疲労つかれ)” の例文
旧字:疲勞
二人ふたり空腹くうふく疲労つかれのために、もはや一歩いっぽうごくことができずに、おきほうをながめて、ぼんやりとかんばかりにしてっていました。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
疲労つかれと心配とで、私も寝台の後の方に倒れたかと思うと、すぐに復た眼が覚めた。一晩中、お房は「母さん、母さん」と呼びつづけた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昼のうちは、それでも何事も起りませんが、あまり騒ぎが大袈裟だったので、夜になると、皆んなの顔には明らかに疲労つかれの色が漂います。
いよ/\、休むことが出来ないのを知つた足は、非常な速力をもつて疲労つかれを訴へて来た。何物をも見、何物をも考へずに二人はたゞ歩いた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
幾ら気が張っていても、疲労つかれには勝たれぬ。市郎は昨夜雨中を駈廻かけまわった上に、終夜殆ど安眠しなかった。加之しかも今朝は朝飯も食わなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜半よなかに一度、隣に寝ている男の呻声うめきごえを聞いて為吉ためきちは寝苦しい儘、裏庭に降立おりたったようだったが、昼間の疲労つかれで間もなく床に帰ったらしかった。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
彼がかつてこの世に存せし時彼に会して余の労苦を語り終日の疲労つかれを忘れんと、業務もその苦と辛とを失い、喜悦よろこびをもって家に急ぎしごとく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
けさから馬車に揺られて来た疲労つかれが現に浮んで来て、張り合いのない、眠いような心持ちになる。目は無意味に下の道の土の上を見詰めていた。
黄昏 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
彼は、朝飯を食べるや、すぐに床を取って貰い、ぐっすりと眠り、疲労つかれなおし、今は元気を恢復してもいるのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宝丹は其処にあったが、不思議に故郷に遠い、旅にある心地がして、巽はふと薄い疲労つかれさえ覚えた。道もやがて別荘の門から十町ばかり離れたろう。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同時に非常な疲労つかれを感じた。制帽せいぼうかぶつたひたひのみならず汗ははかまをはいた帯のまはりまでしみ出してゐた。しかしもう一瞬間しゆんかんとても休む気にはならない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
芳村は旅の疲労つかれやら、昨夜ゆうべの騒ぎやらでめっきり顔にやつれが見えた。今朝友達の宿で飲んだ酒の気もまだ残っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は一週の疲労つかれを癒するためシャンゼ・リゼイの方へ散歩に出かけた。その時フト小児こどもを連れている女に逢った。
頸飾り (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
さなきだに不思議ふしぎ妖精界ようせいかい探検たんけんに、こんな意外いがい景物けいぶつまでもえられ、こころからおどろることのみおおかったせいか、そのわたくしはいつに疲労つかれおぼ
柳橋の裏河岸うらがしに、大代地おおだいじに、大川の水にゆらぐ紅燈こうとうは、幾多の遊人の魂をゆるがすに、この露路裏の黒暗くらやみは、彼女の疲労つかれのように重く暗くおどんでいる。
とにかく寒気さむさと虫類のウジウジ押し寄せるので、吾輩はいかに日中の疲労つかれがあっても容易に眠る事は出来ず、早く夜が明けてくれればいいがと待つばかり。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
毅はそれから一月あまりかかって故郷に帰ったが、自分の家へ行李を解くなり旅の疲労つかれも癒さずに洞庭へ行って、女に教えられたように洞庭湖のへりを南へ行った。
柳毅伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
疲労つかれもわすれて、頭の中が癇癪で煮えくりかえるようです。どれだけ長く歩いたかわかりませんが、兎に角歩いているうちに、空腹でぶっ倒れそうになりました。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
強烈はげしい肉の快楽たのしみを貪つた後の浅猿あさましい疲労つかれが、今日一日の苛立つた彼の心を愈更いやさらに苛立たせた。『浅猿しい、浅猿しい!』と、彼は幾度か口に出して自分を罵つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
最前からオブラーコで飲んだお酒の酔いと、今まで苦しいのを我慢していた疲労つかれ一時いちどきに出ちゃって、いつ軍艦が出帆の笛を吹いたか知らないまんまに睡っていたわ。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
くちばし浅緑あさみどり色、羽は暗褐色あんかっしょく淡褐色たんかっしょく斑点はんてん、長い足は美しい浅緑色をしていた。それをあらくつぶして、骨をトントンと音させてたたいた。それにすらかれは疲労つかれを覚えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
武男を怒り、浪子を怒り、かの時を思いでて怒り、将来をおもうて怒り、悲しきに怒り、さびしきに怒り、詮方せんかたなきにまた怒り、怒り怒りて怒りの疲労つかれにようやくねぶるを得にき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
熱沙ねっしゃ限りなきサハラを旅する隊商も時々は甘き泉わき緑の木陰涼しきオーシスに行きあいてえ難きかわきと死ぬばかりなる疲労つかれいやする由あれど、人生まれ落ちての旅路たびじにはただ一度
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かれもっとこのところ書物しょもつは、歴史れきし哲学てつがくで、医学上いがくじょう書物しょもつは、ただ『医者ヴラーチ』とう一雑誌ざっしっているのにぎぬ。読書どくしょはじめるといつも数時間すうじかん続様つづけさまむのであるが、すこしもそれで疲労つかれぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
銀座あたりをおそくまでのそのそとほっつき歩いた疲労つかれから、睡眠ねむりも思ったよりむさぼり過ぎたためか、妙に今朝の寝醒ねざめはどんよりとしていたので、匆々そうそうタオルと石鹸を持って飛び込んで来たのだった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
物置のすみで人知れず三時間もてその疲労つかれいやしたのであった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おぼれしあとの日の疲労つかれ……もつれちらぼふ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「お疲労つかれでしょう」
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
という女中の言葉を、お新はさ程気にも掛けないという風で、その浴衣に着更きかえた後、独りで浴槽ゆぶねの方へ旅の疲労つかれを忘れに行った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、陣十郎もただ者ではない、主水を相手に戦って、既に躰は疲労つかれていた。そこへ剣豪秋山要介に新規の力で出られては、百に一つの勝目はない。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うかしたか、おうら。はてな、いまころんだつて、したへはおとさん、怪我けが過失あやまちさうぢやない。なんだか正体しやうたいがないやうだ。矢張やつぱ一時いちじ疲労つかれたのか。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
同時に非常な疲労つかれを感じた。制帽をかぶったひたいのみならず汗ははかまをはいた帯のまわりまでしみ出していた。しかしもう一瞬間とても休む気にはならない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
孔明こうめいの縮地の法という事は聞いているが、このへんに伸地の魔法でも使う坊主でもいるのではあるまいかと、一同はにわかに疲労つかれを感じてきた足を引摺ひきずり引摺り、更に半里ほど歩んで
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
前夜の疲労つかれのある平太郎は後を三人に頼んで置いて、じぶんは一人別室へ往って寝た。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其夜自分は早くから臥床ふしどに入つたが、放火の主犯者が死んで了つたといふ考へと、連夜眠らなかつた疲労つかれとは苦もなく自分を華胥くわしよに誘つて、自分は殆ど魂魄たましひを失ふばかりに熟睡して了つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
二、三日側についていると、母子の間にもう大分話の種がなくなってしまった。来ると早々窮屈な病室の寝台などにかされて、まだろくろく帯をいて汽車の疲労つかれを休めることすら出来なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
狂気きやうきの色とめがたの疲労つかれに、今は
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
清い流で鍬を洗って、入口の庭のところに腰掛けながら、一服やった時は、三吉も楽しい疲労つかれを覚えた。お雪も足を洗って入って来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
首をもたげて聞き澄ましたが、にわかにムックリ起き上った。周囲まわりを見ると女太夫共が、昼のはげしい労働に疲労つかれ姿態なりふり構わぬ有様で、大いびきで睡っていた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暑さと疲労つかれとに、少年はものも言ひあへず、わずかに頷きて、筵を解きて、笹の葉の濡れたるをざわ/\と掻分けつ。
紫陽花 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
久しぶりの散歩に思のほか疲労つかれをおぼえ、種彦はわが家に帰るが否や風通しのいい二階の窓際に肱枕ひじまくらしてなおさまざまに今日の騒ぎをうわさする門人たちの話を聞いていたが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いづれも火の母屋おもやに移らぬ事を祝しては居るが、連夜の騒動に、夜は大分眠らぬ疲労つかれと、烈しく激昂げきかうした一種の殺気とが加はつて、の顔を見ても、不穏な落付かぬすごい色を帯びて居らぬものは
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ししむら戦慄わななきを、いや甘きよく疲労つかれを。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
墓参りもし、法事も済み、わざとの振舞は叔母が手料理の精進しやうじん埒明らちあけて、さてやうや疲労つかれが出た頃は、叔父も叔母も安心の胸を撫下した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
栞をかかえている頼母の姿は、数ヵ所の浅傷あさでと、敵の返り血とで、蘇芳すおうでも浴びたように見えてい、手足には、極度の疲労つかれから来た戦慄ふるえが起こっていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御念ごねんおよばぬ、じやうぬまそこく……霊泉れいせんゆあみさせて、きづもなく疲労つかれもなく苦悩くなうもなく、すこやかにしておかへまをす。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「沢山召上って置かないといけません。後で一度にお疲労つかれが出ますから。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
他のものも車であとになりさきになりして出掛けた。本郷から大久保まで乗る長い道の間、私達は皆な疲労つかれが出て、車の上で居眠を仕続けて行った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庭師の群が現われて、助太刀をすると見て取ったので、疲労つかれも忘れ勇気も加わり、軽快敏捷に立ち廻るのである。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昼間歩行あるき廻った疲労つかれと、四五杯の麦酒ビイルの酔に、小松原はもう現々うとうとで、どこへ水差を置いたやら、それは見ず。いつまた女中が出てったか、それさえ知らず。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)