何方どちら)” の例文
それにもう一つ悲しいことには、わたし達はそのとき、二人とも寡婦やもめになっていました。何方どちらも、良人おっとが戦争に出て戦死したのです。
二人の母親 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「ぢや、ねいさんは何方どちらすきだとおつしやるの」と、妹は姉の手を引ツ張りながら、かほしかめてうながすを、姉は空の彼方あなた此方こなたながめやりつゝ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
例へば帽子を冠るにもリボンの結目ゆはひめを左にして冠るべきか右にして冠るべきか、その何方どちらかゞ正しければ、何方かゞ間違つてゐる。
些細なやうで重大な事 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
卓子テーブルそばわづかすこしばかりあかるいだけで、ほか電灯でんとうひとけず、真黒闇まつくらやみのまゝで何処どこ何方どちらに行つていかさツぱりわからぬ。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
是非来月で無ければ成らないと云う訳もありませんから、つま貴下あなたや市郎さんの思召おぼしめし次第で……妾の方は何方どちらでもよろしいのです。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
新「少々うかゞいとう存じます、あすこの御堂おどううしろに新らしい牡丹の花の灯籠を手向たむけてあるのは、あれは何方どちらのお墓でありますか」
二人は前から顔見知りですから、『やあ。』『やあ。』といつたわけです。『暁臺先生はこれから何方どちらへ。』と以南さんがきかれました。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
何方どちらから誘うともなく、地獄の門のように鎖された鉄の扉を離れて、屋上に作られた、ささやかな温室の方へ歩を移しました。
自然、古くからの情実にからまれた同志が何方どちらにもよらずさわらずにゐる外は、二人の周囲に集る顔ぶれも違つて来てゐた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
晩年には服装なりなぞも余り構わなかったし、身体は何方どちらかと云えば痩せぎすな、少し肩の怒った人で、髪なぞは長くしていた。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれは何方どちらかと言へば狭い一室のテイブルかたはらにある椅子に腰をおろして、さう大した明るいとは言へない光線のもとに、寝床ベツトの上に敷かれた白いシイトや
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
……昌作さんもナンですが、(と信吾を見て)失礼乍ら貴君あなたも好い御体格ですな。五寸……六寸位はお有りでせうな? 何方どちらがお高う御座います?
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二人の間に介在する私が何方どちらの思想にも点頭くといふやうなお調子者であつたから、私さへ居れば三角的の平和が辛うじて保たれてゐるのであつた。
歌へる日まで (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
萬世橋よろづよばしまゐりましたがおたく何方どちらかぢひかへてたゝず車夫しやふ車上しやじやうひとこゑひくゝ鍋町なべちやうまでとたゞ一言ひとこと車夫しやふきもへずちからめていま一勢いつせいいだしぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「それですから、私、何方どちらの念が届きますか、近い中にお分りになりましょうと申上げて置いたんでございますわ」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ところがそうして毎日々々二人きりでさし向いの為事しごとをしている中に、何方どちらから云い出すともなく、小野と美代子はつい過ちを犯してしまったのである。
遺書に就て (新字新仮名) / 渡辺温(著)
水の音は何方どちらからともなく聞えて来る。耳を左に傾ければ左の方に当って聞えた。その方へと歩んで見ると、水の音は、どうやら右の方に当って聞える。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
貴方あなたどうせ御飯前でゐらつしやいませう。ここでは、御話も出来ませんですから、何方どちらへかお供を致しませう」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「さうかも知れないね。何方どちら仏蘭西フランス語が悪いのか知らないが、よく通じないままで金を払つて来たのだから。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろうが、そういうことは何方どちらでもよい。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
青年は車は何方どちらの方へ往くだろうと思って、見たかったがすっかり扉が締っているので見ることができなかった。
賈后と小吏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
右は何方どちらもナズナであって、前者をオオナズナといい後者を単にナズナと称えて区別する。けれども決して別種ではなく共に花穂も花も果実も同じである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
その人もをりをり、老人にいて謡をうたつた。直されては同じ所を幾度もくり返した。丁度に謡へないので、何方どちらも笑つては止めてしまふのが例であつた。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
又は座右ざゆうに欠くべからざる必要品として価の廉不廉にかかわらず重宝ちょうほうがられるのか何方どちらかでなければならない。
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「へい、何方どちらで、」とふのが、あかがほひげもじやだが、莞爾につこりせた、ひとのよささうな親仁おやぢうれしく
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と云いながら肩をたたいたので、おや、何方どちらへいらっしゃいましたと、うっかり出てしまって、あわてて口をつぐんだが、不意にうしろから現れたところを見ると
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十一違ひと九つ違ひのねえさんの何方どちらかが着て居ましたのは恐らく私の生れない時分だつたらうと思ひます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
... なに短銃ぴすとるで無い短剣だッたと云う筈だのに」目科は簡単に「左様さ」と答えしが更に又「しか何方どちらとも云れぬよ罪人には随分思いの外に狂言の上手な奴が有て、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
忠左衛門と内蔵助と、何方どちらも、ことば数の少い者同士が、二言ふたこと三言に、万感ばんかんを語りあっていると、九郎兵衛は用ありげに、その間に広間の方へ立ち去っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲市人 マーキューシオーをころしたやつ何方どちらげました? 人殺ひとごろしのチッバルトは何方どっちげました?
それに何方どちらを向いても、山ばかりのこの寂しい町で、雪の深い長い一冬を越すことは、今までにぎやかなまちにいたおかなに取っては、穴へ入るほど心細い仕事であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昌允 さあ、そう念を押されても困るんだが、まあ綺麗きれいでもいいですよ。何方どちらが綺麗だと思います。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
一市間ひといちあいに一度か二度、同じようなる人四五人集まりきて、何事か話をなし、やがて何方どちらへか出て行くなり。食物など外より持ち来たるを見れば町へも出ることならん。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それに先生は教育家で、何方どちらかといえばじみな商売、我輩は政治家で本来華手はでな商売であるから、他人からの見た目は非常に違うが、その行き方は恐らく少しも違わない。
母娘おやこかほをみあはせましたが、さびしさうにその何方どちらからもなんともはず、そしてかな/\のうしろ姿すがたがすつかりえなくなると、またせつせと側目わきめもふらずにしました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
左樣さやう。いや探偵たんていにしろ、またわたくしひそか警察けいさつからはされた醫者いしやにしろ、何方どちらだつて同樣どうやうです。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
曇った空は、いよいよ低く下りて来て、西東、何方どちらへ吹くとも知れぬ迷った風が、折々さっと吹き下りる。その度毎たびごとに、破れた蓮の葉は、ひからびた茎の上にゆらゆら動く。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「君は何方どちらなんです、牛といも、エ、薯でしょう?」と上村は知った顔に岡本の説をいざのうた。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
粕谷さんの宅は何方どちらと云うたら、かみさんはふッとき出して、「粕谷た人の名でねェだよ、粕谷って処だよ」と笑って、粕谷の石山と云う人が耶蘇教信者だと教えてくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
噴火山は大概休んでゐるか、又は現に煙を噴いてゐるかの、何方どちらかだ。しかし、其の休んでゐる山でも、時々轟々ごうごう唸つたり震えたりして、焼けただれた物を滝のやうに噴き出す。
そこで、何方どちらでも、はや橄欖島かんらんたう到着たうちやくしたほうは、むか一週間いつしゆうかんあひだそのしま附近ふきん待合まちあはせ、一週間いつしゆうかんすぎのち一方いつぽうえぬときには、最早もはや運命うんめいつき覺悟かくごさだめるはづであつた。
空には焼け爛れた円盤のような太陽がギラギラと輝いて居り、地には無数の獣の足跡が斑紋をして着いていました。何方どちらを眺めても人影は無く、まして人声などは聞えません。
「まあ! お美しい方! 御結婚のお写真でございますね、何方どちらさんでございます?」
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そっと時折ひそめる表情の多い眉毛は末子である、顔全体は全く吃驚びっくりする程二人に似ていた。何方どちらかと云えば末子により多く似ていただろう。背は低かった。髪は少し茶っぽかった。
何方どちらかがそれ等の雪白き連山の見取図を描き、教えられるままに山々の名を書いて、永遠に保存することが出来たろう、という事である、直木はそんな見取図を描くことが好きであり
「お嬢さんのと僕のと、何方どちらが掌面が大きいのでせう、一つ比べてみませんか。」
何方どちらにも解し得ると思うが、再案するに「峯の松見る曇かな」という十二字には、しずかに落著いた空気が含まれているので、現に火が燃えている——山を焼きつつあるものとすると
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
つツつくわ』と、あいちやんは注意ちういしたものゝ、まつたためしてもかまはないとふうで。『う/\』つて公爵夫人こうしやくふじんは、紅鶴べにづる芥子菜からしなとは何方どちらもつッつく。れの徳義とくぎは——『るゐもつあつまる ...
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
戦争の翌朝英艦から陸にむかって発砲しても陸から応砲もせぬと云えばこりゃ薩摩の負師のように当る、勝たと云えば何方どちらも勝た、負けたと云えば何方どちらも負けた、つまり勝負なしとした所で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
余程急に出立でもしなければならないのか、又はその転地が夫婦にとって余程の大事件であるか、何方どちらにしろ只ごとではないと思わせた動顛と苦しさとが彼女の全身に漲っていたのである。
或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)