしもアノ、其家そこへ参りますので……渡辺さんの妹様いもうとさんと、私と矢張やはり同じクラスで御座いまして。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
りながら外面おもて窮乏きうばふよそほひ、嚢中なうちうかへつあたゝかなる連中れんぢうには、あたまからこの一藝いちげいえんじて、其家そこ女房にようばう娘等むすめらいろへんずるにあらざれば、けつしてむることなし。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私も一足後から其家そこを出て番傘を下げながら——不思議なものだ、その時ふと傘の破れているのが、気になったよ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
おらアおまえ其家そこへお連れ申そうと思って、入らざる事だが、十二や十三で親の敵を討とうてえ心が感心だから、愈々いよ/\てえ時にア頼まれやしねえがおれも助太刀に出て
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は慌てふためいて帽子を引つかみ、うろ記憶おぼえの祈祷の文句を口に唱えながら、もう落ちこぼれた獲物なんかには目もくれずに、転げるようにして其家そこを飛びだした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その其家そこ如何どうなったか知らないが、かく、嫌なうちだった。
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
でも、次郎はなお其家そこをたたく手を止めないで
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その旅館はたごやは高田を始め、新旧俳優の多くが巣のやうにしてゐるが、松井須磨子なども、文芸協会の往時むかしから、いつも其家そこに泊つてゐる。
其家そこへ泊って一両日ちますとギャア・ラマの好意で送られた下僕しもべは、まあこの塩梅あんばいなら大丈夫でございましょうといって帰ってしまいました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
『まあ、左樣で御座いますか!』と一層驚いて、『私もあの、其家そこへ參りますので……渡邊さんの妹さんと私と、矢張り同じクラスで御座いまして。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
女が「じゃ切りがないから、もう帰りますよ。」と言って帰って行った後で、女中の持って来た桜湯にかわいた咽喉を湿うるおして、十時を過ぎて、其家そこを出た。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
うちも向ひ合せのことなり、鬼ごツこにも、きしゃごはじきにも、其家そこ門口かどぐち、出窓の前は、何時いつでも小児こども寄合よりあところ
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
王子の在へ行って聞きゃアすぐに分るてえますから、実は其処そこいけはた仲町なかちょう光明堂こうみょうどうという筆屋の隠居所だそうで、其家そこにおいでなさる方へ上げればいと云付いいつかって
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
勢いよく、其家そこの表を叩き初めました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家名いへななにかまはず、いま其家そこめようとする一けん旅籠屋はたごや駈込かけこみましたのですから、場所ばしよまち目貫めぬきむきへはとほいけれど、鎭守ちんじゆはうへはちかかつたのです。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「いや! また来ましょう。」と其家そこを出て、そのまゝ戻ったが、私は女中達に心を見透かされたようで、独りで恥かしかった。さぞ稍然すごすごとして見えたことであろう。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
其頃私の姉の家では下宿屋をして居たが、其家そこに泊つて居た髭……違ふ、違ふ、アノ髭なら気仙けせん郡から来た大工だと云つて、二ヶつきも遊んでから喰逃して北海道へ来た筈だ。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と言ひ言ひ、皆は松茸をれうつたり、カンテキの火を吹いたりした。その頃祥雲氏は市街まち外れの一軒家に、たつた一人で住んでゐたので、皆は其家そこに集まる事にしてゐたのだ。
其家そこへ行って拙者は武辺修行ぶへんしゅぎょうの者でござる、かる山中さんちゅうみちに踏み迷い、かつ此の通り雨天になり、日は暮れ、誠に難渋を致します、一樹いちじゅの蔭を頼むと云って音ずれると、奥から出て来た
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
じっと暮れかかる向側むこうがわの屋根をながめて、其家そこ門口かどぐちたたずんだ姿を、松崎は両三度、通りがかりに見た事がある。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ダンテはいお客だといふので、わざ/\其家そこの主人と子息むすことの間に坐らせられた。
おらア一つ鎌をもうけたが、是を見な、古い鎌だがきてえいと見えて、研げば研ぐ程よく切れるだ、全体ぜんてえ此の鎌はね惣吉どんの村に三藏という質屋があるとよ、其家そこが死絶えて仕舞ったから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其家そこにも、此家ここにも、怖し氣な面構をした農夫や、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹あをぶくれた女などが門口に出で、落着の無い不恰好な腰附をして、往還の上下を眺めてゐるが
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
その隣家となりに三十ばかりの女房一人住みたり。両隣は皆二階家なるに、其家そこばかり平家にて、屋根低く、軒もまたささやかなりければ、おおいなるおうの字ぞ中空に描かれたる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其の中で藤本ふじもとと云う鰻屋で料理を致すうちが有ります。六斎が引けますると、茂之助は何日いつ其家そこへ往って泊りますが、一体贅沢者で、田舎の肴は喰えないなどと云う事を平生ふだん申して居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其家そこにも、此家ここにも、怖し気な面構つらがまへをした農夫ひやくしやうや、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹あをぶくれた女などが門口に出て、落着の無い不格好な腰付をして、往還の上下かみしもを眺めてゐるが
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
巴里パリーの葡萄検査所の横に、銀の塔を看板に出してゐる料理屋がある。三四年ぜんまで其家そこにゐた主人は、家鴨あひる料理の名人で、家鴨を片手でぶら下げながら、一寸庖丁を当てて切つて出すのが得意だつた。
なにしろ梅雨つゆあけ早々さう/\其家そこ引越ひつこした。が、……わたしはあとでいてぶるひした。
くさびら (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)