撫子なでしこ)” の例文
なかいたやうな……藤紫ふじむらさきに、浅黄あさぎ群青ぐんじやうで、小菊こぎく撫子なでしこやさしくめた友染いうぜんふくろいて、ぎんなべを、そのはきら/\とつてた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
庭の桔梗ききょうの紫うごき、雁来紅けいとうの葉の紅そよぎ、撫子なでしこの淡紅なびき、向日葵ひまわりの黄うなずき、夏萩の臙脂えんじ乱れ、蝉の声、虫のも風につれてふるえた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
女郎花おみなえし撫子なでしこそれから何というか紫のまるい花と白とエンジ色のまことにしゃれた花と。それがコップにさして机の上にあります。
ふと、寝がえりを打つと、すぐ自分の鼻の先に、撫子なでしこに似た真っ赤な花が咲いていた。それは、都人みやこびとの彼には、名も知れない花だった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
撫子なでしこ、とりどりに取り散らし、色襲いろがさねの品評しなさだめに、今から憂き身をやつし合うなど、およそ持明院派の公卿で笑いの洩れぬ門はなかった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われ等が曙の色を認めたのは、もう森林を通りぬけて桔梗ききょう撫子なでしこ女郎花おみなえしの咲き誇っている平原の中を行きつつある時であった。
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
母親は二階のとこの間に、ゆるような撫子なでしこと薄紫のあざみとまっ白なおかとらのおといろいこがねおぐるまとをぜてけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
美しい色をした撫子なでしこばかりを、唐撫子からなでしこ大和やまと撫子もことに優秀なのを選んで、低く作ったかきに添えて植えてあるのが夕映ゆうばえに光って見えた。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
南岸は崖になつてゐるが、北の岸は低く河原になつて、楊柳やなぎが密生してゐる。水近い礫の間には可憐な撫子なでしこが處々に咲いた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
が、どこかその顔立ちにも、痛々しいやつれが見えて、撫子なでしこを散らしためりんすの帯さえ、派手はでな紺絣の単衣の胸をせめそうな気がしたそうです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これにりて須坂を出ず。足指漸くあおぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。ところどころに清泉ほとばしりいでて、野生の撫子なでしこいとうるわしく咲きたり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
……その風かをる橋のうへ、ゆきつ、もどりつ、人波ひとなみのなかに交つて見てゐると、撫子なでしこの花、薔薇ばらはな欄干らんかんに溢れ、人道じんだうのそとまで、瀧と溢れ出る。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
床の間の花瓶には撫子なでしこがしおらしく生けてあって、壁には一面の琴が立ててあったが、もう眼がくらんでいるお蝶には何がなにやらくもわからなかった。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
英雄豪傑の汗馬かんばのあとを、撫子なでしこの咲く河原にながめて見ると、人は去り、山河は残るというおもいが、詩人ならぬ人をまでも、詩境に誘い易いのであります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
馬車の中に置き忘れたのだらうと思つてた物が出たので、僕もふと絵具いじりがして見たくなつて、この頃はホテルの窓でがあると林檎りんご撫子なでしこいて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
芭蕉ばしょう芙蓉ふようはぎ野菊のぎく撫子なでしこかえでの枝。雨に打たれる種々いろいろな植物は、それぞれその枝や茎の強弱に従ってあるものは地に伏し或ものはかえって高くり返ります。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さては遠きに倦みたる眼を伏せて、羊腸やうちやうたる山路の草かげに嫋々なよ/\と靡ける撫子なでしこの花を憐れむも興あるべし。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その時、正太は床の間にある花瓶かびんを持出して、直樹が持って来た百合だの撫子なでしこだのの花で机の上を飾った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
冬は朝にゆふべに、淡い靄が必ずこの松原の松の根がたに漂うて居る。十二月には椿が咲いて——その頃まで撫子なでしこも咲いてゐるが——やがて春になる。春もいゝ。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
どうか書斎の窓の撫子なでしこ鉢植はちうえに、あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白根葵しらねあおい小岩鏡こいわかがみ、白い花の撫子なでしこ日光黄菅にっこうきすげ、白花石楠などが花盛りで、一見お花畑のようである。此処ここから瞰下すると幽ノ沢の全渓が雪で埋められているのが分った。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
中で柳模様は好んでえがかれた画題であって、その変化が多い。この外えらばれた画はあるいは撫子なでしこ、あるいは桐、または竹、鶴、ふじ蒲公英たんぽぽ菖蒲あやめ、あるいは波、文字等。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしそういう日に撫子なでしこを飾りにすることも空想なれば、次の句の弁慶の宮とても実在ではない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
思い切って大柄な籠目崩かごめくずしのところどころに、はぎと、撫子なでしこと、白抜きの波の模様のあるもので、彼女の持っている衣裳の中でも、分けて人柄にまっているものであったが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
与平治よへいじ茶屋附近虫取撫子なでしこの盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂せうさにほはすに花を以てし、夜来の宿熱をやすに刀の如きすゝきを以てす、すゞめおどろく茱萸ぐみ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
その画会では四種の三幅対と、撫子なでしこを描いた二曲屏風びょうぶとが、彼の自信のある作であった。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山賤やまがつの垣は荒るとも」などと云う古歌を思い出されてか、そんな撫子なでしこなんぞとあわれな名をいつのまにかお附けになっていられるのも、本当に心憎いほどなお思いやりだこと。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
二つの眼を四つに映し、顔の代りに煎餅みたいなものを見せてくれる鏡、それから最後に、聖像の後ろへ束にして差しこんであるにおい草と撫子なでしこだが、こいつはすっかり干乾ひからびているので
ふくめどあいらしきあめ撫子なでしこしほれてゆかし三らうこゝろなんらねど優子いうこふみ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
町はずれの怪しげな饂飩うどん屋に入って、登山の支度をし、秩父街道をすこしいって、上影森村の辺から左へ間道を抜けると、いよいよ山麓の樹立途こだちみちは爪先上りとなり、色の好い撫子なでしこの咲いている草原くさばらの中に
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
優雅な蒲公英たんぽぽ可憐かれんな赤まま草を、罌粟けし撫子なでしこ優劣ゆうれつをつけたろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「飯島の家はともかく、恵那にある土地ってのは、付知川べりのひどい荒地で、水のれたかわらのつづきに、河原撫子なでしこが咲いている写真を見たことがあったわ。あんなもの、財産なんていうのかしら」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ぬしいはずとれなの筆の水の夕そよ墨足らぬ撫子なでしこがさね
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
父は照り母は涙の露となりおなじめぐみにそだつ撫子なでしこ
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
尚白にも「よろ/\と撫子なでしこ残る枯野かな」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
かげに来て米かし泥舟どろぶねはち撫子なでしこ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
河原の撫子なでしこ
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
表紙の撫子なでしこに取添えたる清書きよがき草紙、まだ手習児てならいこの作なりとてつたなきをすてたまわずこのぬしとある処に、御名おんなを記させたまえとこそ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
南岸みなみぎしは崖になつてゐるが、北の岸は低く河原になつて、楊柳やなぎが密生してゐる。水近いこいしの間には可憐いたいけ撫子なでしこが処々に咲いた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ここにはいつか庭から折らせて源氏が宮様へ贈ったのと同じ時の物らしい撫子なでしこの花の枯れたのがはさまれていた。大臣は宮にそれらをお見せした。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ここらあたりは、スカンジナビアかどこか、北欧の景色に似ているという、薄白く霧のかかっている草野原で、土地の女の子が撫子なでしこをつんでいる。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
土手にはやはり発戸河岸がしのようにところどころに赤松が生えていた。しの竹も茂っていた。朝露のしとどに置いた草原の中にあざみやら撫子なでしこやらが咲いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
女郎花おみなえし撫子なでしこ、女郎花に似て白い花(男郎花おとこえしとも違う)それにあざみなどが咲き満ちているさまが美しかった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ここには自分の建てた地蔵菩薩、その台座のあとさきに植えた撫子なでしこも雪に埋れたのをき起して、あたり隈なく箒をあて、持って来た香と花とを手向たむける。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「実はね、津の国屋の惣領娘がわずらいつく二、三日まえの晩に、近所の者が外へ出ると、町内の角で一人の娘に逢った。娘は撫子なでしこの模様の浴衣ゆかたを着て……」
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白桔梗しろききょう、桔梗の花が五つ六つ。白っぽけた撫子なでしこの花が二つ三つ。芝生しばふの何処かで、䗹〻〻じじじと虫が鳴いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あの利口さうな女の童は、撫子なでしこがさねの薄物のあこめに、色の濃い袴を引きながら、丁度こちらへ歩いて来る。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さては村雨むらさめの通つたのか。何となくあかるいぞ。かぜのまにまにふはふはと、撫子なでしこが匂ふ、夏水仙が匂ふ、薔薇ばらが匂ふ、土が匂ふ。ルウヴルきゆうの屋根の上、なさけの星も傾いた。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
下を眺めると雛罌粟ひなげし撫子なでしこや野菊や矢車草の花の中には青い腰掛バンクが二つ置かれて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)