天秤棒てんびんぼう)” の例文
畑の中には大きな石がゴロゴロしている。家の廻りにはくわ天秤棒てんびんぼう、下駄など、山で荒削りにされたまま軒下に積まれてある。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
それを支那の下男が石油缶へ移して天秤棒てんびんぼうかついで、どこかへ持って行く。風呂につかりながら、どこへ持って行くんだろうなと考えた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
源は前後あとさきの考があるじゃなし、不平と怨恨うらみとですこし目もくらんで、有合う天秤棒てんびんぼうを振上げたからたまりません——お隅はそこへたおれました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは実際人間よりも、いなごに近い早業だった。が、あっと思ううちに今度は天秤棒てんびんぼうを横たえたのが見事に又水をおどり越えた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利をきしって表門を出るや否や、小倉袴こくらばかま股立ももだち高く取って、天秤棒てんびんぼうを手に庭へと出た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
客車の入口のところに立ったまゝ絶えず天秤棒てんびんぼうゆすっている様子が如何にも狂気染きちがいじみていましたから念の為めに訊いて見ますと、鮎だと言うのです
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「どうれ、けえつて牛蒡ごぼうでもこせえべえ、明日あした天秤棒てんびんぼうかついで支障さはりにならあ」剽輕へうきん相手あひておもしたやうにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
するとそこへ、どこからやってきたものか、一人ひとりのじいさんのあめりが、天秤棒てんびんぼう両端りょうたんに二つのはこげてチャルメラをいてとおりかかりました。
空色の着物をきた子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
土堤どてに踏段があって、根戸川から水を汲んだり、洗い物をしたりする足場が設けてある。その男はきれいな手桶ておけを二つ、天秤棒てんびんぼうかついでやって来た。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(どッこいしょ、)と暢気のんきなかけ声で、その流の石の上を飛々とびとびに伝って来たのは、茣蓙ござ尻当しりあてをした、何にもつけない天秤棒てんびんぼうを片手で担いだ百姓ひゃくしょうじゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つえには長く天秤棒てんびんぼうには短いのへ、五合樽ごんごうだる空虚からと見えるのを、の皮をなわがわりにしてくくしつけて、それをかついで
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
槽に入れる水は人が天秤棒てんびんぼうの両端に塩水を入れた重いバケツをぶら下げて、海と市場とを往復するのであるが
木扁きへんに力と書いてオコとよんでいるもの以外に、地方ではまた棒をサスという者と、天秤棒てんびんぼうという者とがある。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ボンヤリ見ている私は手伝いたくてウズウズしている。小僧さんが天秤棒てんびんぼうたわむほど、かごに一ぱいの大きなうりを担いで来て、土橋どばしをギチギチ急いで渡ってた。
スウスウとけた歯の間から鼻唄を洩らしながら、土間から天秤棒てんびんぼうをとると、肥料小屋へあるいて行った。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それにしてももう老いさらぼえた雪道を器用に拾いながら、金魚売りが天秤棒てんびんぼうをになって、無理にも春をよびますような売り声を立てる季節にはなったろう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仙桂和尚はふごの中に菜を入れて、天秤棒てんびんぼうでになつた。良寛さんはそのあとについて、町の方へ出掛けた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
と、立ったとたんに足もとの天秤棒てんびんぼうに蹴つまずき、そのまま身を泳がせるように寄って来て抱きついた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天秤棒てんびんぼうしなはせながら「金魚ヨーイ、鯉の子……鯉の子、金魚ヨイ」といふ觸れの聲がうら淋しい諧調を奏でて聞えると、村ぢゆうの子供の小さな心臟は躍るのだつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
天秤棒てんびんぼうの下にはさんで出かける。少しは楽だが、矢張苦しい。田園生活もこれではやりきれぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「オイ、八百屋やおやはつさん、そんなおめえ、天秤棒てんびんぼうなどかつぎだして、どうしようってんだ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先のとがった天秤棒てんびんぼうを手にして、走り出してきたが、薄闇のなかに外の方をすかして見ると、年のころ五十にちかい老僧が、頭に紺染の頭巾ずきんをかぶり、身に墨染の破れ衣を着て
天秤棒てんびんぼうを振あげて向って来る甘酒屋を、群衆の前に取って投げて、へたばらしたという話なども、お島には芝居の舞台か何ぞのように、その時のさまを想像させるに過ぎなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これでは歩けないならこの杖を二本合わしてそうして荷物を二つに分けて、ちょうど日本で天秤棒てんびんぼうになうような工夫で荷って行った方がよかろうと思って、荷物を二つに分けて荷った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その頃の羅宇屋は今のようにピーピー汽笛を鳴らして引いて来るのではなくて、天秤棒てんびんぼうで振り分けに商売道具をかついで来るのであったが、どんな道具があったかはっきりした記憶がない。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「顔だけ見ているとそうでもないが、裸体はだかになると骸骨がいこつだ。ももなんか天秤棒てんびんぼうぐらいしかない。能く立ってられると思う、」と大学でがんと鑑定された顛末てんまつを他人のはなしのように静かに沈着おちついて話して
いざとなれば天秤棒てんびんぼうを肩にあてても自分一人の糊口くちすぎはできると多寡をくくっていたものの、何を楽しみにそんな事をして生きて行くのかということを、彼はこの頃になってしみじみと考えさせられた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
忍びて紙屑買かみくづかひには成ぬかと聞て久八しばらく考へ却つて夫こそ面白おもしろからんと紙屑買にぞなりにけり嗚呼ああ榮枯盛衰えいこせいすゐひとへに天なり命なり昨日迄は兎も角も大店の番頭支配人とも言はれし身が千種木綿ちくさもめん股引もゝひきねぎ枯葉かれはのごとくにて木綿布子ぬのこ紋皮もんぱ頭巾づきん見る影も無き形相なりふりは商賣向の身拵みごしら天秤棒てんびんぼうに紙屑かご鐵砲笊てつぱうざる
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
君も覚えているかも知れんが僕等の五六歳の時までは女の子を唐茄子とうなすのようにかごへ入れて天秤棒てんびんぼうかついで売ってあるいたもんだ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(どッこいしよ、)と暢気のんきなかけごゑで、ながれいしうへ飛々とび/″\つたはつてたのは、呉座ござ尻当しりあてをした、なんにもつけない天秤棒てんびんぼう片手かたてかついだ百姓ひやくしやうぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そこにあふれる山の泉のすずしさ。深い掘り井戸でも家に持たないかぎりのものは、女でも天秤棒てんびんぼうを肩にかけ、手桶ておけをかついで、そこから水を運ばねばならぬ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あけたのは長男の良吉で、良吉もびっくりしたらしい、天秤棒てんびんぼうを持ったまま、口をあいて父親を見た。
ちゃん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
耳許みみもとで云った。おどろいて私が顔をあげると、それが同級生の林茂だった。彼は黙って私のおけ天秤棒てんびんぼうをなおしてくれ、それからくるりと奥さんの方へむきなおると
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
二人は二人きりでは心細かつたので、途々みちみち働いてゐる百姓達をさそつていつた。しまひには全部で十人位になつた。みんなは手に手に鎌やなは天秤棒てんびんぼうなどを持つて来た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「いや、ただついて行くのも芸がない。この間までは薊州けいしゅうで、薪木売たきぎうりを生活たつきとしていた私だ。薪木売りに身をやつして行きますよ。いざッてえときには、天秤棒てんびんぼうも役に立つ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「若旦那なら中どころを御註文なさいまさあ。若い方は鋳掛屋いかけや天秤棒てんびんぼうで先がなごうがすからな。然るところ旦那さまや手前どもになりますと、もう一番勝負です。後がありません」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
同じく両端りょうはしをほそくした棒でも、たばに突きさすだけのとがらしおこと、この天秤棒てんびんぼうとはけずり方がちがい、またよく見るとこのほうは、まんなかのところもややたいらめにけずってある。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
余り腕が痛いので、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂どうげんざか天秤棒てんびんぼうを買って来た。丁度ちょうど股引ももひきしりからげ天秤棒を肩にした姿を山路愛山君に見られ、理想を実行すると笑止しょうしな顔で笑われた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
長評定ながひょうじょうこらした結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎はうちにある鉄砲を準備し、父は大弓だいきゅうに矢をつがい、喜助は天秤棒てんびんぼう、鳶の清五郎は鳶口とびぐち、折から、すこしおくれて
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
吾輩が例の茶園ちゃえんで彼に逢った最後の日、どうだと云って尋ねたら「いたちの最後屁さいごっぺ肴屋さかなや天秤棒てんびんぼうには懲々こりごりだ」といった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かまちの柱、天秤棒てんびんぼうを立掛けて、鍋釜なべかま鋳掛いかけの荷が置いてある——亭主が担ぐか、場合に依ってはこうしたてあい小宿こやどでもするか、鋳掛屋の居るに不思議はない。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝、佐吉はだれよりも一番早く起きて、半蔵や寿平次が目をさましたころには、二足の草鞋わらじをちゃんとそろえて置いた。自分用の檜木笠ひのきがさ天秤棒てんびんぼうまで用意した。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その男はきれいな手桶ておけを二つ、天秤棒てんびんぼうで担いでやって来た。天秤棒は細手の、飴色あめいろに磨きこんだ、特別製のようであり、手桶は杉の柾目まさめで、あかたががかかっていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
体が弱いと思ったら、日傭を稼いでいるうちに、ウンと天秤棒てんびんぼうきたえておくさ。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしまだこの以外に、わたしのこれから言おうとする天秤棒てんびんぼうのことを、サスと呼び、オコといって居る地方もあるが、これだけはまぎらわしいから区別を明らかにして置かなければならない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
母は毎日、大きなざるを、天秤棒てんびんぼうになって、二十三連隊の営内に、残飯をにないに行った。毎日兵士がいあました飯や、釜の底にこがれついた飯や、残りの汁なんかを、一荷いっか幾らで入札して買って来た。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
桜紙さくらがみにて長羅宇ながラウを掃除するは娼妓しょうぎの特技にして素人しろうとに用なく、後門こうもん賄賂わいろをすすむるは御用商人の呼吸にして聖人君子の知らざる所。豆腐々々と呼んで天秤棒てんびんぼうかつぐには肩より先に腰の工合ぐあい肝腎かんじんなり。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
古いつづみ天秤棒てんびんぼうくくりつけて、竹のへらでかんかんとたたくのだが、その音は頭の中でふと思い出した記憶のように、鋭いくせに、どこか気が抜けている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天秤棒てんびんぼう兩方りやうはうかた手桶てをけをかついだ近所きんじよ女達をんなたちがそこへ水汲みづくみあつまつてます。みづ不自由ふじいうなところにうまれたとうさんは特別とくべつにその清水しみづのあるところをたのしおもひました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なに稼業かげふならいではないか、天秤棒てんびんぼうかついだつて楫棒かぢぼうにぎつたつて、だれに、なにきまりがわるいね。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)