ぜん)” の例文
五十年ぜんの日本人は「神」といふ言葉を聞いた時、大抵たいてい髪をみづらにひ、首のまはりに勾玉まがたまをかけた男女の姿を感じたものである。
文章と言葉と (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ぜんの朋輩が二人、小野という例の友達が一人——これはことに朝から詰めかけて、部屋の装飾かざりや、今夜の料理の指揮さしずなどしてくれた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その規則をあてはめられる人間の内面生活は自然に一つの規則を布衍ふえんしている事はぜん申し上げた説明ですでに明かな事実なのだから
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いいえ! いいえ! 可哀そうなのは平七さまではござりませぬ! わたくしでござります! お待ち下されませ! ごぜんさま!」
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
しかるに奥様は松平和泉守まつだいらいずみのかみさまからお輿入こしいれになりましたが、四五年ぜんにお逝去かくれになり、其のまえから居りましたのはおあきという側室めかけ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かうしてゐるも宮の事は忘れかねる、けれど、それは富山の妻になつてゐる今の宮ではない、ああ、鴫沢の宮! 五年ぜんの宮が恋い。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もう十二年ぜんである、相州そうしゅう逗子ずしの柳屋といううちを借りて住んでいたころ、病後の保養に童男こども一人ひとり連れて来られた婦人があった。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
東森下町には今でも長慶寺という禅寺ぜんでらがある。震災ぜん、境内には芭蕉翁の句碑と、巨賊きょぞく日本左衛門にっぽんざえもんの墓があったので人に知られていた。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その食卓に、ついさいぜんちま子を殺したやつが、何食わぬ顔で列席しているのだ。隣でフォークをめている奴がそうかも知れない。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『二ヶ月ぜんの様にますを取っておきますが、留守中盗賊どろぼうに見舞われてはかなわないね』と笑いながらドーブレクが云っていた、という。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
(三年ぜんから、御尊名は、片時といえども相忘れません、出過ぎましたが、ほぼ、御訪問に預りました御用向ごようむきも存じております。)
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たゞしけるにおや三藏は近年病死びやうし致し私しは當年廿五歳なれば廿二三年あとの事は一向覺えなしと云にぞ然らば廿二三年ぜんの奉公人の宿帳やどちやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その瞬間矢のやうに思ひついたのは、二三日ぜんある料理店で顔馴染になつた鶴見祐輔氏だつた。鶴見氏は後藤新平男の娘聟である。
母を喜ばしむ、ぜんよりも一層真心をめて彼女かれを慰め、彼女をはげまし、唯一のたてとなりて彼女を保護するものは剛一なりける
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
維新ぜん馬関ばかん砲撃に参加した英艦テイマア号が武装を解いて白く塗られ記念品として繋留してあるのを左弦に見つつ港内の中央に碇着ていちやくした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
……三四年ぜんにわざわざC県まで人を遣って調べた事もあるそうですが、ずっと前から故郷に親戚が一人も居なくなっていたのは事実で
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四年ぜんに彼は一度山下で狼に出遇であった。狼は附かず離れず跟いて来て彼の肉をくらおうと思った。彼はその時全く生きているそらは無かった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
『すると、あのいしをのいしやぢりや、あれ同時代どうじだい製作せいさくですか』といてると。『うです、三千ねんぜんのコロボツクル人種じんしゆ遺物ゐぶつです。 ...
それはぜんの司祭の犬で、ただれた眼、灰色の毛、これ以上の年をとった犬はあるまいと思われるほどの衰えを見せていました。
ところが其処そこで一層都合の良い事には、喜三郎と源之助の二人は、三年ぜんまで、どうだい君、天祥丸の水夫をしていたんだぜ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
十余年ぜんことごとく伐採したため禿げた大野おおのになってしまって、一夕立ゆうだちしても相当に渓川がいかるのでして、既に当寺の仏殿は最初の洪水の時
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
むろん例外れいがいはありましょうが、現在げんざいでは数百年前すうひゃくねんぜん乃至ないしねん二千ねんぜん帰幽きゆうした人霊じんれいが、守護霊しゅごれいとしておもはたらいているように見受みうけられます。
ぜんの女教師の片意地な基督キリスト教信者であつた事や、費用つひえをはぶいて郵便貯金をしてゐる事は、それを思出す多吉の心に何がなしに失望を伴つた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ぜん申せし通り短気の大旦那さま頻に待ちこがれて大ぢれに御座候へば、その地の御片つけすみ次第、一日もはやくと申おさめ候。
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
油井伯爵を首領にいただいた野党の中の智嚢ちのうと云われた木内種盛きうちたねもりは、微髭うすひげの生えた口元まで、三十年ぜんとすこしも変らない精悍せいかんな容貌を持っていた。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
現に今から百余年ぜん、天明年間に日向国ひゅうがのくに山中やまなかで、猟人かりゅうどが獣を捕る為に張って置いた菟道弓うじゆみというものに、人か獣か判らぬような怪物がかかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五年ぜんに禁獄三年、罰金九百円に処せられて、世の耳目じもくおどろかした人で、天保六年のうまれであるから、五十三歳になっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
祭祀さいしぜんの光景 以上のごとき乱行らんぎょうが十二日ばかり続いて、いよいよ三日から始まるとなりますと、各寺から僧侶がラサ府をして出かけて来る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
どうせいつかは死ぬる刹那が来るとは、昔から動悸をさせながら、思つてゐたのだが、十四日ぜんに病気をしてから、かう思ふのが一層切になつた。
夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本たいほんにして更に争うべからざるの次第は、ぜん既にその大意をしるして、読者においても必ず異議はなかるべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それは岩見青年が××ビルディング内東洋宝石商会の社員であると云うのを聞いて、はしなくも二三ヶ月ぜんの白昼強盗事件が思い出されたのである。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
自分は五年ぜんの事を書いているのである。十月二十五日の事を書いているのである。いやになって了った。書きたくない。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
只今は頂戴ちょうだいいたしますまい。食事ぜんですから。(ゾフィイは藁椅子を持ち来て腰を掛く。学士はその椅子を自分にて持ち来らんとしてせ寄る。)
ぜんには阿母さんと一所に寢たいちうて泣いたもんやが、今は阿母さんがそないに厭になつたんか。そんなら早うに。……もう來いでもえゝ。」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ぜん少弐卿でなくて、弓削新発意ゆげしんぼちの方であつてくれゝば、いつそ安心だがなあ。あれなら、事を起しさうな房主でもなし。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
その馬好ももう五十年ぜんとかに亡くなり、今は県会議員である当主が老後の楽みに買取って、おなじく幽雅な料亭としてその跡をいでいる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それから一ヶ月ばかりして、林檎林で、十数年ぜんの最初の犂返すきかへしの日以来見たことのないにぎやかな騒ぎが初まつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
で、親子一つ事を反覆くりかえすばかりで何日っても話の纏まらぬうちに、同窓の何某なにがしはもう二三日ぜんに上京したし、何某なにがしは此月末つきずえに上京するという話も聞く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さて、その子は、つかつかと、糸車ほどの大きなしんじゅに、こしをかけている、王女さまのごぜんに進みました。
雲仙島原間の自動車道ドライブ・ウェーは五年ぜん私の来た時は工事中であったのでそれまでは島原へくだるためには、かなり難儀な普賢くだりをしなければならないのだった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
さて、生命について比較的深い考察を行ったのはギリシャ人でして、およそ今から二千七八百年ぜんのことです。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
したがって、この第六識はぜんしきの主人公です。この主人公がシッカリしておればこそ、眼、耳、鼻、舌、身の五識は命じられるままに、よく働くわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
震災ぜん、あの別院が焼けない前に、ある日の日かげを踏んで、足もとにあつまるはとけて歩きながら、武子さんに、ずっと裏の方の座敷で逢ったことがあった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その船はつい二三年ぜん、オポルトウの北方数まいるのポルトガルの沖合いで沈んでしまった。——それから例の案内係のボーイは、証拠不充分と云うので放免された。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
余と云い目科と云い共に晩餐ぜんなれどたゞ此事件に心を奪われ全くうえを打忘れて自ら饑たりとも思わず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
あるのこと、すずめはいっしょに、なみうえびまわってあそんでいた、年老としよったしらさぎにわかれをげて、三ねんぜん、こまどりとあった野原のはらをさしてんできました。
紅すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
これは卵を割って飛び出したばかりの雛だよ。まだ娑婆しゃばの食物を何も食べないで清潔なものだ。早くいうと玉子の変形したものだ。二十一日ぜんならば玉子でいるのだ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しかし浩二に於てはこれは冗談でも洒落しゃれでもなく、正直しょうじき正銘な思い違いだった。道理でそのぜんから
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「さあ……」艇長は、十年ぜんに探険に出かけた博士たちが今まで月世界に生きているものですかと云おうとして、やっと思いとどまった。「それならいいのですがねえ」
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「電気局へ明日あたり行ってごらんなさい。電車内へ遺失したものは、一度は必ずあちらへ集まりますから」とぜんのと違った車掌が、また彼に一縷の望みを伝えてくれた。
出世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)