はな)” の例文
かあさんが、お仕事しごとをなさるときに使つかわれた、いくつかのはなやかなおもかべて、せめてものなぐさめとしていたのでした。
古いはさみ (新字新仮名) / 小川未明(著)
その広い座敷がただ一枚の絨毯じゅうたんで敷きつめられて、四角よすみだけがわずかばかりはなやかな織物の色とうために、薄暗く光っている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどもその方面では、成功することもはなやかに失敗することもできませんでした。どうかこうか必要な試験にだけは及第しました。
眉を落して鐵漿かねを含んで、何んの變哲もない町家の内儀ですが、この燃えるやうな性格と、はなやかに去來する感情の動きを見ると
一番はなやかで人の目につくのは、十九になる八重という娘で、これは父が定府じょうふを勤めていて、江戸の女を妻に持って生ませたのである。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
馬鹿げた見そこなひもあつたものだ。が、よくあることらしい。軍人はなやかなりし頃なら光栄ともいへるが、迷惑千万なはなしである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
あたかもその生活の中に咲いた罪のはなのように節子を考えるように成ったのも、それは彼が遠い旅に出てからずっと後のことであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はなやかな都に行くのは、はれがましく、私の友人に会うのは自分の卑しさが気にかかり、また東京は美しい女の多いところゆえ
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
秀吉にとって、両の腕ともたのむ二人が帰って長らく堅氷けんぴょうに閉じられていたような帷幕いばくも、ここにわかに、何となくはなやいで来た。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ところが支倉君、それが僕の夢想のはなさ——あの黙示図に続いていて、未だ誰一人として見たことのない半葉がある——それなんだよ」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
奥から子供をあやしている女中の声が洩れて来た。夫人が誰かと話している声も聞えた。客は女らしい、はなやかな笑い声もするようである。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのうわさを聞き伝えた奴国の宮の娘を持った母親たちは、おのれの娘にはなやかなよそおいをこらさせ、髪を飾らせて戸の外に立たせ始めた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
輝かしいとかはなやかとか云ふやうな夏の夕方ではなかつたけれど、美しく穩やかであつた。乾草ほしくさを作る人々は道に沿つて仕事をしてゐた。
「俺は六十になったら代言人(弁護士となっていたかもしれない)をよす。若いものも、はなやかに隠退させるといっている。」
先生のご思想、ご人格のはなというべき詩書礼楽のお話や、日常生活の実践に関するお話は、いつでもうかがえるが、その根本を
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
すると、色とりどりのはなやかさがにうつりました。ゆかから天井てんじょうまで、まばゆいほどの色彩しきさいと金めっきをほどこした絵がかかっていました。
遠い下町の、はなやかなみだらな街に売られて行くのを出世のように思って面白そうに嬉しそうにお鶴の話すのを私はどんなに悲しく聞いたろう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そして個性の穎割えいかつが認められるようになり、外来文化の刺戟ともろもろの発見とを緒として次第に学問芸術のはなが咲き匂う。
それ等のユウゴオの「夢のはな」ががうも不自然でばかりか、空想の天地に自適して如何いかにも楽しさうである偉人の心境が流露して居る様に思はれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それでいて、はなやかな笑い声一つなく両側の店をのぞいて行くと、暗い額部ひたいをした主人あるじや番頭が、ひそひそ話し合っている。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「人として」のボオドレエルはあらゆる精神病院にち満ちている。ただ「悪のはな」や「小さい散文詩」は一度も彼らの手に成ったことはない。
十本の針 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さうしてかの柳河のただ外面うはべに取すまして廢れた面紗おもぎぬのかげにみだらな秘密をかくしてゐるのに比ぶれば、凡てがあらはで、元氣で、またはなやかである。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
胃のへ届く食物は、そのまま直ちに消化されて、血管を少女のような元気さとはなやかさとで駆け回るように感じられた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
この悲哀ははなやかな青春の悲哀でもなく、単に男女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥さいおうひそんでいるある大きな悲哀だ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
茶色が「いき」であるのは、一方に色調のはなやかな性質と、他方に飽和度の減少とが、あきらめを知る媚態、垢抜あかぬけした色気を表現しているからである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
しかし、わたしは年とっておりますので、そういうこの世のはなやかなものが、やがてどうなるか、よくぞんじております。
これと處を同じうせるものとともに昇りつゝありき、されば時の宜きとの麗しきとは毛色けいろはなやかなるこの獸にむかひ
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「ええ、歩いてゆきましょう」はなやかに母は言った。「でも私達がどんなにちいさく見えるかというのは誰が見るの」
闇の書 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
さくら山吹やまぶき寺内じないはちすはなころらない。そこでかはづき、時鳥ほとゝぎす度胸どきようもない。暗夜やみよ可恐おそろしく、月夜つきよものすごい。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
西洋の名画の聖母像と似ているが、どこかちがう。もっとはなやかでなまめかしい。情慾に光り輝いている。浩一はあの美しい女にまれたいと思った。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「はるばると運ぶ歩みは頼もしやのりはなさく寺をたずねて」と、ゆうべ宿の主を師匠に、二人が一生懸命に稽古けいこしていた御詠歌の文句が思い出された。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
毒のはなのような妖女ようじょの手が動いて、黄昏の空気がキラリとひかったのは、彼女のかざした薄刃のナイフだったであろう。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出帆しゅっぱん前の船に、またハワイ生れのおじょうさん達が集まって、はなやかな、幾分エロチックな空気をふりまいていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
こうして鎗中村の猩々緋と唐冠の兜は、戦場のはなであり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼のまとであった。
(新字新仮名) / 菊池寛(著)
この地の若い貴公子や十法官からもはなばなしい結婚の申し込みがありましたが、それはみな失敗に終わりました。
しばられた袂の中からようようの思いでたすきをさぐりだすと、それをつむりにくぐらせようとしたが、はなやかなその色が、夕暗の中で痛いように眼に映った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
だれも彼もがはなやかに着飾きかざり、それぞれ美しい花のついた葵のかずらをかけて、衣裳いしょうには葵のかずらをつけている。……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
歳三十に近く蒼白そうはくなる美貌びぼうはなやかならざれどもすずしきみどり色の、たとえば陰地にいたる草の葉のごとくなるに装いたり。妙念にすがり鐘楼に眼を定め息を
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
しばし呆然ぼうぜんと立ちすくんでいると、頼政の軍から、一きわはなやかによろいをつけた男が、進み出てきて、神輿の前にひざまずくと主人からの口上を、力強い声で述べたてた。
役者やくしゃくにはな』(出板年次不詳)『絵本舞台扇えほんぶたいおうぎ』(明和七年板色摺三冊)その続編(安永七年板色摺二冊)ならびに『役者やくしゃなつ富士ふじ』(安永九年板墨摺一冊)等なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美術というものは元来人間の想像のはなである。その根本は装飾の意志本能にある。美術とは世界の装飾にあるともいえる。美は外界にはない、人間の心のうちにある。
しかし、復活した東京の新文化のはな然として、大道を闊歩している所謂職業婦人というのはそんなのではない。もっと新しい、現代的な意味でいう職業婦人である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
はな、琴、鼓などという芸事をずいぶん熱心にならった、また生得しょうとくさかしい彼女はその一つ一つにすぐれた才分をあらわして、その道の師たちをおどろかしたものであるが
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
縁から見るこの谷窪たにくぼの新緑は今がさかりだった。木の葉ともいえないはなやかさで、こずえは新緑を基調とした紅茶系統からややむらさきがかった若葉の五色の染め分けをさばいている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こと櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ朗々らう/\たる詩吟しぎんにつれて、何時いつおぼえたか、日出雄少年ひでをせうねんいさましき劍舞けんぶ當夜たうやはなで、わたくし無藝むげいのために、只更ひたすらあたまいたのとともに、大拍手だいはくしゆ大喝釆だいかつさいであつた。
わかったよ。君は、疲れている疲れていると言いながら、ひどく派手なんだね。いちばんはなやかな祭礼はおとむらいだというのと同じような意味で、君は、ずいぶん好色なところを
雌に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
孫行者そんぎょうじゃはなやかさに圧倒されて、すっかり影の薄らいだ感じだが、猪悟能八戒ちょごのうはっかいもまた特色のある男には違いない。とにかく、この豚は恐ろしくこの生を、この世を愛しておる。
自分はちっとも飲めないと言ったが、それでも無理に二、三度は猪口ちょこを受取った。林之助も飲んだ。酒の酔いが若い二人を誘って、だんだんに明るいはなやかな方へ連れ出した。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わしもなんだかおい申したようで気が置けるけれども、お前さんの頼みというのを聞いて上げますよ、さあ、わしの立てた趣向だから、わしに初筆しょふではなを持たせておくんなさい
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは展覧を求める作ではないか。したがって個人の手になる通有の作は、あの素朴な日常の諸道具ではない。床に飾られるはなやかな置物に傾く。それは工藝の求める心ではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)