くら)” の例文
旧字:
くらにも室にも山をなしているのであるから、一日に五冊を読むとしても、仮りに五十年と見積れば十万冊は読んでいる勘定になります。
二人共、昨夜は、納戸頭奥田孫太夫なんどがしらおくだまごだゆうたちと共に、什器じゅうき諸道具を、鉄砲洲のおくらから徹夜で運んで、一睡もして居ないのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめてみさき赴任ふにんしたときでも、もう明日にも人手に渡りそうなうわさだったその家は、くら白壁しらかべが北側だけごっそりはげていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
くらになってしまったが、「ハボマイ返還促進同盟」の二の舞を舞う道化役者に、なるかならぬか、するかしないか、彼の意志の彼方にあろう。
浅草橋からおくらまえ、駒形並木こまがたなみき、かみなり門の往来東西に五丁ほどのあいだ、三側四側につらなって境内はもとより立錐りっすいの余地もない盛りよう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それらにはくらの二階の長持の中にある草双紙くさぞうし画解えときが、子供の想像に都合の好いような説明をいくらでも与えてくれた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いえくらまで売りはらってしまって、それをすっかり大判小判にかえ、何百という千両箱につめて、どこか遠い山の中へ、うめかくしてしまったのです。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし其様そんな事には目もくれずおくらの役人衆らしいおさむらい仔細しさいらしい顔付かおつきに若党を供につれ道の真中まんなかを威張って通ると
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さてはこの母親の言ふに言はれぬ、世帯せたい魂胆こんたんもと知らぬ人の一旦いつたんまどへど現在の内輪うちわは娘がかたよりも立優たちまさりて、くらをも建つべき銀行貯金の有るやにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
くらのまへのサボテンのかげにかくれてはわたしとおなしにのわきに黒子ほくろのある、なつかしいそのひとのことを、人しれずおもひやるならはせとなつたのです。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
「三つ岩のひじくらぎょくにして一万、南谷の石蓋いしぶたに小判で八千、穴底の砂金は量ってみなければわかるまいがお祖父じいの代から二百万という云い伝えがある」
その家は、周囲が六、七町もある広い邸で、邸の中には大きなおくらが十五、六もずらりと建ち並んでおりました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
天明てんめい五年正月の門松かどまつももう取られて、武家では具足びらき、町家ではくらびらきという十一日もきのうと過ぎた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
言うまでもなく長者のところには、金や宝がくらいっぱいありましたけれど、世界中に誰も見た者がないというほど、珍らしいたまは一つもありませんでした。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
古墳こふんのあるおかや、はたけには、きんくらかぶとか、きんにわとりかぶとかいううわさが、きまってあるものです。
銀河の下の町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
むかし美作みまさかの国に、蔵合ぞうごうという名の大長者があって、広い屋敷には立派なくらが九つも立ち並び、蔵の中の金銀、夜な夜なうめき出して四隣の国々にも隠れなく
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夫の帰らぬそのうちと櫛笄くしこうがいも手ばしこく小箱にまとめて、さてそれを無残や余所よそくらこもらせ、幾らかの金懐中ふところに浅黄の頭巾小提灯こぢょうちん闇夜やみよも恐れず鋭次が家に。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ゆえに万物の中にて、心をもって妖怪の巨魁きょかいと申してよかろう。もし万物ことごとく真怪というならば、心は真怪の目、あるいは真怪のくらといいて差し支えない。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
刈上祝かりあげいはひの餠搗の相どりをしたあとで、大きな福手餠ふくてもちを子供に貰つてやつたら、彼等は目を丸くして喜び勇んだこともあつた。小作米がくらに運ばれて、扉前とまえで桝を入れる。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
天皇はそれではじめてみこ御前ごぜんへお通しになりました。それから阿知直あちのあたえに対しても、ごほうびにくらつかさという役におつけになり、たいそうな田地でんぢをもおくだしになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
くらの中も別段細かなものがたくさん置かれてあるのでなく、香の唐櫃からびつ、お置きだななどだけを体裁よくあちこちのすみへ置いて、感じよく居間に作って宮はおいでになるのである。
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
何しろダイヤモンドを持ち出したことが露見ばれると、たちまち王様がおくらになるという際どい仕事なんだから、その旨も充分言いふくめて、加納商会と石田と柘植に集って貰い
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「伝馬じゃちょっと困りますね。くらにはいりませんからね。それに船の伝馬じゃなおさら、何とも仕方がありませんね。どうぞ、それはまあ、何かまた別な品ででもございましたら」
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ひさしふかさがおいかぶさって、あめけむったいえなかは、くらのように手許てもとくらく、まだようや石町こくちょうの八つのかねいたばかりだというのに、あたりは行燈あんどんがほしいくらい、鼠色ねずみいろにぼけていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
神田から出た北風ならいの火事には、類焼やけるものとして、くら戸前とまえをうってしまうと店をすっかり空にし、裸ろうそくを立てならべておいたのだという、妙な、とんでもない巨大おおき男店おとこだなだった。
六畳の蔵座敷が母が針仕事などをするところで、そこに私の机も置いてあった。のぶちゃんが稽古をすませてくらから出てきたときに、偶々たまたまそこに私が居合わせば、きっと机のそばにきた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
舟は西河岸の方にってのぼって行くので、廐橋手前うまやばしでまえまでは、おくらの水門の外を通るたびに、さして来る潮によどむ水のおもてに、わらやら、鉋屑かんなくずやら、かさの骨やら、お丸のこわれたのやらが浮いていて
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「もう少し、おくらに火がきそう、もう少し、お蔵に火が点きそう……」
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼は疲れてしまった。彼は手を放したまま呆然ぼうぜんたるくらのように、虚無の中へ坐り込んだ。そうして、今は、二人は二人を引き裂く死の断面を見ようとしてただ互に暗い顔をのぞあわせているだけである。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
何国どこに有るといふ異論も出て、到頭『八犬伝』はおくらと成つた。
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
くらって日当ひあたりのよき牡丹ぼたんかな
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「ふ、ふ。……又さん、口幅ったいようだが、この奈良井屋のくらには、金なんざ、千両箱であの通り重ねてある。眼の楽しみに眺めてゆくがいい」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父は正月になると、きっとこの屏風びょうぶを薄暗いくらの中から出して、玄関の仕切りに立てて、その前へ紫檀したんかくな名刺入を置いて、年賀を受けたものである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山林いえくらえんの下の糠味噌瓶ぬかみそがめまで譲り受けて村じゅう寄り合いの席にかたぎしつかせての正坐しょうざ、片腹痛き世や。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「生れたのは宇田川町、うちは小さな酒問屋だった、くらというのは古い酒蔵が二棟で、一つは半分こわれかけていたっけ、子年ねどしの火事できれいに焼けちまったそうだがね」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
番頭がくらから七兵衛おやじからの預り物、つまり、房州洲崎の暴動の際に、手早く、かき集めて、ここまで持って来てくれた白雲の財産——といっても、写生画稿が主であって
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あるくら屋敷の客に引かされて天満の老松辺に住んでいたが、酒乱の癖が身に禍いして、兄の吉兵衛に手傷を負わせた為に、大坂じゅう引廻ひきまわしの上に獄門の処刑を受けたのであった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だいめが、屋敷やしきかまえ、くらつくったのは、先祖せんぞあと後世こうせいのこかんがえだったのです。ところが、三だいめになると、そんなかんがえはなく、ただ、あそんでらすことばかりかんがえていました。
武ちゃんと昔話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
胸糞のわるいこんな札びらは一層いっそこと水に流して、さっぱりしてしまった方がと、おくらの渡しの近くまで歩いて来て、じっと流れる水を見ていますと、息せき切って小走りに行過ゆきすぎる人影。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と言って源氏は、隣の二条院のほうのくらをあけさせ、絹やあやを多くくれないの女王に贈った。荒れた所もないが、男主人の平生住んでいない家は、どことなく寂しい空気のたまっている気がした。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
僕の叔父貴おじきなんだが、津田、それから清いくらと書いて清蔵せいぞう、知らない筈はないんだがね、やっぱりこのへんは田舎だな、身内の僕の口から言うのもへんだが、いまの日本の外交界では、まあ
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お正月が来たからって、お餅一つけるじゃなし、持ってきた物さえ片っぱしからおくらへ運んで、ヘン、たまるのは質札ばかりだ——ごらんなさいッ! もうその質ぐさもないじゃありませんか
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
此品これをとられてしまつてはすぐ食ふことが出来ない、自分と、三人の子供の命のくらは、今自分が座つて居る莚の下にある、生きたいと云ふ一念で、良人をつとは恐しい土蔵破りをまでした、その一念で
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
祖母のお化粧部屋はくらの二階だった。
くらの二階の金網かなあみ
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
それもそのはずで、あの日本左衛門の手下が荒して以来、くらの戸前は厳重に釘づけとなっているし、四方の塗籠窓ぬりごめまどにも太い鉄の柱が打ちつけてある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人はさっそく引き受けて、ぱちぱちと手を鳴らして、召使を呼んだが、くらの中にしまってあるのを取り出して来るように命じた。そうして宗助の方を向いて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さきに宝のくらと名づけて学齢館のもとめに応じ出版せしめしに、おもひのほかに面白しとて少年諸子の、なほそのほかにも話ありや、あらば聞かせよといひ越したまふもあるまま
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
大手門を出て堀端ほりばたを右へゆき、くら町から横井小路こうじへぬけると馬場、そのさくに沿った片側並木の道を左にまわり、明神の森につき当って、門前を右に二丁ほどゆくと大きな池のふちへ出る。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くらに火がついて焼死にますから早く来て助けて下さいようと、哀鳴号泣することの代りに、こんな歌が飛び出したものであると、それを感じたから不快になり、もう、今日はこれまで
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)