今戸いまど)” の例文
俳諧師はいかいし松風庵蘿月しようふうあんらげつ今戸いまど常磐津ときはづ師匠しゝやうをしてゐるじついもうとをば今年は盂蘭盆うらぼんにもたづねずにしまつたので毎日その事のみ気にしてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
昼頃から降り続いた雪が、宵には小やみになりましたが、それでも三寸あまり積って、今戸いまどの往来もハタと絶えてしまいました。
変死のうちでも、雷死は検視をしないことになっているので、お朝の死骸はあくる日のゆう方、今戸いまど菩提寺ぼだいじへ送られてかたのごとく葬られた。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今戸いまどわたしと云う名ばかりは流石さすがゆかし。山谷堀さんやぼりに上がれば雨はら/\と降り来るも場所柄なれば面白き心地もせらる。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
勝久のはじめて招かれたのは今戸いまどの別邸で、当日は立三味線たてさみせんが勝秀、外に脇二人わきににん立唄たてうたが勝久、外に脇唄二人、その他鳴物なりもの連中で、ことごとく女芸人であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あゝ此行このかう氷川ひかはみやはいするより、谷中やなかぎ、根岸ねぎし歩行あるき、土手どてより今戸いまどで、向島むかうじまいたり、淺草あさくさかへる。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わっしは元より今戸いまど瓦師かわらし、とてもあいつに歯は立ちませんが、またお千絵様の境遇をよそに見てもいられねえ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その真似をして林家正藏はやしやしょうぞうという怪談師が、今戸いまどに心中のあった時に『たった今戸心中噺』と標題を置き拵えた怪談はなしたいして評がかったという事でござります。
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私の今住んでいる向島むこうじま一帯の土地は、昔は石が少かったそうである。それと反対に向河岸むこうがしの橋場から今戸いまど辺には、石浜という名が残っている位に石が多かった。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
ふと途中の今戸いまどの渡しでその源兵衛と同じ舟に乗り合わせながら、「旦那だんな、どちらへ」と聞かれてもまだ目の前にその人がいるとは気づかなかったというほどだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
或曇つた冬の日の午後、僕等は皆福間先生のひつぎ今戸いまどのお寺へ送つて行つた、お葬式の導師だうしになつたのはやはり鴎外おうぐわい先生の「二人ふたりの友」の中の「安国寺あんこくじさん」である。
二人の友 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
芝居茶屋の若い衆——といっても、もう頭の禿はげている伝さんが、今戸いまどのおせんべいを持ってくる。
鼻緒の下請負したうけおいは、同じ区内の今戸いまどとか橋場はしばあたりの隣町となりまちの、おびただしい家庭工場で、しんを固めたり、麻縄あさなわを通したり、その上から色彩さまざまのさやになった鼻緒をかぶせたり、それが出来ると
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大川へ出た船は、流をさかのぼって吾妻橋あずまばしを通り抜けて、今戸いまど有明楼ゆうめいろうそばに着けたものだという。姉達はそこからあがって芝居茶屋まで歩いて、それからようやく設けの席につくべく、小屋へ送られて行く。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おや、おそろいでどこへ行くの? 今戸いまど公園?」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
竜泉寺りゆうせんじ山谷さんや今戸いまどのわたし
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
俳諧師はいかいし松風庵蘿月しょうふうあんらげつ今戸いまど常磐津ときわず師匠ししょうをしているじつの妹をば今年は盂蘭盆うらぼんにもたずねずにしまったので毎日その事のみ気にしている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浅草の今戸いまどには、日本橋の古河という大きい鉄物屋かなものやの寮がある。才兵衛はそこへ茶道具類を見せに行って、その帰り途で災難に逢ったのである。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
軟派の生徒で出くわした奴は災難だ。白足袋がこそこそと横町に曲るのを見送って、三人一度にどっと笑うのである。僕は分れて、今戸いまどわたしを向島へ渡った。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しやちくぢらなかへ、芝海老しばえびごとく、まれぬばかりに割込わりこんで、ひとほつ呼吸いきをついて、橋場はしば今戸いまど朝煙あさけむりしづ伏屋ふせや夕霞ゆふがすみ、とけむながめて、ほつねんと煙草たばこむ。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「江戸浅草の今戸いまどで、こちらは親分の唐草銀五郎からくさぎんごろう、わっしは待乳まつち多市たいちという乾分こぶんで」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浅草あさくさ今戸いまどです。まだお独身ひとりで、下宿していらっしゃいます。しかし西郷さんは、立派な方でございますよ。りにも疑うようなことを云っていただきますと、あたくしおうらみ申上げますわ」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今戸いまど小体こていな小間物屋をしていますよ。妹とたった二人で」
今戸いまどの土人形
江戸の玩具 (新字旧仮名) / 淡島寒月(著)
千住せんじゅの名産寒鮒かんぶなの雀焼に川海老かわえび串焼くしやき今戸いまど名物の甘い甘い柚味噌ゆずみそは、お茶漬ちゃづけの時お妾が大好物だいこうぶつのなくてはならぬ品物である。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
名物めいぶつかねく、——まへにも一度いちど神田かんだ叔父をぢと、天王寺てんわうじを、とき相坂あひざかはうからて、今戸いまどあたり𢌞まは途中とちうを、こゝでやすんだことがある。が、う七八ねんにもなつた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
田町たまち今戸いまど辺に五、六軒の家作があるのを頼りに、小体こていのしもた家暮らしをすることになりました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今戸いまど、馬道の四ツかどへきた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蘿月らげつにはか狼狽うろたへ出し、八日頃やうかごろ夕月ゆふづきがまだ真白ましろ夕焼ゆふやけの空にかゝつてゐるころから小梅瓦町こうめかはらまち住居すまひあとにテク/\今戸いまどをさして歩いて行つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
振返ふりかへれば聖天しやうでんもり待乳まつちしづんでこずゑ乘込のりこ三谷堀さんやぼりは、此處こゝだ、此處こゝだ、と今戸いまどわたしいたる。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「親分、ひと通りは調べて来ました。娘と駈け落ちした奴は良次郎といって、宿は浅草の今戸いまどだそうです。年は二十二で小面こづらののっぺりした野郎で、後家さんのお気に入りだったそうです」
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「まアお珍しいじゃありませんか。ちょいと今戸いまど御師匠おししょうさんですよ。」とけたままの格子戸からうちなかへと知らせる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おい邪魔じやまになるとわるいよと北八きたはちうながし、みちひらいて、見晴みはらしのぼる。にし今戸いまどあたり、ふねみづうへおともせず、ひといへ瓦屋根かはらやねあひだ行交ゆきかさまるばかり。みづあをてんあをし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「まアおめづらしいぢやありませんか。ちよいと今戸いまど御師匠おししやうさんですよ。」とけたまゝの格子戸かうしどからうちなかへと知らせる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それのみならず去年の夏の末、お糸を葭町よしちょうへ送るため、待合まちあわした今戸いまどの橋から眺めたの大きなまるい円い月を思起おもいおこすと、もう舞台は舞台でなくなった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三囲稲荷みめぐりいなりの鳥居が遠くからも望まれる土手の上から斜に水際におりると竹屋たけやの渡しと呼ばれた渡場わたしば桟橋さんばしが浮いていて、浅草の方へ行く人を今戸いまど河岸かわぎしへ渡していた。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
冬枯の河原はますます淋しく、白鷺一羽水上に舞ふところ流れを隔てて白髯の老松ろうしょうを眺むるは今戸いまどの岸にやあらん(下巻第四図)。ここに船頭二人ににんかわらを船に運べるあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
俳諧師のむれ瓢箪ひょうたんを下げて江東こうとうの梅花に「ややとゝのふ春の景色」を探って歩き、蔵前くらまえの旦那衆は屋根舟に芸者と美酒とを載せて、「ほんに田舎もましば橋場はしば今戸いまど
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三囲みめぐり橋場はしば今戸いまど真崎まっさき山谷堀さんやぼり待乳山まつちやま等の如き名所の風景に対しては、いかなる平凡の画家といへども容易に絶好の山水画を作ることを得べし。いはんや広重においてをや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八月中秋の夜に枕山は長谷川昆渓、関雪江の二人と今戸いまどの有明楼に飲んだ。律詩の前聯に「算来五度秋多雨。看到初更月在天。」〔算来五度秋雨多ク/看テ初更ニ到レバ月天ニ在リ〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
十年十五年と過ぎた今日こんにちになっても、自分は一度ひとた竹屋たけや橋場はしば今戸いまどの如き地名の発音を耳にしてさえ、忽然こつぜんとして現在を離れ、自分の生れた時代よりも更に遠い時代へと思いをするのである。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)