かんばせ)” の例文
旧字:
真赤な長襦袢と、死化粧うるわしいかんばせとが互に照り映えて、それは寝棺のなかに横たわるとはいえ、まるで人形の花嫁のようであった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ここに置かして頂戴よ。まあ、お酒のにおいがしてねえ、」と手を放すと、揺々ゆらゆらとなる矢車草より、薫ばかりも玉に染む、かんばせいて桃に似たり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さすが女性にょしょうのほうは羞恥にたえないというよりはむごい仕置きにでもあっているように花のかんばせじかくしたきり息をつめている様なのであるが
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は祖師様の、どうぞお許し下さい、その美しい眼、麗はしいかんばせ、黒い毛の一本もない真白いお姿、整つた五体……それが何よりも羨しいのです。
闘戦勝仏 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その名家に、万一汚辱を蒙らせるような事があったならば、どうしよう。臣子の分として、九原きゅうげんもと、板倉家累代るいだいの父祖にまみゆべきかんばせは、どこにもない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
男ぶりといい人品ひとがらといい、花のかんばせ月の眉、女子おなごにして見まほしき優男やさおとこだから、ゾッと身にうした風の吹廻ふきまわしであんな綺麗な殿御とのご此処こゝへ来たのかと思うと
いやいやこの薔薇やポプラや紫丁香花はしどいの匂いは庭から漂って来るのではない、ほかならぬあの婦人連のかんばせや衣裳から発するのだと、そんな風に思いなされるのだった。
接吻 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この小さんは、美音で音曲にも長じてゐたが、ひどい大菊石おほあばたでその醜男ぶおとこが恐る可き話術の妙、傾城けいせい八つ橋の、花に似たかんばせの美しさを説くと、満座おもはず恍惚となる。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
負えるあり、いだけるあり、児孫じそんを愛するが如し。松のみどりこまやかに、枝葉しよう汐風しおかぜに吹きたわめて、屈曲おのずからためたる如し。そのけしき窅然ようぜんとして美人のかんばせよそおう。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なんのかんばせあってか里にくだろうとの意気はかたかったが、なだめられ、すすめられ、涙を流しながら、踏みかためられた雪を歩いて野口まで下り、そこから馬そりで大町へ向かった。
針の木のいけにえ (新字新仮名) / 石川欣一(著)
かの杣人途にて姫の衣も剥ぐべかりけりとほくそえみて木の下に戻れば、姫はあらで鏡のみ懸かれる、男ふと見れば、鏡のおもてに冷艶雪のかんばせして、恨のまなこ星の如く、はったと睨むに
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
端近く坐った呉羽之介の玉のかんばせは斜めに光りをうけて、やさしい陰影になやましさを添い、ふっくり取り上げられた若衆まげのびんのほつれは、を吹いたように淡紅ほんのりとしているほおわずかに乱れ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
紋羽二重もんはぶたへ小豆鹿子あづきかのこ手絡てがらしたる円髷まるわげに、鼈甲脚べつこうあし金七宝きんしつぽうの玉の後簪うしろざしななめに、高蒔絵たかまきゑ政子櫛まさこぐしかざして、よそほひちりをもおそれぬべき人のひ知らず思惑おもひまどへるを、可痛いたはしのあらしへぬ花のかんばせ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
うしろからかざしかけた大傘の紋処はいわずと知れた金丸長者の抱茗荷だきみょうがと知る人ぞ知る。鼈甲べっこうずくめの櫛、かんざしに後光のす玉のかんばせ、柳の眉。綴錦つづれにしき裲襠うちかけに銀の六花むつばな摺箔すりはく。五葉の松の縫いつぶし。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
嗚呼我人とも終には如是かく、男女美醜のわかちも無く同じ色にと霜枯れんに、何の翡翠の髪のさま、花の笑ひのかんばせか有らん。まして夢を彩る五欲の歓楽たのしみ、幻を織る四季の遊娯あそび、いづれか虚妄いつはりならざらん。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
かざり車や、御車みぐるまや、御室おむろあたりの夕暮に、花のかんばせみるたのしみも……
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かんばせ つぶらにかがやきて
池のほとりに柿の木あり (新字旧仮名) / 三好達治(著)
罪の父はただひと目、御身のかんばせを見たいと切望するが、その願いも今はもうむなしき夢と諦めなければならないのかもしれない、ああ
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、横へ取ったは白鬼はっきの面。端麗にして威厳あり、眉美しく、目の優しき、そのかんばせ差俯向さしうつむけ、しとやかに手をいた。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにひきかえて、この治郎右衛門忠明は、早くも、老いのきざしを現し、きょうのようなおくれをとったこと、師弥五郎先生に対しても、なんのかんばせがあろうか。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
斯ういふ要求をフエニキヤから申出たといふ話を父君から聞いた時、サラミヤ姫は何んなに驚いたことでせう! 父君や兄君のかんばせの曇りは……あゝ、それは皆この身を思ふ余りであつたのか。
青白き公園 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
花のごとく、玉のごときかんばせに対して、初恋、忍恋しのぶこい互思恋たがいにおもうこいなどという、安からぬ席題を課すような場合に、どんな手爾遠波てにをはの間違が出来ぬとも限らぬ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おぬし等は、何の面目あって、白日はくじつの下を歩けるか。いや、この御墓前へ二度とまみえ奉るかんばせがあるか
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるじが落着いてしずかにいうのを、お民は激しく聞くのであろう、潔白なるそのかんばせに、湧上わきのぼるごとき血汐ちしおの色。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「誓って、荊州を取り、玄徳、孔明の首を見なければ、なんのかんばせをもって呉侯にまみえよう」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとより巨額の公債を有し、衣食に事欠かざれば、花車かしゃ風流に日を送りて、何の不足もあらざる身なるに、月の如くそのかんばせは一片の雲におおわれて晴るることなし。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかる時は、なんのかんばせあって、魏王にまみえ、故国の人々にお会いなされますか
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やや傾けたる丸髷まげかざりの中差の、鼈甲べっこうの色たらたらと、打向う、洋燈ランプの光透通って、かんばせの月も映ろうばかり。この美人たおやめは、秋山氏、蔦子つたこという、同姓たもつの令夫人。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三人奇異の思いをなすうち、が手を触れしということ無きに人形のかずきすらりと脱け落ちて、上﨟じょうろうかんばせあらわれぬ。啊呀あなやと顔を見合す処に、いと物凄き女の声あり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早瀬はその時、机の前の我が座を離れて、夫人の背後うしろ突立つったっていたので、上下うえしたに顔を見合わせた。余り騒がれたためか、内気な夫人のかんばせは、まぶたに色を染めたのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うぬ、業畜生、」と激昂げっこうの余り三度目の声は皺嗄しわがれて、滅多打に振被ふりかぶった、小手の下へ、恐気おそれげもなく玉のかんばせ、夜風に乱るる洗髪の島田をと入れて、敵と身体からだの擦合うばかり
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お町はつつしんで袖を合せた。玉あたたかきかんばせやさしい眉の曇ったのは、その黒髪の影である。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と扇をきりりと袖を直す、と手練てだれぞ見ゆる、おのずから、衣紋の位に年けて、瞳を定めたそのかんばせ硝子がらす戸越に月さして、霜の川浪照添てりそおもかげ。膝立据たてすえた畳にも、燭台しょくだいの花颯と流るる。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あ、」と不意に呼吸いきを引いた。濡れしおたれた黒髪に、玉のつらなるしずくをかくれば、南無三なむさん浪にさらわるる、とせなを抱くのに身をもたせて、観念したかんばせの、気高きまでに莞爾にっことして
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
にこそそのかんばせは、爛々たるしろがねまなこならび、まなじりに紫のくま暗く、頬骨のこけたおとがい蒼味がかり、浅葱にくぼんだ唇裂けて、鉄漿かね着けた口、柘榴ざくろの舌、耳の根には針のごとききばんでいたのである。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玉のかひなは真の玉よりもよく、雪のはだへは雨の結晶せるものよりもよく、太液たいえき芙蓉ふようかんばせは、不忍しのばずはすよりもさらし、これをしからずと人に語るは、俳優やくしやに似たがる若旦那と、宗教界の偽善者のみなり。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
飛退とびのひまに雀の子は、荒鷲あらわしつばさくぐりて土間へ飛下り素足のまま、一散に遁出にげいだすを、のがさじと追縋おいすがり、裏手の空地の中央なかばにて、暗夜やみにもしるき玉のかんばせ目的めあてに三吉と寄りて曳戻ひきもどすを振切らんと
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と肩をほっそり……ひさしはづれに空を仰いで、山のの月とかんばせを合せた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お夏は思わず、芙蓉ふようかんばせくれないそそいだ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)