ふき)” の例文
しかし胴のふとり方の可憐かれんで、貴重品の感じがするところは、たとえばふきとうといったような、草の芽株に属するたちの品かともおもえる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
浴衣ゆかたかみの白い老人ろうじんであった。その着こなしも風采ふうさい恩給おんきゅうでもとっている古い役人やくにんという風だった。ふきいずみひたしていたのだ。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうすると、ある者は氷砂糖を買って来て、それをふきの葉に並べて与八に供養し、ある者は紙に包んだ赤飯をふところから取り出して
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
山馴れのした丈太郎は、直ぐ側にあるふきの葉を一枚取って、裏表を透して汚れのないのを確かめると、器用に曲げて、盃を作りました。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
既に天測点を見極めて続々と降りて来る誰彼は、頭の上に大きな驚くべきふきの葉を傘代りにかざしていた。杖にしてついてである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かごなかには、青々あを/\としたふきつぼみが一ぱいはひつてました。そのおばあさんは、まるでお伽話とぎばなしなかにでもさうなおばあさんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
下草はふきが一面に生えていました。や遠く開けた両岸の山は、頂上近く迄真黒な針葉樹に鎧われて、物凄い程に静まり返っていました。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
珊瑚樹垣さんごじゅがきの根にはふきとうが無邪気に伸びて花を咲きかけている。外の小川にはところどころ隈取くまどりを作って芹生せりふが水の流れをせばめている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
能登の鹿島かしま郡でスギナノトー、越中上新川郡ではスギナコート、コートはふきなどのとうのことだから、これも杉菜の方を主にしたのである。
同八年正月三日徳川殿謡初うたいぞめにかの兎を羹としたまえり松平家歳首さいしゅ兎の御羹これより起る、林氏この時ふきとうを献ぜしこれ蕗の薹の権輿はじまりと云々
石垣の草には、ふきとうえていよう。特に桃の花を真先まっさきに挙げたのは、むかしこの一廓は桃の組といった組屋敷だった、と聞くからである。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
野菜椀のうちによく合せてあるふきなどにしても、ああイヤ甘い薄味なのよりは、惣菜味の“ショッパイ”煮方のほうがいい。
舌のすさび (新字新仮名) / 吉川英治(著)
並んで腰を下しながら、途の土手で見つけて来たふきとうを見せると、ん、もうそんな節になったのだと、目を細めて呟いた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
ふきの葉ほどもあるひまわりがに顔を向けていたことなぞであるが、こんなことは自分の生まれた家を捜すためには役に立つことではなかった。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
それから二三日たつた後、三男はふきの多い築山の陰に、土を掘つてゐる兄を発見した。次男は息を切らせながら、不自由さうにくはふるつてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
清明三月の節になりますると、藪の中や林の縁に、野菊や野芹やふきや三ツ葉うどなどが多くありました。川端には、くこ抔と申すが多くありました。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
路傍みちばたにはもうふきとうなどが芽を出していました。あなたは歩きながら、山辺やまべ野辺のべも春のかすみ、小川はささやき、桃のつぼみゆるむ、という唱歌をうたって。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大根の葉はいうまでもなく、人蔘にんじんの葉から尻尾しっぽ、ジャガいもの皮や、せり、三つ葉の根、ふきの葉まで捨てることはなかった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
羽後うご能代のしろの雑誌『俳星』は第二巻第一号を出せり。為山いざんの表紙模様はふきの林に牛を追ふ意匠斬新ざんしんにしてしかも模様化したる処古雅、妙いふべからず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「……裏山うらやまへ入ると、ふきぐらいあるかもしれないし、ひょっとすると、川には岩魚いわななんかいるかも知れないわ。……ともかく、出かけてみるこったわ」
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
池のはたに出ていたふきとうがのびだした。空がかされて日の影がなく日が暮れた。春がめぐって来たのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
大きな鉢へふきの葉を敷いて、透き通るように洗った素麺を盛ったのを、そのまま鼓村師の膝の前へ押しつけた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ふきとうのゾックリ出た草地に足を投げ出して、あたりを見はらすのが、六にとって何よりの楽しみなのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
かれはどうしても斷念だんねんせねばならぬこゝろくるしみをまぎらすためふきくはして煙管きせる火皿ひざらにつめてたが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
早春、崖の南側のだまりに、ふきとうが立つ頃になると、渓間の佳饌かせん山女魚は、にわかに食趣をそそるのである。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「へえ、へえ、たあんと生えてます。先月は八瀬やせの方まで摘みにて、ふきのとうを仰山採って帰りました」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
花は兎に角、吾儕われら附近あたりは自然の食物には極めて貧しい処である。せり少々、嫁菜よめな少々、蒲公英たんぽぽ少々、野蒜のびる少々、ふきとうが唯三つ四つ、穫物えものは此れっきりであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一日にトラック八十台の製品を出している家の主人と、かやぶきの旧家で、ふきやセロリーの砂糖づけをつくっている主人との対面は、ちょっと面白いかもしれない。
桃林堂の砂糖づけ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
尾張の治黙じもく寺に手習にやられたが、勿論手習なんぞ仕様ともしない。川からふなを獲って来てふきの葉でなますを造る位は罪の無い方で、朋輩の弁当を略奪して平げたりした。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
永久にさえずる小鳥と共に歌い暮してふきとりよもぎ摘み、紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで鮭とるかがりも消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、まどかな月に夢を結ぶ。
アイヌ神謡集 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
なるほど、ふとりすぎたふきみたい、此奴は食へない化け者だ、と家康も亦律義なカサ頭ビッコの怪物を眺めて肚裡とりに呟いた。然し、くみし易いところがある、と判断した。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
氏はまた蒲公英たんぽぽ少しと、ふきおくとを採ってくれた。双方そうほう共に苦いが、蕗の芽はことに苦い。しかしいずれもごく少許しょうきょを味噌と共に味わえば、酒客好しゅかくごのみのものであった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
宿屋界隈に多いのはふきで、大きいのは五、六尺の丈に達する、飛騨の蒲田から焼岳を越して来る人も、島々から徳本峠を越して来る人もこの宿で落ち合うが、荷物に蕗の五
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
なんと楽しげな生活がこの溪間にはあるではないか。森林の伐採。杉苗の植付。夏の蔓切。枯萱を刈って山を焼く。春になるとわらびふきとう。夏になると溪を鮎がのぼって来る。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
かたわらにふきの多く生えたるあり。蕗葉ふきのはは直径六七尺、高さ或は丈余なるあり。馬上にて其蕗の葉に手の届かざるあり。こころみたずさうる処の蝙蝠傘を以て比するに、其おおいさは倍なり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
には古池ふるいけつて、そのほとりおほきな秋田蕗あきたふきしげつてたので、みな無理むりふき本宗匠もとそうせうにしてしまつたのです、前名ぜんめう柳園りうゑんつて、中央新聞ちうわうしんぶん創立そうりつころ処女作しよぢよさくを出した事が有る
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ふきとうは土を破り、紫のすみれは匂いを発し、蒲公英たんぽぽの花は手を開き、桜草は蜂を呼んでいた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人参と大根とは其葉の形で都会生れのわたしにも容易にそれと見分けられます。牛蒡ごばうの葉はふきのやうにひろがり、白菜はいかにも軟かさうに真白な葉裏の茎を日に曝してゐます。
畦道 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
山牛蒡、山獨活うど、山人參、山ふき、ことに自然薯が旨かつた。秋の十月の末から初冬の頃になると、山の人達は、それを掘つたのを背負籠に負つて、そして町の方へと賣りに來た。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
呼ぶスハヤ尤物いうぶつ此中このうちに在るぞと三人鵜の目鷹の目見つけなば其所そこらんとする樣子なり我は元より冷然として先に進み道のかたへのすみれふきたう蒲公英たんぽゝ茅花つばななどこゝのこんの春あるを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
茄子なす、ぼうぶら(かぼちゃ)、人参、牛蒡ごぼう、瓜、黄瓜など、もとよりあった。ふきもあり、みょうがもあり、唐黍とうきび(唐もろこし)もあり、葱もあり、ちしゃもあり、らっきょもあった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
先日八百屋やおやふきとうを持って来ましたから一度に沢山蕗味噌ふきみそを拵えておきました。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
早く春になったら、どんなに楽しい事だろう、日向の小高い丘に軟く暖く香高い土があらわれて、ふきとうが上衣を脱ぎ、水晶の様に澄んだ水が、小川を流れ、小魚がピチピチ泳いでいる。
春の土へ (新字新仮名) / 今野大力(著)
この神様は大変体が小さいものですから、雨の降った日でも日の照った日でも、それが丁度ちょうど屋根のようなつもりで、暇さえあると、ふきの葉のかげに休んで一服することが好きなのだそうです。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
鹿どもは毎日雨戸をあけるのを待ちかねては御飯をねだりに揃ってやってきた。若草山でんだわらびや谷間で採ったふきやが、若い細君の手でおひたしやおつけの実にされて、食事を楽しませた。
遊動円木 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
思ふに竪穴の中央に數本の柱を建て是に棟梁を結び付け、周圍しうゐより多くの木材もくざいを寄せ掛け、其上を種々のもの、殊にふきにて覆ひ、蔦蔓つたづるの類にてつづり合はせて住居を作り上けたるならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
そのすみに秋田から家主が持って来て植えたという大きなふきが五六本あった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枯れ芝の中に花さくふきとうを見いでて、何となしに物の哀れを感じはべる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小出方面でわらびふきがなくなる頃に、蕨や蕗がこの谷では盛んであるから、それを小出の町へ売出したりする気である、まだ棲めばいくらも収入を見出す事が出来ると思う、呉服屋が来るではなし
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
虎杖いたどり人より高く、ふきも人より高し。おりおり川鳥ききと鳴きて、水面をかすむ。雀を二倍したる位のおおいさにて、羽の色黒し。この鳥陸上に食を得る能わず。さればとて、水掻みずかきなければ、水にも浮べず。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)