年増としま)” の例文
年増としまではあるが美しいその武士の妻女は、地に据えられた駕籠の、たれのかかげられた隙から顔を覗かせて、そう云ったのであった。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男一人と女二人、全身火焔に包まれた年若い娘の火を揉み消そうとして、これも火焔に包まれた年増としまの女が必死に追っ駈けている。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小柄なヒステリイの強い眼の下に影のある年増としま女の顔が浮んで来ると、彼はじぶんをふうわりと包んでいたもや裂目さけめが出来たように感じた。
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
黄いろい薔薇は年増としまざかりの美しさを思わせた。誰かの歌にある。霜じめりした朝の薔薇の匂いが、つうんときんの胸に思い出を誘う。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
年増としま女のように巧みであり能動的でした、まだ女を知らなかった私は、殆んど夢中で、こごさのするままになっていたようなものでした
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ないどころか、日本の絹は世界一だってね、それと同じことに、マダム・シルクの年増としまっぷりが、飛びきりの羽二重はぶたえなんだとさ」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四人のうちの一人は一番年下なので若いと呼ばれてい、そのうちの一人は年増としまと呼ばれていた。その年増は二十三になっていた。
私たちよりずっと高いところにいるように、膝の方まで見えた。意気な年増としまというのだろう、女ばかりがいた。みんなはでな声を出した。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もと北の新地にやはり芸者をしていたおきんという年増としま芸者が、今は高津に一軒構えてヤトナの周旋屋しゅうせんやみたいなことをしていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あの可憐で純潔な処女と、このみだりがましき年増としま女とを、心の天秤てんびんにかけるとは、お前は何という見下げ果てた堕落男なのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが、近所の者の噂を聞くと、ふた月に一度ぐらい、年増としまの女がこっそりたずねて来る。それがせんの女房のお福じゃあねえかと云うのです。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そう思ってまたじっとその顔を見ていると、水浅黄みずあさぎの襦袢の衿の色からどことなく年増としまらしい、しっかりしたところも見える。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
僕は、我々と対等に話が出来るのは、芸妓げいしゃ……それも多少年増としま芸妓げいしゃばかりだと思っていたよ、だがどうしてもう芸妓げいしゃなんか話が古いねえ。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
をんなこゑたかうたうてはまたこゑひくくして反覆はんぷくする。うたところ毎日まいにちたゞの一かぎられてた。をんな年増としま一人ひとりうてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
上京じやうきやうして、はじめの歸省きせいで、それが病氣びやうきのためであつた。其頃そのころ學生がくせい肺病はいびやうむすめてた。書生しよせい脚氣かつけ年増としまにもかない。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いき」を若い芸者に見るよりはむしろ年増としまの芸者に見出すことの多いのはおそらくこの理由によるものであろう{1}。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
監獄から帰った森新之助と、君香とが始めた「飛鳥あすか」という置屋おきやで、三味と踊りの出来る、年増としま芸者を探していると聞いて、そこへかかえられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ダンサー、女給、仲居、芸者等いわゆる玄人くろうとの女性は気をつけねばならぬ。ことに自分より年増としまの女は注意を要する。
学生と生活:――恋愛―― (新字新仮名) / 倉田百三(著)
年増としまざかりの仇っぽい女がひとり、おんなだてらに胡坐あぐらをかいて、貧乏徳利を手もとにもうだいぶ眼がすわっている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
年増としま好みと見られたのか、全くもって若くない、年増も年増、大年増のおいらんが俺のあいかたということになった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ぼくには何ら関係のない年増としま同士の冗談ばなしをさんざん長火鉢でやっていた近藤小母さんは、やがての事、やっとぼくに就て何か語り出していた。
その頃まではこの辺の風俗も若きは天神髷てんじんまげまたつぶしに結綿ゆいわたなぞかけ年増としまはおさふねおたらいなぞにゆふもあり
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
眼のくぼい、鮫の歯の様な短い胡麻塩ごましおひげの七右衛門爺さんが、年増としまの婦人と共に甲斐〻〻しく立って給仕きゅうじをする。一椀をやっと食い終えて、すべり出る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
次の間の長火鉢ながひばちかんをしながら吉里へ声をかけたのは、小万と呼び当楼ここのお職女郎。娼妓おいらんじみないでどこにか品格ひんもあり、吉里には二三歳ふたつみッつ年増としまである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
だんなはそのとおりの色男じゃあるし、べっぴんならばほかに掃くほどもござんすだろうに、あのまあ太っちょの年増としまのどこがお気に召したんですかい。
春江のしょが来た。その夜、カフェ・ネオンの三階に於て、またまた惨劇が演ぜられた。不幸なくじを引きあてたのはふみ子という例の年増としま女給だった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうしたら眼尻とあごの処へ小さなしわが一パイに出ていてね。どうしても二十五、六の年増としまとしか見えなかったのよ
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私と同年配だから女としてはもう年増としまだ。一緒に食事をし、ダンスホールへ案内されたが私は踊りを知らない。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
常磐津ときわずのうまい若い子や、腕達者な年増としま芸者げいしゃなどが、そこに現われた。表二階にも誰か一組客があって、芸者たちの出入りする姿が、簾戸すだれどごしに見られた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何卒どうぞ其うしてお呉れよ、年増としましにお前が恋しくなるので、——其れに、た言ふ様だが、わしの一生の御願だでの、一日も早く嫁を貰ふことにしてお呉れよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
酒の廻りしためおもて紅色くれないさしたるが、一体みにくからぬ上年齢としばえ葉桜はざくらにおい無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻さきより上りて婀娜あだッぽいいい年増としまなり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小六は早くから、少し年増としまの芸者と十二、三の雛妓おしゃくと一緒に来て、お茶を出したりお膳を運んだりするのでした。きっとこの人たちは同じ家にいるのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
奥坐舗の長手の火鉢ひばちかたわらに年配四十恰好がっこう年増としま、些し痩肉やせぎすで色が浅黒いが、小股こまた切上きりあがッた、垢抜あかぬけのした、何処ともでんぼうはだの、すがれてもまだ見所のある花。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
三十そこ/\のみがき拔かれたやうな年増としまで、かりそめのポーズも、なか/\に氣のきいた美しさです。
彼は同じ食卓に就いて居る一人の年増としまの貴婦人を凝乎じっみつめて居た。美人であるからばかりではない。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
掏摸すりに金をすられたふとった年増としまの顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵たんていづら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
どこか底の方に、ぴりっとした冬の分子が潜んでいて、夕日が沈み掛かって、かっと照るような、悲哀を帯びて爽快な処がある。まあ、年増としまの美人のようなものだね。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「もう、御免よ」吉弥は初めて年増としまにふさわしい発言はつごんをして自分自身の膳にもどり、猪口を拾って
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
三上は小倉を盗み見しては飲み、かつ、その年増としまの女を捕えて悪ふざけしていた。が、小倉は黙って食っていた。小倉の相手の女はとりつきがなくて、困っていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ただ艶々つやつやしく丸髷まるまげった年増としまかみさんが出て来て茶を入れたことだけは記憶して居る。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
七つ八つの男の児に取っては、十四五の娘も二十歳はたち前後の大人と変りなく見えるものだし、ましてせぎすの年増としまのような姿をしていたその児の様子は、ずっと自分より姉に思えた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
或る日、表町の外食券食堂へ行く途中(私達家族三人は主食配給が遅配がちなのと、隣組の輪番制当番がうるさかつたので外食にきりかへたのだ)一人の年増としま婦人からかうたづねられた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
舞台にはただ屏風びょうぶのほかに、火のともった行燈あんどうが置いてあった。そこに頬骨の高い年増としまが一人、猪首いくびの町人と酒を飲んでいた。年増は時々金切声かなきりごえに、「若旦那わかだんな」と相手の町人を呼んだ。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこは、年増としまだ、爛熟らんじゅくのお初だ——じりじりと、妄念という妄念を、胸の奥で、沸き立てて見たあとは、そのほとばしりで、相手のからだをも、焼き焦がして見ずにはいられなくなる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
とかくは檜舞臺ひのきぶたひたつるもをかしからずや、あかぬけのせし三十あまりの年増としまざつぱりとせし唐棧とうざんぞろひに紺足袋こんたびはきて、雪駄せつたちやら/\いそがしげに横抱よこだきの小包こづゝみはとはでもしるし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
髮油のにほひ、香水の匂ひ、強い酒のやうな年増としまの匂ひが、たまらなく鼻をいた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
わたくし春枝夫人はるえふじんこのせきつらなつたときには丁度ちやうどある年増としま獨逸ドイツ婦人ふじんがピアノの彈奏中だんそうちゆうであつたが、この婦人ふじんきはめて驕慢けうまんなる性質せいしつえて、彈奏だんそうあひだ始終しゞうピアノだいうへから聽集きゝてかほ流盻ながしめ
実は一昨日おとゝいの晩おれがうと/\していると、清水の方から牡丹の花の灯籠をげた年増としまが先へ立ち、お嬢様の手を引いてずっとおれうちへえって来た所が、なか/\人柄のいゝお人だから
そうして何だかそこにぐずぐずしていた。するとその年増としまが向うへ動き出した。あの女はその年増の影から現われたのである。その時あの女は忍耐の像のように丸くなってじっとしていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
年増としまのパリー婦人が子供の真似まねをしてお伽噺とぎばなしをしてもらってるのを、眼に見るような気がした。それはライン河畔の大きな娘のような、感傷的で愚鈍なワグナー流の駄々だだではなかった。