ともし)” の例文
旧字:
処へ、かの魚津の沖の名物としてありまする、蜃気楼しんきろうの中の小屋のようなのが一軒、月夜にともしも見えず、前途に朦朧もうろうとしてあらわれました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年老いたおうなは普通の土器かわらけよりも大きい灯火をかかげていることが、奇異であるとすれば、全く奇異に大きいともしびでございました。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
聟どのの家から大事に消えぬように持って来た脂燭ししょくともしを、すぐ婚家のが、その家の脂燭に移しともして、奥へかけこんでゆく。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孝之助が、ともしをいれた居間で、着替えをしていると、隣りの内客の間から、そんな問答が聞えてきた。二本松というのは渡辺又兵衛のことである。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
又いにしへ六二ある僧あやしき家に旅寝せしに、其の夜雨風はげしく、ともしさへなきわびしさに六三いも寝られぬを、夜ふけてひつじの鳴くこゑの聞えけるが
座敷の中央に端然と花村親子が坐っていて、一個の短檠たんけいに細々と鯨油のともしがともっている。如来衛門は平伏した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ともしがついて夕炊ゆうげのけむりが家々から立ち上る時、すべてのものが楽しく休むその時にお寺の高いとうの上からんだすずしい鐘の音が聞こえておにであれであれ
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
からだも大分疲れて來たから、ふと氣がいて其處そこらを見廻すと、夜も大分けてゐた。村の方を見ても、ともしの光も見えなければ、仲間の者が螢を呼ぶ聲も聞えない。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そうかといって、今大急ぎで養子を迎えることもならず、生命いのちともしが次第に燃え尽きるのがわかると、勘当した倅が、つくづく恋しくなったのも無理のないことでした。
ともしは、その炎のまわりに無数の輪をかけながら、執拗しゅうねい夜に攻められて、心細い光を放っている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一同は階下したの例の大餉台おおちゃぶだいを取囲んで、十時ごろから飲み始めた。そうして夕方ともしくころまで飲み続けた。私は一人二階に残って、襤褸布団に裹りながら階下の騒ぎを聞いていた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
岸のともしが明るく処々ところどころいて居た。誰か大な声を立てゝ土手の上を通つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
この柩の傍には聖像もなければ、ろうそくのともしもなく、祈祷きとうの声も聞こえない。この娘は身投げをした自殺者であった。彼女はまだやっと十四でありながら、その心はすでに破れていた。
けれ共ともしのつくまでも千世子を相手にしゃべる事はあんまりしなかった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すべての職業が職業として成立するためには、店に公平のともしけなければならない。公平と云う美しそうな徳義上の言葉を裏から言い直すと、器械的と云う醜い本体を有しているに過ぎない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜は更けぬ、ともしは青に涙ぐむ。——
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
お前の夜をともしを離れて
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
暮れければともしを向けぬ家桜
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
村の夜には凍えたともし
飢えたる百姓達 (新字新仮名) / 今野大力(著)
あか々とともしいざよふ。
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
と、不意に吃驚びっくりしたような女房の声、うしろ見られる神棚のともしも暗くなる端に、べろべろと紙が濡れて、かどの腰障子に穴があいた。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行き着いてみると、例の古家ふるいえは昼間よりシンとしていて、少しも変ったふうはなく、また半五郎の見たというともしのもれている様子もありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここからはお館が近うございますゆえそれに、お方様がお越しになられた夜はあかあかとともしびが、西にも東にもともれていたようにおぼえております。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さうかと言つて、今大急ぎで養子を迎へることもならず、生命いのちともしが次第に燃え盡きるのがわかると、勘當した伜が、つく/″\戀しくなつたのも無理のないことでした。
一幅ひとはばの赤いともしが、暗夜をかくしてひらめくなかに、がらくたのうずたかい荷車と、曳子ひきこの黒い姿を従えて立っていたのが、洋燈を持ったまま前へ出て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
提灯が先に立つ、そして、時雨堂の明り——悲恋のともしはだんだんと遠くなり、暗い追分の宿しゅくを通ってゆく。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは前のたまずさにお示ししたようにふしぎな一つ家のともしびがもとでございました。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
暮れ果てずともしは見えぬが、その枝の中を透く青田越あおたごしに、屋根の高いはもう我が家。ここの小松の間を選んで、今日あつらえた地蔵菩薩じぞうぼさつを——
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、仰っしゃった後でも——夜半よなかにふとうかがってみると、御主人の部屋だけにはともしがついていた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠近をちこちやまかげもりいろのきしづみ、むねきて、稚子をさなごふね小溝こみぞとき海豚いるかれておきわたる、すごきはうなぎともしぞかし。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
中二階のかぼそきともしにお吉と声をひそませているという——早耳。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おう、」とこたえて、洞穴の隅の一方に少年の顔は顕れた。早く既に一個角燈に類した、あらかじめそこに用意をしてあるらしいともしを手にしている。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともしがつきれば獣油を足し、筆がかわけば指の血をしぼって……。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「歩きますわ、御覧なさいな。」と沈んだ声でいいながら、お雪は打動かす団扇の蔭から、はかない一点の青いともしで、しばしば男の顔を透かして差覗さしのぞく。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貸小袖に魂が入って立ったとも見えるし、行燈のともしおおうた裲襠かけたもとに、蝴蝶ちょうちょうが宿って、夢が徜徉さまようとも見える。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その段を昇り切ると、取着とッつき一室ひとま、新しく建増たてましたと見えて、ふすまがない、白いゆかへ、月影がぱっと射した。両側の部屋は皆陰々いんいんともしを置いて、しずまり返った夜半よなかの事です。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くるま左右さいうとゞく、数々かず/\たきおもても、裏見うらみ姿すがたも、燈籠とうろうともして、釣舟草つりぶねさういてく。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
川下の方からしんとして聞えて来る、あたりの人の気勢けはいもなく、家々のともしも漏れず、ながれは一面、岸の柳の枝を洗ってざぶりざぶりと音する中へ、菊枝は両親ふたおやに許されて、髪も結い
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死出の山辺に一つ見える、一つともしにただ松一つ、一本松こそ場所屈竟くっきょうと、頃は五月の日も十四日、月はあれども心のやみに、迷う手と手の相合傘よ、すぐに柄もりに袖絞るらむ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卯辰山うたつやまの山のにあって、霞をまとい、霧を吸い、月影に姿を開き、雨夜あまよのやみにもともし一つ、百万石の昔より、往来ゆききの旅人に袖をあげさせ、手をかざさせたものだった、が、今はない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うきましたばあさんが一人ひとり爐端ろばた留守るすをして、くらともしで、絲車いとぐるまをぶう/\と、藁屋わらやゆきが、ひらがなで音信おとづれたやうなむかしおもつて、いとつてると、納戸なんど障子しやうじやぶれから
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
死出の山辺の灯一つ見える、一つともしに松ただ一つ、一本松こそ、場所屈竟と、頃は五月の日も十四日、月はあれども心の闇に、迷う手と手の相合傘よ、すぐに柄もりの袖絞るらむ……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
軒を離れて、くるまに乗る時、欄干に立った、丸官、と顔を上下うえしたに合すや否や、矢を射るような二人曳ににんびき。あれよ、あれよと云うばかり、くるわともしに影を散らした、群集ぐんじゅはぱっと道を分けた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裸脱はだぬぎの背に汗を垂々たらたらと流したのが、ともしかすかに、首を暗夜やみ突込つっこむようにして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人は山の姿も見ず、松も見ず、松のこずえに寄る浪の、沖の景色にも目はらず、瞳を恍惚うっとり見据えるまで、一心に車夫部屋のともしを、はるかに、船の夢の、燈台と力にしつつ、手を遣ると、……柄杓ひしゃくさわらぬ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともしなき御神燈は、暮迫る土間の上に、無紋の白張しらはり髣髴ほうふつする。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)