軒先のきさき)” の例文
君江は軒先のきさき魚屋さかなやの看板を出した家の前まで来て、「ここで待っていらっしゃい。」と言いすて、魚屋の軒下から路地ろじ這入はいった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いや、その光がさしてゐるだけに、向うの軒先のきさきに吊した風鐸ふうたくの影も、かへつて濃くなつた宵闇よひやみの中に隠されてゐる位である。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おもて左右さいうからみせあきらかであつた。軒先のきさきとほひとは、ばう衣裝いしやうもはつきり物色ぶつしよくすること出來できた。けれどもひろさむさをらすにはあまりに弱過よわすぎた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
温泉宿をんせんやど欄干らんかんつてそとながめてひとしさうな顏付かほつきをしてる、軒先のきさき小供こどもしよつむすめ病人びやうにんのやうで小供こどもはめそ/\といてる。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
人立ひとだちおびただしき夫婦めをとあらそひの軒先のきさきなどを過ぐるとも、ただ我れのみは広野ひろのの原の冬枯れを行くやうに、心に止まる物もなく、気にかかる景色にも覚えぬは
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もとは花もたくさん作っていたという庭は、大吉たちの記憶きおくのかぎり、大根やかぼちゃ畑で、せまい軒先のきさきにまでかぼちゃは植えられて、屋根にはわせていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そのむかし池大雅が真葛原まくずがはら住居すまゐには、別に玄関といつてへやも無かつたので、軒先のきさき暖簾のれんつるして、例の大雅一流の達者な字で「玄関」と書いてあつたさうだ。
しかし、支店みっちゃんの方はうまいにはうまいが、旧式立食形なる軒先のきさきの小店で狭小きょうしょうであり、粗末そまつであり紳士向きではない。ただ口福こうふくよろこびを感ずるのみである。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
やがて軒先のきさきの夕空を見上げながら、思い出したように白い歯を出して、ニッタリと笑われました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
軒先のきさきをめぐって火のへびがのたうち廻ると見るひまに、ごうと音をたててしとみが五六間ばかりも一ときに吹き上げられ、御殿の中からは猛火みょうかの大柱が横ざまに吐き出されます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
つぐみといふとりひわといふとりは、なんんでまゐりましても、みんなあみもちかゝつてしまひますが、私共わたしどもにかぎつて軒先のきさきしてくだすつたりをかけさせたりしてくださいます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「お前ら二人とも、この外の軒先のきさきに、お美野さんが吊る下ってるのを見たてえのだな。それが、ふたりが二階へ上って来る間に、部屋の真ん中に引き上げられていた——。」
何十ぴきとなく守っているばかりか、あっちこっちにブンブンと雄飛ゆうひしているから、とてもはだかになる勇気は出ない。物おきの軒先のきさきなぞにぶらさがっているのとはけたが違う。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かきの木から飛びおりた竹童ちくどうは、はじめてそこに人あるのを知って、軒先のきさきに近より、家の中をのぞいてみると、おくには雑多ざった蚕道具かいこどうぐがちらかっており、土間どまのすみのべっついのまえには
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急激に自分たちの世界をこわされて了って、よその国のよその軒先のきさきに、雨宿りしているようなこの六七年の生活が、それほども平七の心から、肉体から、弾力を奪いとって了ったのである。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
これをまた苫葺とまぶきとも呼ぶのは、舟のとまなどもこの葺き方だったからで、田舎いなかではまたさかわらともいって、ふつうの住居すまいにはきらってこうは葺かず、ちょうどその反対に根本のほうを軒先のきさきに向けて
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
僕の目を覚ました時にはもう軒先のきさき葭簾よしず日除ひよけは薄日の光をかしていた。僕は洗面器を持って庭へ下り、裏の井戸いどばたへ顔を洗いに行った。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ勝手口につづく軒先のきさき葡萄棚ぶどうだなに、今がその花の咲く頃と見えて、あぶれあつまってうなる声が独り夏の日の永いことを知らせているばかりである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
不圖ふといてるとかどおほきな雜誌屋ざつしやがあつて、その軒先のきさきには新刊しんかん書物しよもつおほきな廣告くわうこくしてある。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
坐敷ざしきすわつたまゝこともなく茫然ぼんやりそとながめてたが、ちらとぼくさへぎつてまた隣家もより軒先のきさきかくれてしまつたものがある。それがおきぬらしい。ぼくそとた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
軒先のきさきをめぐつて火のへびがのたうち廻ると見るひまに、ごうと音をたててしとみが五六間ばかりも一ときに吹き上げられ、御殿の中からは猛火みょうかの大柱が横ざまに吐き出されます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
こんどは地声じごえで、人なき村のある軒先のきさきに立ち——こういったのは竹童ちくどうである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとこゑは、ひとこゑかんがへはかんがへと別々べつ/\りて、さら何事なにごとにものまぎれるものなく、人立ひとだちおびたゞしき夫婦めをとあらそひの軒先のきさきなどをぐるとも、たゞれのみは廣野ひろのはら冬枯ふゆがれをくやうに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
廣庭ひろにはむいかまくちからあをけむ細々ほそ/″\立騰たちのぼつて軒先のきさきかすめ、ボツ/\あめ其中そのなかすかしてちてる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
大正十二年八月、僕は一游亭いちいうていと鎌倉へき、平野屋ひらのや別荘の客となつた。僕等の座敷の軒先のきさきはずつと藤棚ふぢだなになつてゐる。その又藤棚の葉のあひだにはちらほら紫の花が見えた。
植込うえこみの中をひとうねりして奥へのぼると左側にうちがあった。明け放った障子しょうじの内はがらんとして人の影も見えなかった。ただ軒先のきさきに据えた大きな鉢の中に飼ってある金魚が動いていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またはその用事で使いに来たりしてく知っている軒先のきさきあかりを指し示した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、先に軒先のきさきを離れた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、話していないどころか、あたかも蟹は穴の中に、臼は台所の土間どまの隅に、蜂は軒先のきさきの蜂の巣に、卵は籾殻もみがらの箱の中に、太平無事な生涯でも送ったかのようによそおっている。
猿蟹合戦 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
またはその用事で使ひに来たりしてく知つてゐる軒先のきさきあかりを指し示した。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
俊寛様は悠々と、芭蕉扇ばしょうせんを御使いなさりながら、島住居しまずまいの御話をなさり始めました。軒先のきさきに垂れたすだれの上には、ともし火の光を尋ねて来たのでしょう、かすかに虫のう音が聞えています。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
此方こつちよ。」と道子みちこはすぐ右手みぎて横道よこみちまがり、おもてめてゐる素人家しもたやあひだにはさまつて、軒先のきさき旅館りよくわんあかりした二階建かいだてうち格子戸かうしどけ、一歩ひとあしさき這入はいつて「今晩こんばんは。」となからせた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)