なま)” の例文
船長も片手で綱を掴みながら、その黒ん坊が給仕するなまぬるい水を二三杯、立て続けに飲んだが、ヨッポド胸が悪かったのであろう。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
るかと云うに、いやなまこそことにうましなぞと口より出まかせに饒舌しゃべりちらせば、亭主、さらば一升まいらせむ、食いたまえと云う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
持ち込み餌とは、うどんにサナギ粉とか芋ねりとその他に決まった餌があるのを、「ボッタ」とか「赤坊」とかのなま餌を用いること。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
謙作はテーブルのはしにやったじぶんの右の手に暖かな手のなまなましく触れたのを感じた。彼はもどかしそうにその手を握ったのであった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あっても、く僅かしかない。濁って、なまでのめるようなしろものじゃなかった。のんだら、胃と腸が、雷のように鳴り出すだろう。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
なにも盧員外ろいんがいの身をなまで渡せというんじゃなしさ。……なんとかズルズル延ばしてりゃあ、そのうち片がつこうというもんじゃねえか
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かざされたるところの兇器は、そのなまあたたかき心臟の上におかれ、生ぐさき夜の呼吸において點火發光するところのぴすとるである。
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
旧暦では何日にあたるか知りませんが、その晩はなまあたたかく陰っていて、低い空には弱い星のひかりが二つ三つ洩れていました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
先日こたひだ亡くなつた米国の小説家ジヤツク・ロンドンは、肉食論者にもう一歩を進めて、すべての魚類さかななまのまゝで食べようとした男だ。
絵具を画板パレツトで練らずになまな色のまま並べようとする画家の技巧テクニツクにも似て居るやうであるが、これは無理な試みであらう。(十月三日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
薄寒い日が續いた揚句、妙になま暖かい日が續いて、此まゝ春になるのではあるまいかと思ふやうなある朝、地震か、世直しか、それとも
飼料の用意が十分でなかったところから、なまの馬鈴薯を無暗むやみと食わしたので、腹に澱粉の溜まったのが原因だった。伝平はひどく落胆した。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
むしろあくどい刺戟しげきに富んだ、なまなましい色彩ばかりである。彼はその晩も膳の前に、一掴ひとつかみの海髪うごを枕にしためじの刺身さしみを見守っていた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
教訓を、罐詰かんづめにしないでなまのままに身につけること、そうだ、そうだ、と悟浄は今一遍、はいをしてから、うやうやしく立去った。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
子供のときの苦労は身につく。しかし、その苦労をなまで出さずに、いのちの闊色かっしょくにしたところは、わが子ながらあっぱれである。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それから紫檀したん茶棚ちやだなひとふたかざつてあつたが、いづれもくるひさうななまなものばかりであつた。しか御米およねにはそんな區別くべつ一向いつかううつらなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それならば生物なまものばかりかじっているに限る。野蛮人種のように煮もせず焼きもせず、肉でも野菜でもなまで食べるのが一番無造作だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ギリシア人はなまのものを低しとした。ギリシアの理念は典型を欲した。生のものから蒸溜したエツセンスに美の高さを感じた。
古代エジプトの作品 (旧字新仮名) / 高村光太郎(著)
かかる空間をドイツ美学は仮象 Schein と呼びならわしているけれども、むしろかかる空間こそがなまであり現実的にも考えられる。
芸術の人間学的考察 (新字新仮名) / 中井正一(著)
一體いつたい、これには、きざみねぎ、たうがらし、大根だいこんおろしとふ、前栽せんざいのつはものの立派りつぱ加勢かせいるのだけれど、どれもなまだからわたしはこまる。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なまの果物でもあれは赤痢の新療法に使用される位有益です。よくかんで一日に二箇ぐらい召上れ。胃腸がよわっていてもリンゴは特別です。
くちるきおひとこれをきて、さてもひねくれしおんなかな、いまもし學士がくしにありて札幌さつぽろにもゆかず以前いぜんとほなまやさしく出入でいりをなさば
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もとより安心したいですが、そんななまやさしい事で安心が得られると思うか。安心するかしないかは生きるか死ぬかの問題だ。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
戦国時代の食い物は、おいらの食い物と大差はない、なまの獣、生の鳥、生の野菜、生の魚、せいぜい焼いて食うぐらいのものだ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
椰子やしの水はおいしいもんだわね。一寸ちよつとねえ、冷くてとてもなまぐさい匂ひがしたわねえ……。椰子の実の水が飲みたいのよ」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
白隠和尚はくいんおしょうはその檀家だんかの娘が妊娠して和尚おしょう種子たねを宿したと白状したとき、世人からなまぐさ坊主ぼうずと非難されても、平然として
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なま、いうなッてことよ、作に情女おんなが出来るなんて、年代記ものと、こちとらあ思っているんだゼ——まあ、せいぜい大事にしてやるこった」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なまの魚肉は、スカンジナビアなどでは、時々食う由であるが、英、米、仏、独などのいわゆる西洋では、決して食わない。
風土と伝統 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
三日前に這入へえって来たバツクの(東京くだりのハイカラ)なまれエ給仕上りの野郎に聞いたんだが、議会で政府のアラ捜しより能の無え議員が
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
ふところ子・ふところ爺のなま述懐に到っては、しろうと本位である短歌の、昔からの風習がのろわしくさえ思われるのである。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「なあに——なまやさしいのが、じたばたするんじゃない、仏頂寺ほどの亡者が、得心ずくで腹を切るのだ、見ているうちには胸が透いてくるよ」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どんどん飛ばしてゆくほどに、とうとう小田原の町をはずれて、線路と並行になりました。なまぐさい草のが鼻をうちます。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
クリストフがすべてを実際以上に誇張して、不道徳な行為や人物を批判するなまなやり方は、オリヴィエには不愉快だった。
大變たいへん差支さしつかへるわ』とあいちやんはいそいでつて、『たまごなどねらつちやなくつてよ、そんな、そんなたまごなんてしかないわ。なまなものいやなこッた』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
これが木曾名物の焼きぐりだと言って、なまの栗を火鉢ひばちの灰の中にくべて、ぽんぽんはねるやつをわざとやじりでかき回したげな。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、また一方、この日本語としては「なまな言葉」の意味を自分勝手に限定するといふことは、教育者としては躊躇されるところもありませう。
こういうなまな調子でお書きになるのはあの方としては大へんお苦しいだろうとはお察しするが、どうか完成なさるようにと心からお祈りしていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
なまはちよっとえにくいようにおもへますが、一度いちど火勢かせいがつけば、こんもりとしげつたうつくしい森林しんりんもまたゝくまにはひになつてしまふのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
地震のように機械の震動が廊下の鉄壁に伝わって来て、むせ返りそうななま暖かい蒸気のにおいと共に人を不愉快にした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
見さだめてから、悠々とあらわれてきたのがいる……兵科はなんだったんだ、そんななまちろい顔でいられるというのは
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
東京って、そんななまやさしいとこじゃないよ。みんなぶったおしっこをしてくらしているんだ。しかし、おまえみたいに帰る家もなくっちゃこまっちまう。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
色恋をなまのまま皿に盛って出したのでは、彼女はいつかな食指を動かさない。ぴりりと舌にくる薬味——つまり苦労や犠牲が、ぜひとも入用なのだ。
人間にんげんには執着しゅうじゃくつよいので、それをてるのがなかなかの苦労くろう、ここまでるのにはけっしてなまやさしいことではない……。
城壁の中では、なまぐさ坊主が、いいきもちで眠っている。貝がらの城壁の中に眠っているのを知っている大きな魚は、突然これをおそって食らうのだ。
海の青と空の青 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
五十歳に近い彼が若者のように漆黒の毛髪を持ち、三日間も立像化するエネルギーを把持しているというのは、全くこのなまものの故かも知れなかった。
沼畔小話集 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
「バスに乗って行こ」いうてばしの停留場い出て、そいから阪神で家い帰るまで、夫は不機嫌に黙ってしもて、何いうてもなま返事しかせえしません。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
八ツ橋は生に限ると今がた味を覚えたそのなまのを沢山買い込んで、熊野神社前の停留場へ来ると人群ひとだかりがしていた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
蚯蚓みみずに団子………。さやう、それからなまの肉類。エー、それに同じ魚で自分よりさいのを食べるものが多いといふことを知つておいでのおありませう。
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
何ッ……? なまを言うな。散髪屋の看板写真みたいに、規格型の顔をさらしてると思て、うぬぼれるな。一寸は大人並みに歪んだ方が、人間らしいわい。
夜光虫 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
滋養物も種々な製薬品よりは直接になまの肉や野菜から搾り取ったものの方がいいという彼の意見にも、壮助は自分の乏しい知識と常識とから首肯出来た。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)