此奴こいつ)” の例文
さて、題だが……題は何としよう? 此奴こいつには昔から附倦つけあぐんだものだッけ……と思案の末、はたと膝をって、平凡! 平凡に、限る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
此奴こいつは本当の悪魔ですよ、そのくせ恐ろしく頭が良いから、私も、もう少しでやられるところだった。皆さん、これを御覧なさい」
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
かく「何も糞もあるものか、よくのめ/\と来やアがった、手前てめえが意地を附けたばっかりで忰を牢死させるようにしやアがって此奴こいつ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さあ、分るだろうとは思いますが、しかし此奴こいつは一往尋ねて見てからでなけりゃあハッキリしたことは云えませんねえ。最善の方法を
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どいつも此奴こいつも癪に障ると思はないではゐられなくなる。さうして自分は一日と雖も、新聞記者を憎む事を忘れる事が出來なくなつた。
此奴こいつ他妻ひとづまの寝室へ忍びこんだ姦夫……や、何ということだ、わしの友人でしかも子供のように齢の若いこの男を……淫婦が」
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
やっている。此奴こいつは骨の折れる商売だが、なかなか文化に有益な商売でね。一度俺と一緒について来ないか。面白い所を見せてやるよ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「旦那、此奴こいつあ、怪しからん奴なんです。これから皆で叩き殺してやらうと思つてる所なんです。どうか其処そこで見てゐて下さい。」
A いよ/\馬鹿ばかだなア此奴こいつは。およそ、洒落しやれ皮肉ひにく諷刺ふうしるゐ説明せつめいしてなんになる。刺身さしみにワサビをけてやうなもんぢやないか。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
所が此奴こいつきたないとも臭いともいようのない女で、着物はボロ/\、髪はボウ/\、その髪にしらみがウヤ/\して居るのが見える。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お袋に兄貴、従妹いとこ、と多勢一緒にった写真を送って来た時、新吉は、「何奴どいつ此奴こいつ百姓面ひゃくしょうづらしてやがらア。厭になっちまう。」
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
此奴こいつとの流しも、いざといえば、こういう時のためと、人の勝手元から、家内の模様を見ておいたが、案外早く、役に立つ時が参った」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
月の光を浴びて身辺処々ところどころさんたる照返てりかえしするのは釦紐ぼたんか武具の光るのであろう。はてな、此奴こいつ死骸かな。それとも負傷者ておいかな?
キ……貴様はテキ屋の竜公たつこう……。コ……此奴こいつは私の借屋しゃくやに居やがって……家賃を溜めて……デ……出て行きやがらないんです。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
べにさ。野衾でも何でもいやね。貢さんを可愛がるんだもの、恐くはないから行って御覧、折角、気晴きばらしくのものを、ねえ。此奴こいつが、」
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「新規に雇い入れた寿司の職人でございます。握り三年と申しましていい職人はなかなかおりませぬが、此奴こいつはなかなか使えそうで。——」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「君、馴育じゅんいく掛りのお嬢さんへようくいわなきァ駄目だぜ。鍵を忘れたもんだから勝手にでちまって、それに、此奴こいつまでがえらく亢奮こうふんしている」
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いゝや。娘さんですか。いゝや。後家様。いゝや。お婆さんですか。馬鹿を云へ可愛想に。では赤ん坊。此奴こいつめ人をからかふな、ハヽハヽヽ。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
此奴こいつ、とぼけたつらをしているが、幕吏の廻し者か、幕府の誰かに、頼まれたに相違ない。さもなくば、この武市に、吹矢を射るはずはない」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此奴こいつが最後に地軸もろとも引裂くような爆発音を起すのだから、ただ一本の棒にこもった充実した凄味といったら論外で
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しっ! お静かに」そしてユアンの右腕が挙がった。此奴こいつめ! 拳銃ピストルを突きつける気だな! と私は直感したのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
その赤樫と云ふ奴は貸金の督促を利用しては女をもてあそぶのが道楽で、此奴こいつの為にけがされた者は随分意外のへんにも在るさうな。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
毎日うして二人で働いてゐたが、時々飛入りに手伝に来る職人があつた。此奴こいつが手伝に来ると、屹度きつと娘を叱り飛ばす、さうしてミハイロに調戯からかふ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
なぜって?……友人だったあのディーネルのやつでさえ、ああいう待遇をしたところを見ると、昔さんざんいじめられて憎んでるに違いない此奴こいつから
此間こないだ社に来て、昨夜ゆうべ耽溺をして来た、と言っていたと聞いたから、はあ此奴こいつは屹度桜木に行ったなと思ったから、直ぐ行って聞いて見てやった。」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
此奴こいつ乗打のりうちをしたナ、覚えてろ!」と紅葉は手を振上げて打つまねをするとヨタヨタぐるまがいよいよヨタヨタした。
さうかと思ふと、代助の口調が如何にも平気で、冷静で、はにかまず、もぢかず尋常極まつてゐるので、此奴こいつは手の付け様がないといふ気にもなる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「何をいってやァがるとは思ったけれど、でもない、また、大きにそうかも知れねえ。ことによったら、此奴こいつ……」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
いったい、此奴こいつら、人間であるか、ただしは山のむじなであろうか。それは知らぬ。ただ踊る姿は人間の女で、笊は手振は足取りは鰌すくいにちがいない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかし安達君の説によると、吉川君の人相が強盗の一人に一番好く似ていた証拠に、吉川君が一番厳しく調べられたから、此奴こいつも責任があるというのです
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此奴こいつのために、私の休養の形は安静、床に休むことになって来る。おなかの右下四分の一にだけ邪魔ものがいる。きのうきょう、これがバッコしているのです。
端艇たんていくつがへすおそれがあるのでいましも右舷うげん間近まぢかおよいでた三四しやく沙魚ふか、『此奴こいつを。』と投込なげこなみしづむかしづまぬに、わたくしは『やツ。しまつた。』と絶叫ぜつけうしたよ。
あのとき此奴こいつは、兄さんにくるしめられたのです。兄さんは護身用ごしんように、携帯感電器けいたいかんでんきをもっていらっしゃる。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
約束の時間が迫って来るにつれて、さすがに胸が波うつように思われ、客の男女が出入りするたびしや此奴こいつではないかと拳を握った。——一杯の珈琲コーヒー残少のこりすくなくなった。
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
有喜子には支那人の情人があるという噂を聞いていましたので、咄嗟に此奴こいつだなと思いました。
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
向河岸の楊柳の間に、何時いつの間にやら以前もとの悪僧が再現して手に鰻裂うなぎさきの小庖丁を持っていた。此方こちらを睨んだ眼の凄さと云ったら無かった。此奴こいつが正しく藤蔓を断ったのだ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そのやわらかい筋肉とは無関係に、角化質かくかしつの堅いつめが短かくさきの丸いおさない指を屈伏くっぷくさせるように確乎かっこと並んでいる。此奴こいつ強情ごうじょう!と、逸作はその爪を眼でおさえながら言った。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
此奴こいつ怪しいと思つたから、何をてるんだ! とわざでかい声をけて遣つた。すると、猫のやうな眼で、ぎよろツと僕を見て、そしてがさ/\と奥の方に身を隠して了つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
酒亭さかやはひった當座たうざには、けん食卓テーブルしたたゝきつけて「かみよ、ねがはくは此奴こいつ必要ひつえうあらしめたまふな」なぞといってゐながら、たちまち二杯目はいめさけいて、なん必要ひつえういのに
だが此奴こいつはもう空気も水もない死んだ世界なんだから仕様がない、それよりか我々が例えばロケットか何かで地球を飛出したとすれば、まず火星に行くより仕方がないだろうね
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
栄二 兄さん、此奴こいつ、泥棒なんだ。あすこから入って来て、櫛とろうとしたんだ。僕がお母さんに上げる櫛持っていこうとしたんだ。おまわりさん呼んで、警察にわたしてやるんだ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
確かにえびかにと同じく甲殻類に属するが、蝦や蟹が活溌に運動してえさを探し廻る中に交って、此奴こいつだけは岩などに固着して、一生涯働くこともなく、餌の口に這入はいるのを待っている。
「やあ、此奴こいつとう/\入りやがつたな。」川上は幾分驚嘆の気味で彼に云つた。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
甲田は、やしろに泊るといふことに好奇心を動かした。然しそれよりも、金さへ呉れゝば此奴こいつが帰ると思ふと、うれしいやうな気がした。そして職員室に行つてみると、福富はまだ帰らずにゐた。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
以て出で來れば重四郎は見て其所へるのは彌十か是は重四郎樣と云ふ時手招てまねぎして畔倉こゑひそめコレ彌十今手に掛けし此奴等はみな宿無やどなしなれど此死骸このしがいが有ては兎角後が面倒めんだうなり何と此奴こいつ等を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今わつしの所にゐる一番弟子の徳てえのは来年兵隊検査でごわすが此奴こいつは素晴らしい腕になりやした。仕上げだらうと旋盤だらうと、火作りだらうと、何をやらしても人以上のことをやりやす。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
成らざるを得ないじゃァありませんか。だが此奴こいつも見ようによっては、『深い愛情』にも見えますなあ。で、奥さんは(何が奥さんだ!)そういう見方をしましたんで。つまり好意ある見方をね。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もっとも、こう物騒な野郎ばかりが、つながって歩けねえのは、道理ことわりなのだから、お前さんが、此奴こいつだと思う野郎を、名指しておくんなせえ。何も親分乾児の間で、遠慮することなんかありゃしねえ。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
桂川かつらがはまくときはおはんせな長右衞門ちやううゑもんうたはせておびうへへちよこなんとつてるか、此奴こいついお茶番ちやばんだとわらはれるに、をとこなら眞似まねろ、仕事しごとやのうちつて茶棚ちやだなおく菓子鉢くわしばちなか
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
またこんな人間もいるだろう。其奴そいつはきょうあたり大丈夫で、息張いばって歩いている。ところが詰まらない、偶然の出来事で、此奴こいつは一二週間の内に死んでしまうのだ。そのくせ死という事なんぞを
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)