しるし)” の例文
御当家の大命が、とどこおりなく、おすみになった後のお思召と申すなら格別、当座は、何ぞ、しるしだけの物で、よくはないかと心得まするが
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「彫れますかな? 本式の親分になるしるしに。……そしたら、僕も、やっぱり、龍を彫ります。そして、百合の花をあしに握らせますよ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
博奕を開いた最初一日二日はわざと負けてやり、その間に向うの手筋を看破し、骸子さいしるしを覚えて置いて、それから捲き上げに掛る。
長崎屋のしるしの入つた提燈を持つた大寺源十郎は、少し風邪氣味だつたので、薄寒い襟元えりもとをかき合せ乍ら、正寶寺門前まで來ると
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
二人ふたりは、いつかその病院びょういん病室びょうしつ案内あんないされたのでした。准尉じゅんいは、しろ衣物きもののそでにせきしるしのついたのをて、あし繃帯ほうたいしていました。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
炭火が一つあげられた時には、天候の悪くなるしるしと見て船をめ、二つあげられた時には安全になった印として再び進まねばならぬのだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ぐっと差し出した軒灯に、通りすがりにも、よく眼に付くように、向って行く方に向けて赤く大きな煙草の葉をしるしいている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それにはどれもしるしはありませんが、はだにつけていたフランネルの上着にはしるしがありました。でもその印はていねいに切り取られていました。
十月のはじめ、外出先から私が帰つて来て門の郵便箱を開けて見ますと、そこにまた三角形のしるしのついた手紙が来ています。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
吉「えッ、あの相宿の飛脚から……やアしまった、秋田屋のしるしの重箱だから、腹の減ったまぎれに油断して喰ったのが……」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ふで申上參せ候扨々思ひ掛なく九しるし出拔だしぬけに歸國致し途方に暮參せ候豫々夫婦になり度いのり居候へども此の後は寛々ゆる/\御げんもじも心元こゝろもとなくぞんじ參せ候
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その時私は、一人の浴衣の背中に銅貨大の赤いしるしがついているのを認めた。二人が逃げ出すと、一人の書生体を装った男がその後を追い初めた。
群集 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
何故と申せば、検校けんげうのうたふ物語の中に、悪魔ぢやぼと云ふ言葉がおぢやると思へば、帝はあわただしう御手をあげて、必ず十字のしるしを切らせられた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「おめえのうちの傘にはしるしが付いているだろうから、何かの邪魔だ。まあ、たいしたこともあるめえ。このまま行こう」
「そうら、私が勝った。私になんの悪心あくしんもないしるしには、私の子は、みんなおとなしい女神ではありませんか。どうです、それでも私は悪人ですか」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
しるしばんてんを着て釣っていたとき、はんてんの上から腕をアブに刺され、たたいて殺してそれなりに忘れていたが、何日か過ぎて痛がゆくなってきた。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
「つい百姓の方が忙がしいもんでございますから。それに、骨休めを兼ねてお伊勢参りをして来たものでございますから。これはわざっとお土産みやげしるし
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ついれつたくなると漢語調の歌をうたふのは、代紋かへもんと稱して提燈や傘などにつける紋章に梯子はしごしるしを付け、自烈亭居士と號して狂歌などを詠んだ祖父
文学的自叙伝 (旧字旧仮名) / 牧野信一(著)
「同僚に矢張り河原って老人があるんです。その人の家で始終お世話になりますから、お礼のしるしにと思いまして」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
與吉よきちひとりうなづいたが、背向うしろむきになつて、ひぢつて、なんしるしうごく、半被はつぴそでをぐツといて、つて
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ダンテの神曲の如きはその著しき一例である。原名 Divina Comedia は「聖なる喜劇」の意である。悲痛を以て終るは不健全のしるしである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
又、○ジルシは、茂吉が、手紙や葉書の中に、文句の切れ目に使ったしるしで、これは、茂吉独得のものである。
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
「ここにマンネリング嬢からの破談通知のしるしがあります。……十万ルピーはすぐにいただけるのでしょうね」
ボーイ長は、道ばたの高い雪へ、足で合図のしるしでもつけるようにして、その足をひきずらねばならなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
芭蕪翁のわが詠み捨てた句は、一つとして辞世じせいならざるはなしの徹底芸術精神は、学んで到り得るにあらねども、一順礼じゅんれいの最後の足跡までに、しるしをつけておいた。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
剃り落とした頭やしるしのついた上着などを彼として恥ずかしがる筋がどこにあろう? また誰に対して? ソーニャに対してか? ソーニャは彼を恐れているのに
また作文さくぶんにしても間違まちがつたところがあればしるしけてだけで、滅多めつた間違まちがひてん説明せつめいしてかさない。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
しるしかさをさしかざし高足駄たかあしだ爪皮つまかわ今朝けさよりとはしるきうるしいろ、きわ/″\しうえてほこらしなり。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
官軍のしるしとしてそでに着けた錦の小帛こぎれ。肩から横に掛けた青や赤のあら毛布けっと。それに筒袖つつそで。だんぶくろ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
特に異常な性質を持つてゐるといふしるしになる畸形きけいな點があるわけでもない。まつたく、この子供が、既に惡魔の下僕しもべで、その身代みがはりであらうとは誰が思ひ得ようか。
ただ泣いておいで、おまへの琥珀色こはくいろの涙へ、わたしは指環ゆびわしるしを押してあげる、あとの思出のたねとして。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
おい、みんな目が覚めてるなら聞いてくんな。俺あ痛くねえ腹探ぐられてるのも忌々しい、こうなりゃくそやけだ、皆の思うとおりになってみせるから、しるしに一杯買おうよ。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
どこへ行つてもこの町にこびりついてゐる死のしるし。——それは彼には同時に九鬼の影であつた。
聖家族 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
引出す所を目撃していたと云う女中にいろ/\聞いて見たが、半纏はんてんしるしさえ覚えていないのだ。只提灯は確になかったと云うから、そう遠くへは運び出したとは思われぬ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
兎角、さればと言いて頬ひげをなでたり。これにて高下こうげしるしあらわれたり。そのうえ兎角お城に向かいて剣をふる。いかで勝つことを得ん。これ運命のぐる前表也と——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私が、あらかじめしるしをつけて置いたところより、その倍も高いところに、青い頂きが、すつと見えた。おどろいた、といふよりも私は、へんにくすぐつたく、げらげら笑つた。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「いや、遅くなった。患者かんじゃが来たもんで(と、『患者』という言葉に力を入れて発音しながら)手間がとれちまった。だが、おびのしるしに、お土産を持ってきたよ、ほら……」
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
れは只の丸玉まるだまの三倍ぐらい優等なしるしで、およそ塾中の等級は七、八級ぐらいに分けてあった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
男子ちゅうたら外に現われた恰好かっこばっかりできめるのんか、そんなんやったら男子でのうてもちょっともかめへん、深草ふかくさ元政上人げんせいしょうにんは男子の男子たるしるしあったら邪魔になるのんで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
きわみなき黙々たる日、それをしるしづけるものは、影と光との相等しい律動、また揺籃ようらんの底に夢みる遅鈍な存在の生命の律動——あるいは悲しいあるいは楽しいやむにやまれぬその欲望
法水の眼はそのあかっ茶けた光の中で、シェードの描く半円をしばらく追うていたが、いま額の跡を見付けたばかりの壁から一尺ほど手前の床に、何やらしるしをつけると、へやは再びもとに戻って
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この+や−のしるしは、たしたりひいたりするのでなく、もっとほかのことを教えているのじゃないかしら、ためしにたしたりひいたりしないで、もとの数でやってみようと考えたのです。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「張った」と、ヘルマンは自分の切り札の裏に白墨チョークで何かしるしを書きながら言った。
一、上野介殿御屋敷へ押込おしこみはたらきの儀、功の浅深せんしんこれあるべからず候。上野介殿しるしあげ候者も、警固けいご一通ひととおりの者も同前たるべく候。しかれ組合くみあわせ働役はたらきやくこのみ申すまじく候。もっとも先後のあらそい致すべからず候。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
神は犠牲や燔祭はんさいを求め給わない。神の求め給うものは心です。キリストのため、福音のために迫害苦難を受けても変わらぬ真心です。家や富を棄てるのは、神様に心を差し出したしるしです。
運命という樵夫きこりが既にしるしをつけておいた樹木が、生い繁っていたのであろう。
如何いかにして秤皿はかりざらにも載せがたきこの大象の重さを知り得んと答へまどひけるが、かの大臣はまた父に問ひ尋ぬるに、そはやすきことなり、象をば船に打乗せて水の船をかくすところにしるしをつけ置き
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
細君は夫の前に広げてある赤いしるしの附いた汚ならしい書きものを眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
船を水に浮かべてその上にこの牛をのせ、どこまで沈んだかをしるして置いて、あとでそのしるしのところまで数多い石を積み、その重さをくわざんすれば、わけなく牛の目方めかたがわかるというのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「泥棒がいるんだよ此処ここには、泥棒が」女のあけすけな喚き声は高くなった、「ひとの炊きかけの飯を盗みやがった、ちょっと洗い物をして来る間にさ、あたしゃちゃんとなべしるしを付けといたんだ」
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)