目前めさき)” の例文
空の晴れた日には、男体山なんたいさんなどの姿が窓からはっきり眺められた。社の森、日光の町まで続いた杉並木なども、目前めさきに黝んで見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とさすがに手を控えて、例の衣兜へ突込んだが、お蔦の目前めさきを、(子をろ、子捉ろ。)の体で、靴足袋で、どたばた、どたばた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多「番頭さんも目前めさきべいの勘定で心の勘定がねいから、何が幾許いくらるか知りやアしねい、店を預かる番頭さんだからしっかりしなんしよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……戸野の小父さまも同じお心で、父上と行動を一つにされ、父上ともども毎日の奔走! ……それを血気の兄上たちは、目前めさきのわずかな利に迷い……
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
浩の目前めさきには、高瀬の一部屋の様子がフト現われた。平和な部屋、花、額、たくさんの笑顔、軽い足音。皆が嬉しそうに喋り、微笑みいつくしみ合っている……。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかも犯人の最期の有様を考えると、あの冷静に冴えた眼付が私の目前めさきにちらつき、あの落ちつき払った声が聞えます。誰かが私に向ってこんなことを云いました。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
折から紙門ふすまを開きけるをと貫一のみむかふる目前めさきに、二人の紳士は徐々しづしづ入来いりきたりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「そう目前めさきが利かないから、お茶をくのよ。当節は女学生でも、今頃は内には居ない。ちっと日比谷へでも出かけるがい。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お銀の手で、青が出来かかった時、じらしていた友人が、牡丹ぼたんを一枚すんなりしたそのてのひらに載せて、剽軽ひょうきん手容てつきでちらりとお銀の目前めさきへ突きつけて見せた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平生は芋野老ところなどを掘りまして、乏しく生活くらしておりますにも似ず、目前めさきの利害などには迷わされず、義を先にし節をたっとび、浮薄のところとてはございません。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その声は急にさわがしく、相争あひあらそ気勢けはひさへして、はたはたと紙門ふすまひしめかすは、いよいあやしと夜着よぎ排却はねのけて起ち行かんとする時、ばつさり紙門の倒るるとひとしく、二人の女の姿は貫一が目前めさきまろでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何だって、人を試みるようなことをして困らせるんだい、見えない目前めさきへ蛍なんか突出して、綺麗だ、動く、見ろ、とは何だ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次第に好奇心の薄らいで来た笹村は、いていたものが落ちたように、どうかすると女からめることが時々あった。そんな時の笹村の心は、幻影が目前めさきに消えたようで寂しかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
真蒼まっさお水底みなそこへ、黒くいて、底は知れず、目前めさき押被おっかぶさった大巌おおいわはらへ、ぴたりと船が吸寄すいよせられた。岸は可恐おそろしく水は深い。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声が、耳近みみぢかに聞こえたが、つい目前めさきの枝や、茄子畑なすばたけの垣根にした藤豆ふじまめ葉蔭はかげではなく、歩行ある足許あしもとの低いところ
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……おおき雨笠あまがさを、ずぼりとした合羽かっぱ着た肩の、両方かくれるばかり深くかぶつて、後向うしろむきにしよんぼりとれたやうに目前めさきを行く。……とき/″\
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
きますると、われらに、くだんかげもののはなしいてからは、またゝさへ、ひとみいて、われかげ目前めさきはなれぬ。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とにかく、中味が心中で、口絵の光氏とたそがれが目前めさきにある、ここへ亭主に出られては、しょげるより、かなしむより、周章あわ狼狽うろたえずにいられまい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに、藁屋わらやや垣根の多くが取払われたせいか、峠のすそが、ずらりと引いて、風にひだ打つ道の高低たかひく畝々うねうねと畝った処が、心覚えより早や目前めさきに近い。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、角燈をぱっと見せると、その手で片手の手袋を取って、目前めさきへ、ずい、とてのひら目潰めつぶしもくわせるかまえ。で、葛木という男は、ハッと一足さがった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
娘は、別にかわったこともありませんが、容色きりょうは三人のうちで一番かった——そう思うと、今でも目前めさきに見えますが。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うぐい蓴菜じゅんさいの酢味噌。胡桃くるみと、飴煮あめにごりの鉢、鮴とせん牛蒡ごぼうの椀なんど、膳を前にした光景が目前めさきにある。……
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほっと吹く酒の香を、横ざまらしたのは、目前めさき歴々ありありとするお京の向合むきあった面影に、心遣いをしたのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大方人の無い、こんな場所へ来ると、聞いた話が実際の姿になって、目前めさき幻影まぼろしに出るものかも知れぬ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝台ねだいと椅子との狭い間、目前めさきにその燃ゆるような帯が輝いているので、すべり下りようとする、それもならず。蒼空あおぞらの星を仰ぐがごとく、お妙の顔を見上げながら
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お泊りだ、お一人さん——旅籠はびたでおきまり、そりゃ。」と指二本、出女でおんな目前めさきへぬいと出す。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目前めさきみちがついたように、座敷をよぎる留南奇とめぎかおり、ほのゆかしく身に染むと、彼方かなたも思う男の人香ひとかに寄るちょう、処をたがえず二枚の襖を、左の外、立花が立った前に近づき
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とそれならぬ、姉様あねさんが、山賊の手に松葉燻まつばいぶしの、乱るる、ゆらめく、黒髪くろかみまでが目前めさきにちらつく。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのそのうすものを透くと聞きましただけでも美しさが思いられる。寝てから膚を見たは慄然ぞっとする……もう目前めさきへちらつく、ひとりの時ならすずを振って怨敵退散おんてきたいさんと念ずる処じゃ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌晩あくるばん、朝顔を踊った、お前さんを見たんだよ。目前めさきを去らないむすめさんにそっくりじゃないか。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ハッと顔を上げると、坊主は既に敷居を越えて、目前めさきの土間に、両膝を折っていた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ハツと顔を上げると、坊主は既に敷居を越えて、目前めさき土間どまに、両膝りょうひざを折つて居た。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
手繰りながら、ななめに、寝転んだ上へ引き/\、こうべをめぐらして、此方こなた寝返ねがえりを打つと、糸は左の手首から胸へかゝつて、宙になかだるみて、目前めさきへ来たが、う眠いからなんの色とも知らず。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
勿論、女中などに似ようはないと、夢か、うつつか、朦朧もうろうと認めた顔のかたちが、どうやらこう、目前めさきに、やっぱりその俯向うつむき加減に、ちらつく。従って、今声を出した、奥さんは誰だか知れるか。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この姿は、むぐらを分けて忍び寄ったはじめから、目前めさき朦朧もうろうと映ったのであったが、立って丈長き葉に添うようでもあり、寝て根をくぐるようでもあるし、浮き上って葉尖はさきを渡るようでもあった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あでやかな顔は目前めさき歴々ありありと見えて、ニッと笑うすずしい目の、うるんだつゆも手に取るばかり、手を取ろうする、と何にもない。たなそこさわったのは寒いあさひの光線で、夜はほのぼのと明けたのであった。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と一言掛けて、発奮はずむばかりに身をひるがえすと、そこへ、ズンと来た電車が一だい目前めさきへカラカラとつかりそうなのに、あとじさりにされ、圧され、あおられ気味に蹌踉々々よろよろとなった途端である。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あでやかなかほ目前めさき歴々あり/\えて、ニツとわらすゞしの、うるんだつゆるばかり、らうする、となんにもない。たなそこさはつたのはさむあさひ光線くわうせんで、はほの/″\とけたのであつた。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
のまゝ、六でふ眞中まんなか卓子臺ちやぶだいまへに、どうすわると、目前めさきにちらつく、うすき、染色そめいろへるがごとく、ひたひおさへて、ぐつたりとつて、二度目どめ火鉢ひばちつてたのを、たれともらず
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と出家は法衣ころもでずいと立って、ひさしから指を出して、御堂みどうの山を左のかたへぐいと指した。立ち方の唐突だしぬけなのと、急なのと、目前めさきふさいだ墨染すみぞめに、一天いってんするすみを流すかと、そでは障子を包んだのである。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
袖の香も目前めさきただよう、さしむかいに、余り間近なので、その裏恥かしげに、手も足もめ悩まされたような風情が、さながら、我がためにのみ、そうするのであるように見て取られて、私はしばらく
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)