あまり)” の例文
旧字:
この二家が枕山を推して畏友いゆうとなしているのは、その前途まことに測るべからざることを証してあまりあるものであろうとの意を述べている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかもかくのごときはただこれ困窮のあまりでたことで、他に何等の煩悶はんもんがあってでもない。この煩悶のうちに「鐘声夜半録」は成った。
「その方の衣服と扇子は、それで判っておるが、そのあまり贓物ぞうぶつは、どこへ隠してある、早く云え、云わなければ、拷問ごうもんにかけるぞ」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これぎりむなしく相成候が、あまり口惜くちをし存候故ぞんじさふらふゆゑ、一生に一度の神仏かみほとけにもすがり候て、此文には私一念を巻込め、御許おんもと差出さしいだしまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
また少女の姿は、初めてひし人を動かすにあまりあらむ。前庇まえびさし広く飾なきぼうぶりて、年は十七、八ばかりと見ゆるかんばせ、ヱヌスの古彫像をあざむけり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その女は昔し芸者をしていた頃人を殺した罪で、二十年あまり牢屋ろうやの中で暗い月日を送ったあとやっと世の中へ顔を出す事が出来るようになったのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じつこの音色ねいろたくはへてなどといふは、不思議ふしぎまうすもあまりあることでござりまする。ことに親、良人をつとたれかゝはらず遺言ゆゐごんなどたくはへていたらめうでござりませう。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
夫婦の情愛というものが水の上の油のように別になって「人」のする百般の事柄と何の関係かかわりもないと考えていられるのはあまり浅浅あさあさしくはありますまいか。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
小太郎が会釈えしゃくうちも、なほ上手の子供をずつと見廻して漸く心付き、これならばと思案を定める工合得心がいき、貴人高位のせりふよろこびあまり溢れ出でし様にて好し。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
駄賃だちんはこの翁を父親ちちおやのように思いて、したしみたり。少しく収入のあまりあれば、町にくだりきて酒を飲む。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただ喫驚びっくりした余りに怒鳴り、狼狽うろたえたあまりに喚いたので、外面そとに飛び出したのは逃げ出したるに過ぎない。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
零下何度じゃ絵筆が凍るからね……とにかく忠義一遍にり固まって、そんな誤算がある事を全く予期していなかった呉青秀の狼狽ろうばいと驚愕は察するにあまりありだね。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
余は「歌念仏」を愛読するのあまり、其女主人公に就きて感じたるところをありまゝに筆にせんとするのみ。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
毎日毎日根気よく同じようなことを繰返していたが、とうとう夏から秋にかけて——もっともそのうちの半分あまりは無駄に遊んだ——たった三つばかりしか出来上らなかった。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一、課題を得て空想上より俳句を得んとする時に、その課題もし難題なれば作者は苦吟のあまり見るに堪へざる拙句を為すこと、老練の人といへども往々免れざる所なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かれは人に捕へられて、憎悪ぞうをあまり、その火の中に投ぜられたのであらうか、それとも又、ひと微笑ほゝゑんで身をその中に投じたのであらうか。それは恐らく誰も知るまい。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
多寡たかが一里だ。」と、彼は難所に逢う毎に自ら励ました。が、あるいみちを踏み違えたのかも知れぬ。すでに二時間あまりを費したかと思うのに、目指すいわやいまだ探り得なかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何事をも永遠にゆるすものの目の前で、のた打ち廻るような必死の苦痛を、最初たった一人が受けたなら、その外の一切の人間の罪は、もうそれであがなってあまりあろうではないか。
其時、草色の真綿帽子を冠り、糸織の綿入羽織を着た、五十あまりの男が入口のところにあらはれた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しかれどもの文章またおのずから佳、前人評して曰く、醇龐博朗じゅんほうばくろう[#「醇龐博朗」は底本では「醇※博朗」]、沛乎はいことしてあまり有り、勃乎ぼっことしてふせしと。又曰く、醇深雄邁じゅんしんゆうまいと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし一方潜水艦が発見された! 父が救助された! そう云う電話を聞いて、嬉しさのあまり、前後の思案もなく、迎えの自動車に乗って横須賀へ向かった文子は、どうなったか。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今にして思えば、中野の死は惜しみてもあまりあるものであり、いささか礼を失するかも知れぬが、私の信ずるところを率直に語れば、中野本来の面目から逸脱した無意味な行為であった。
福渡からは旭川の流れに沿って、山の麓路ふもとじを七里あまり、人力車に曳かれて進んだ。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
彼の講義ぶりあざや所謂いわゆる水際立っていた。二月あまり経った頃には塾生の数も八十人を越し、咿唔いごの声道に響き行人の足を止める程であった。佐藤はすこぶる得意であった。従って講義に油が乗る。
ル・マタンの記者が口を極めて子供を公園へ出し屋外の空気に触れさせよと勧告して居るのは道理もつともである。巴里パリイの母親はあまりに自分の遊楽にふけつて子供の自由を顧みないと記者は言つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかしながら一刹那でも人類の歴史がこの詩的高調、このエクスタシーの刹那に達するをば、長い長い旅の辛苦も償われてあまりあるではないか。その時節は必ず来る、着々として来つつある。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いまだ悟らぬか。五つのパンを五千人に分ちて、そのあまり幾筐いくかごひろい、また七つのパンを四千人しせんにんに分ちて、そのあまり幾籃いくかごひろいしかを覚えぬか。我が言いしはパンの事にあらぬをなんぞ悟らざる。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あまりありとくめよ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
名門の女子深窓に養われて、かたわらに夫無くしては、みだりに他と言葉さえ交えまじきが、今日朝からの心のうちけだし察するにあまりあり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宮はいつよりも心煩こころわづらはしきこの日なれば、かの筆採りて書続けんとたりしが、あまりに思乱るればさるべき力も無くて、いとどしく紛れかねてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
目を廻したのだと、療治に二百日あまり掛かるが、これは百五、六十日でなおるだろうといったそうである。戒行とは剃髪ていはつしたのちだからいったものと見える。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なほ浄瑠璃すみしのちは親しく役々やくやく言葉の語りやうをば太夫へ質問するなぞ苦心のほど察するにあまりあり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼はある男を探偵しつつ、またある女に探偵されつつ、一時間あまりをここに過ごしたのではなかろうか。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ついては嬢さんをお助けなすった大夫は、身柄は小兼にお聞きになれば分りますが、前々ぜん/\は今お話しの金森家の重臣で、千石あまりをお取り遊ばしたお方で、主家しゅうかの通りの大変で
毎年まいとし降る大雪が到頭たうとうやつて来た。町々の人家も往来もすべて白く埋没うづもれて了つた。昨夜一晩のうちに四尺あまりも降積るといふ勢で、急に飯山は北国の冬らしい光景ありさまと変つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その熱心実に感ずるにあまりありといへどももし一般の人より見れば余り熱心過ぎてかへつてうるさしと思はるる所多からん。しかれども不折君はそれほど人にうるさがらるるとは知らであるべし。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
万事此室と同じように其室も純白に塗られていた。そして正面の壁によせて八尺あまりの箱があった。箱の中には人間がいる。フロックコートを上品に着た、体格容貌魁異極まるまことに堂々たる男である。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれが到頭たうとう家屋敷を抵当に取られて、忌々いま/\しさのあまりに、その家に火を放ち、露顕して長野の監獄に捕へらるゝ迄其間の行為は、多くは暗黒と罪悪とばかりで、少しも改善の面影おもかげあらはさなかつたが
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
呉一郎母子おやこと塾生に関する事跡及び勝手口の唯一の締りとされおりたる径約一すん、長さ四尺一寸あまりの竹の支棒つっかいぼうが、不明の原因にて土間に脱落しおりたる以外に、犯人の指紋、足跡等の一切を認め居ず
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
奥様と殿様とは、嬉しさのあまりに、交る交る抱附競だきつきくらをする。
その瀟洒しょうしゃ風采ふうさいは、あたかも古武士がよろいを取って投懸けたごとく、白拍子が舞衣まいぎぬまとうたごとく、自家の特色を発揮してあまりあるものであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行けよと命ぜられたるとなんぞ択ばん、これ有るかな、紅茶と栗と、と貫一はそのあまりに安く売られたるがひと可笑をかしかりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それが二尺あまりになっても、まだ尽きる気色はなかった。代助の眼はちらちらした。頭が鉄の様に重かった。代助は強いても仕舞まで読み通さなければならないと考えた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初め独美は曼公まんこうの遺法を尊重するあまりに、これを一子相伝にとどめ、他人に授くることを拒んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかしてもしこれら国芳の板画を以て更に寛政及びその以前の画家の作に比較すれば全くその外形を異にしたる背景風俗と共に幕末の人心のいかに変化せしかを想像するにあまりあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此の社を境にして下のかた宮下村みやしたむらと申し、かみの方を宮上村と申すので、宮下のほうは戸数八十あまり、人口五百七十ばかり、宮上村は湯河原のことで、此の方は戸数三十余、人口二百七十ばかりで
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼にしてもしみずから大歌人たらんとする野心あらんかその歌の発達はもとよりここに止まらざりしや必せり。その歌の時に常則を脱する者あるは彼に発達し得べき材能の潜伏しありし事を証してあまりあり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
今まではお世辞を言って大ぶおあまりを貰っていたが
「そりゃおまいとうに済んだよ。」と此方こなたも案外な風情、あまり取込とりこみにもの忘れした、旅籠屋はたごやの混雑が、おかしそうに、莞爾にっこりする。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三百両は建築のついえを弁ずるにはあまりある金であった。しかし目見めみえに伴う飲醼贈遺いんえんぞうい一切の費は莫大ばくだいであったので、五百はつい豊芥子ほうかいしに託して、おもなる首飾しゅしょく類を売ってこれにてた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)