かたわら)” の例文
太吉は全く火の燃え付いたのを見て、又かたわらの竹を取り上げて小刀であなを明けはじめた。白いこまかな粉がばらばらと破れた膝の上に落ちる。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
見ると、自分は寝台に寝ていてフォン・リンデン伯爵夫人がにっこりしてかたわらに立っているから、びっくりして起きあがろうとすると
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
しかしその頃には差当さしあたり生活には困らない理由があったので、玉突たまつきつりなどに退屈な日を送るかたわら、小説をもかいて見た事があったが
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うつくしき人の胸は、もとのごとくかたわらにあおむきいて、わが鼻は、いたずらにおのがはだにぬくまりたる、柔き蒲団にうもれて、おかし。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたわらの人が、余りつとめられると身体に障るからといって心配しても、「何を云う。家業ではないか」と云って頑として稽古を続けた。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
しかし考えて御覧なさいまし。お思い当りあそばす事がありは致しませんか。(画家こうべを垂る。令嬢はしずかに画家のかたわらより離れ去る。)
地下室の中でも、彼は、遠方から地響じひびきの伝わってくる爆撃も夢うつつに、かたわらからうらやましがられるほど、ぐうぐうといびきをかいて睡った。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かたわらにある刀の小柄を抜く手も見せず打った手裏剣は、の女の乳の上へプツリと立ちましたから、女はひーと身を震わして倒れる。
そのかたわらに馬立てたる白髪のおきな角扣紐つのボタンどめにせし緑の猟人服かりゅうどふくに、うすきかちいろの帽をいただけるのみなれど、何となくよしありげに見ゆ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ふと、丹七が眼をさまして見ると、かたわらに寝て居る筈のあさ子の姿が見えないので、はっと思って蒲団ふとんの中に手をやるとまだ暖かい。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
声に応じて車が止ると、初江は口にふくんでいた生唾をかたわらの砂の上にはいてほつとしたようだつたが、まだ苦しそうに下をむいている。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
大人がかたわらにいるうちは黙っているが、それでも独言ひとりごとや心の中の言葉が数を増して、感情のようやくこまやかになって行くのがよくわかる。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
アラブ人がもっとも馬に親切なるについて珍譚多し。例せば駒生まるる時かたわらに立った人手で受け取り、地上に落さざらしむという。
「そら謡曲の船弁慶ふなべんけいにもあるだろう。——かようにそうろうものは、西塔さいとうかたわら住居すまいする武蔵坊弁慶にて候——弁慶は西塔におったのだ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
和尚おしょうに対面して話の末、禅の大意を聞いたら、火箸ひばしをとって火鉢の灰を叩いて、パッと灰を立たせ、和尚はかたわらの僧と相顧みて微笑ほほえんだが
我が宗教観 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
かたわら卓子テーブルにウイスキーのびんのっていてこっぷの飲み干したるもあり、いだままのもあり、人々はい加減に酒がわっていたのである。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これにはさすがな間喜兵衛も、よくよく可笑おかしかったものと見えて、かたわら衝立ついたての方を向きながら、苦しそうな顔をして笑をこらえていた。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は、そう思って躍り上る胸を押えながら、四阿あずまやを離れ、すぐかたわらの大樹の陰に身をひそめて、その女性の近づくのを待っていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平太郎が寝床の中で眼を覚してみると、生首がうようよとかたわらに集まっていて、彼の顔を見て笑ったり蚊帳の中をころころと転がり歩いた。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
各寝室の鉄格子てつごうしの窓には灯火が上下し、新館の上層には一本の炬火たいまつが走り動き、かたわら屯所とんしょにいる消防夫らは呼び集められていた。
小山がかたわらより「魚でも牛肉でも産地で味が違うから妙だ。牛肉も西では神戸、東北では米沢というが日本の牛は概して味がいそうだね」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
僕はたびたび見たが、ひなやしなっている雌鶏めんどりかたわらに、犬猫いぬねこがゆくと、その時の見幕けんまく、全身の筋肉にめる力はほとんど羽衣はごろもてっして現れる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ヨセフは牛の頸に繋ぐくびきをこしらえていた。すると、かたわらの寝床の中で眠っていた息子のイエスが目をさまして、泣声をたてた。
聖家族 (新字新仮名) / 小山清(著)
さてその地の教会堂へ入るや数日滞在し真面目に厳粛に儀式を執行するかたわら、赤色の大十字架の下に置いてある賽銭箱を指さし
ローマ法王と外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
智恵なきのきわみは恥を知らざるに至り、おのが無智をもって貧窮に陥り飢寒に迫るときは、己が身を罪せずしてみだりにかたわらの富める人を怨み
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雑司ぞうし御墓おはかかたわらには、和歌うた友垣ともがきが植えた、八重やえ山茶花さざんかの珍らしいほど大輪たいりん美事みごとな白い花が秋から冬にかけて咲きます。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
試みに四国八十八ヶ所めぐりの部を見るに岩屋山海岸寺といふ札所の図あり、その図断崖だんがいの上に伽藍がらんそびえそのかたわらは海にして船舶を多くえがけり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして入口の棚にのっていた燧石ひうちいしをカチカチやってかたわら雪洞ぼんぼりに火を移し、戸口に立った露月を顧み、あざけるごとく言うのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
見かけることがめずらしくなかった彼女のかたわらにはいつも佐助がはべほかに鳥籠の世話をする女中が一人いていた女師匠が命ずると女中が籠の戸を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
北斗星のかたわら、あるいは熱沙漠々たる赤道直下において、およそ舟車の及ぶところ、太陽の照らすところ、空気の通ずるところ
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
竜之助は西から来て、この札の辻の前へ立った——この札の辻のかたわらには大きな井戸があって、四方あたりには宿屋が軒を並べている。
そう云って、いつも炬燵こたつを前に、書物をのせた見台を左のかたわらに、そして、背中へは真綿を入れているとみえ、猫背ねこぜになって見えるのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこの海浜にでも、そこが少し有名な場所なら必ずつきものの、船頭の古手が別荘番のかたわら部屋貸をする、その一つであった。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と安子夫人が眺め入ったのは鵺退治ぬえたいじの人形だった。弓を持った頼政がかたわらに控え、猪早太いのはやたが矢を負った怪物を押えつけて短刀を振り翳している。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこは丘の斜面に溝を掘った台地で、溝を流れる水があっちこっちに赤い泥水をめ、そのかたわらに赤い色の土が積んであった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
かたわらに一冊の年表でもあれば頼りになるのであるが、それもない。やっとのことで、大正十年が一千三百年の遠諱おんきに当るということに気がついた。
彼女が云い知れぬ孤独感に心をしめつけられるような気のしていたのは、一家団欒いっかだんらんのもなか、母や夫たちのかたわらであった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そは皆各所の山に分れて、おのが持場を守りたれば、常には洞のほとりにあらずただやつがれとかの黒衣のみ、旦暮あけくれ大王のかたわらに侍りて、かれが機嫌をとるものから。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
真斎は相当著名な中世史家で、この館の執事を勤めるかたわらに、数種の著述を発表しているので知られているが、もはや七十になんなんとする老人だった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
日出雄少年ひでをせうねん二名にめい水兵すいへいもくして一言いちげんなく、稻妻いなづま終夜よもすがらとうしにえたので餘程よほどつかれたとえ、わたくしかたわらよこたはつてる。
女のかたわらに腰をかけて、『オイ、貴様は一体何者だ?……おおかた警視庁の犬だろう?うるさく嗅ぎ廻わりやあがる』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
画作のかたわら附近を跋渉し、其折そのおり案内者として同伴した音沢村の佐々木助七から、黒部に関する多くの知識を得て、益々ますます下廊下探査の素志を堅くしたらしい。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
中央に地蔵尊を彫り、かたわらに一人の僧が敬礼をしており、下の方に、花瓶かびんれんしてある模様が彫りつけてある。
そして体の調子のよい折を見ては、夜、妻と三番目の娘が、嫁入よめいりの仕度したくに着物を縫っているかたわらで胡弓を奏でた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それにまたこの二匹の睨み合が、果してどうなるかと思うと、こわいもの見たさに魂を奪われ、さいわいかたわらの立木の陰に身を寄せて、顫えながら見ていました。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
彼は部下に命じて行列の進行をめ、自分は叢のかたわらに立って、見えざる声と対談した。都のうわさ、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、そのかたわらには、いつも私の夢に出て来る、美しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入って居ります。そればかりではありません。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
実に北海道の夏は、日中は最も炎熱甚しく、依て此厚着にて労働するが為めには実につかるる事多し。且つ畑のかたわらにて朽木くちきを集めて焼て小虫を散ずるとせり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
彼はこの機械を、私どもの耳のかたわらへ持って来ました。すると、水車のように絶えず音がしているのです。これは不思議な動物か、小さな神様らしく思えます。
あだか向岸むこうぎしの火事を見る様にかたわらで見ていて如何どうする事も出来ず、ただはらはらと気をんでいたばかりであった。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)