“以後(いご)” の例文
是(これ)にて罪(つみ)は成立(せいりつ)し、第(だい)八囘(くわい)以後(いご)はその罪(つみ)によりていかなる「罰(ばつ)」精神的(せいしんてき)の罰(ばつ)心中(しんちう)の鬼(おに)を穿(うが)ち出(い)でゝ益(ます/\)精(せい)に益(ます/\)妙(めう)なり。余(よ)は多言(たげん)するを好(この)まず。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
是(これ)が子供(こども)に關(くわん)する夫婦(ふうふ)の過去(くわこ)であつた。此(この)苦(にが)い經驗(けいけん)を甞(な)めた彼等(かれら)は、それ以後(いご)幼兒(えうじ)に就(つい)て餘(あま)り多(おほ)くを語(かた)るを好(この)まなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『これで漸(ようや)くトーキーができ上(あ)がった……』私達(わたくしたち)はそんな事(こと)を言(い)って歓(よろこ)んだものであります。『小櫻姫(こざくらひめ)の通信(つうしん)』はそれから以後(いご)の産物(さんぶつ)であります。
そんなことがあって、以後(いご)勇(ゆう)ちゃんは、ずっと木田(きだ)くんのところへいって、髪(かみ)を刈(か)ってもらいました。そして、お父(とう)さんとも仲(なか)よしになりました。
すいれんは咲いたが (新字新仮名) / 小川未明(著)
その證據(しようこ)は、これから以後(いご)、ずっと遙(はる)かな後(のち)まで、ほんとうに景色(けしき)を詠(よ)んだ歌(うた)といふものが、出(で)て來(こ)ないのであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
御主意(ごしゆい)御尤(ごもつとも)に候(さふらふ)。日(ひ)の出(で)の唱歌(しやうか)は思(おも)ひ止(と)まり候(さふらふ)。淺(あさ)ましい哉(かな)。教室(けうしつ)に慣(な)れ候(さふらふ)に從(した)がつて心(こゝろ)よりも形(かたち)を教(をし)へたく相成(あひな)る傾(かたむ)き有之(これあり)、以後(いご)も御注意(ごちゆうい)願上候(ねがひあげさふらふ)。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
然(しか)らば金解禁(きんかいきん)が決行(けつかう)せられた一月(ぐわつ)十一日(にち)以後(いご)に經濟界(けいざいかい)はどうなるであらうか。爲替相場(かはせさうば)の動搖(どうえう)の爲(ため)に物價(ぶつか)が動搖(どうえう)することは、商賣社會(しやうばいしやくわい)の最(もつと)も好(この)まざることである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
道子(みちこ)は三月(みつき)たゝぬ中(うち)立派(りつぱ)な稼(かせ)ぎ人(にん)となり、母(はゝ)への仕送(しおく)りには何(なん)の滞(とゞこほ)りもなくやつて行(い)つたが、程(ほど)なく其母(そのはゝ)も急病(きふびやう)で死(し)んでしまひ、道子(みちこ)はそれから以後(いご)、店(みせ)で稼(かせ)ぐ金(かね)は
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
ルネツサンス以後(いご)は論(ろん)ずるに足(た)らない。然(しか)るに東洋方面(とうやうはうめん)、特(とく)に印度(いんど)などは凡(すべ)てが渾然(こんぜん)たる立派(りつぱ)な創作(さうさく)である。日本(にほん)では餘(あま)り發達(はつたつ)して居(ゐ)なかつたが、今後(こんご)發達(はつたつ)させようと思(おも)へば餘地(よち)は充分(じうぶん)ある。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
とにかく、若君(わかぎみ)は、はじめておおらかな正義(せいぎ)の天地を自由に馳駆(ちく)する秋(とき)がきたと、非常(ひじょう)なおよろこびで、以後(いご)は武田残党(たけだざんとう)の名をすてて、われわれ一味(み)の党名(とうめい)も、天馬侠党(てんまきょうとう)とよぶことにきまったのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
是(これ)より以後(いご)の一生(いつしやう)五十年(ねん)姫樣(ひめさま)には指(ゆび)もさすまじく、况(まし)て口外(こうぐわい)夢(ゆめ)さら致(いた)すまじけれど、金(かね)ゆゑ閉(と)ぢる口(くち)には非(あら)ず、此金(これ)ばかりはと恐(おそ)れげもなく、突(つき)もどして扨(さて)つくづくと詫(わ)びけるが、歸邸(きてい)その儘(まヽ)の暇乞(いとまごひ)
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
また柄(え)のついた鏡(かゞみ)や四角(しかく)な鏡(かゞみ)も、唐(とう)や宋(そう)以後(いご)のものであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
御預け相成しに付御迎へとして用人金子忠右衞門留守居(るすゐ)加川新右衞門參向(さんかう)仕つり候と云へば主税之助は會釋(ゑしやく)して是は/\御大儀(ごたいぎ)某(それが)しこそ嘉川主税之助なり以後(いご)何かと御世話に相成ん宜(よろ)しく御頼み申すと言ひながら則ち乘物(のりもの)に乘移(のりうつ)るに生駒家の人數(にんず)前後を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
敕撰集(ちよくせんしゆう)の第一(だいゝち)のものであるために、古今集(こきんしゆう)の歌(うた)が、それ以後(いご)の歌(うた)の動(うご)かすべからざる手本(てほん)となつてしまひました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
宗助(そうすけ)は昨夕(ゆうべ)御米(およね)が散藥(さんやく)を飮(の)んでから以後(いご)の時間(じかん)を指(ゆび)を折(を)つて勘定(かんぢやう)した。さうして漸(やうや)く不安(ふあん)の色(いろ)を面(おもて)に表(あら)はした。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
こういうようなことが書(か)いてありました。終生(しゅうせい)独身(どくしん)で過(す)ごした、B医師(ビーいし)はバラック式(しき)であったが、有志(ゆうし)の助力(じょりょく)によって、慈善病院(じぜんびょういん)を建(た)てたのは、それから以後(いご)のことであります。
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
外國(ぐわいこく)から買(か)うた物(もの)の支拂(しはらひ)は、從來(じうらい)日本(にほん)が外國(ぐわいこく)に持(も)つて居(を)つた金(かね)及(および)海外(かいぐわい)から借入(かりい)れた金(かね)で支拂(しはら)つて來(き)たのである。大正(たいしやう)八年(ねん)から以後(いご)十箇年(かねん)間(かん)に四十二億圓(おくゑん)に上(のぼ)つた位(くらゐ)巨額(きよがく)の輸入超過(ゆにふてうくわ)をしたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
この人(ひと)は明治(めいじ)以後(いご)の新派(しんぱ)の和歌(わか)といふものに、非常(ひじよう)な影響(えいきよう)を與(あた)へた人(ひと)ですが、それまではあまり人(ひと)から騷(さわ)がれなかつたのです。江戸(えど)の末(すゑ)から明治(めいじ)の始(はじ)めにかけて生(い)きてゐた人(ひと)です。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
二人(ふたり)は夫(それ)から以後(いご)安井(やすゐ)の名(な)を口(くち)にするのを避(さ)けた。考(かんが)へ出(だ)す事(こと)さへも敢(あへ)てしなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「それから、以後(いご)何(ど)うだい」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)