“般(ぱん)” の例文
皆(みな)は又(また)少時(しばし)默(もく)して了(しま)ふ。其中(そのうち)に茶(ちや)が出(で)る。ドクトル、ハヾトフは皆(みな)との一般(ぱん)の話(はなし)の中(うち)も、院長(ゐんちやう)の言(ことば)に注意(ちゆうい)をして聞(き)いてゐたが突然(だしぬけ)に。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
然(しか)るに今日(こんにち)一般(ぱん)にこの轉倒(てんたふ)逆列(ぎやくれつ)を用(もち)ゐて怪(あや)しまぬのは、畢竟(ひつきやう)歐米文明(おうべいぶんめい)渡來(とらい)の際(さい)、何事(なにごと)も歐米(おうべい)の風習(ふうしう)に模倣(もほう)することを理想(りさう)とした時代(じだい)に
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
彼(かれ)は一般(ぱん)の百姓(ひやくしやう)がすることは仕(し)なくては成(な)らないので、殊(こと)には副食物(ふくしよくぶつ)として必要(ひつえう)なので茄子(なす)や南瓜(たうなす)や胡瓜(きうり)やさういふ物(もの)も一通(ひととほ)りは作(つく)つた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
又(また)昭和(せうわ)五年度豫算(ねんどよさん)を前年度豫算(ぜんねんどよさん)に對照(たいせう)すると一般(ぱん)會計(くわいけい)の十七億(おく)七千萬圓(まんゑん)は十六億(おく)貳百萬圓(まんゑん)となつて一億(おく)七千萬圓(まんゑん)の減額(げんがく)である。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
〔譯〕愼獨(しんどく)の工夫(くふう)は、當(まさ)に身稠人(ちうじん)廣座(くわうざ)の中に在るが如く一般(ぱん)なるべし。應酬(おうしう)の工夫は、當(まさ)に間居(かんきよ)獨處(どくしよ)の時の如く一般なるべし。
「この上は不肖(ふしょう)ですが、武芸十八般(ぱん)、知るかぎりの技(わざ)は、ご子息にお授けいたそう。ご子息の名は、史進といわるるか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又(また)物(もの)の調味(ちょうみ)には、あの甘草(かんぞう)という薬草(やくそう)の粉末(こな)を少(すこ)し加(くわ)えましたが、ただそれは上流(うえ)の人達(ひとたち)の調理(ちょうり)に限(かぎ)られ、一般(ぱん)に使用(しよう)するものではなかったように記憶(きおく)して居(お)ります。
教会(きょうかい)へあつまる子供(こども)らの画(え)には、それぞれ特色(とくしょく)があり、個性(こせい)があらわれていたので、教会(きょうかい)では、それらの作品(さくひん)をあつめて、一般(ぱん)にしめす展覧会(てんらんかい)を催(もよお)すことになりました。
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
一般(ぱん)の子女(しぢよ)の境涯(きやうがい)は如此(かくのごとく)にして稀(まれ)には痛(いた)く叱(しか)られることもあつて其(その)時(とき)のみは萎(しを)れても明日(あす)は忽(たちま)ち以前(いぜん)に還(かへ)つて其(その)性情(せいじやう)の儘(まゝ)に進(すゝ)んで顧(かへり)みぬ。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
又(また)此國債(このこくさい)が一般(ぱん)會計(くわいけい)に年々(ねん/\)巨額(きよがく)な國債(こくさい)を計上(けいじやう)することから殖(ふ)えるのであるとすると、國(くに)の財政(ざいせい)の不健全(ふけんぜん)な結果(けつくわ)が國債(こくさい)の不整理(ふせいり)となつて現(あらは)れる。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
皆(みな)はまたしばし黙(もく)してしまう。その中(うち)に茶(ちゃ)が出(で)る。ドクトル、ハバトフは皆(みな)との一般(ぱん)の話(はなし)の中(うち)も、院長(いんちょう)の言(ことば)に注意(ちゅうい)をして聞(き)いていたが突然(だしぬけ)に。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
世(よ)の建築家(けんちくか)は勿論(もちろん)、一般(ぱん)人士(じんし)が絶(た)へず建築界(けんちくかい)に問題(もんだい)を提出(ていしゆつ)して論議(ろんぎ)を鬪(たゝか)はすことは極(きわ)めて必要(ひつえう)なことである。假令(たとひ)その論議(ろんぎ)が多少(たせう)常軌(じやうき)を逸(いつ)しても夫(それ)は問題(もんだい)でない。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
得物(えもの)をもたず、たすきや鉢巻(はちま)きもしていないので、この番外試合(ばんがいじあい)のいきさつを知らない一般(ぱん)の群集(ぐんしゅう)には、ちょっと気抜(きぬ)けがさせられたようすで、ふしんそうに見とれている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貧乏世帶(びんばふじよたい)へ後妻(ごさい)にでもならうといふものには實際(じつさい)碌(ろく)な者(もの)は無(な)いといふのが一般(ぱん)の斷案(だんあん)であつた。他人(ひと)は只(たゞ)彼(かれ)の心(こゝろ)を苛立(いらだ)たせた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
此點(このてん)に付(つい)ては國民(こくみん)一般(ぱん)に愬(うつた)へて、さうして國民(こくみん)と共(とも)に此(こ)の多年(たねん)解決(かいけつ)の出來(でき)なかつた大問題(だいもんだい)を解決(かいけつ)する方策(ほうさく)を立(た)てたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
『左樣(さやう)さ、不幸(ふかう)な町(まち)です。』と、イワン、デミトリチは溜息(ためいき)して笑(わら)ふ。『然(しか)し一般(ぱん)には奈何(どう)です、新聞(しんぶん)や、雜誌(ざつし)は奈何云(どうい)ふ事(こと)が書(か)いてありますか?』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
日本(にほん)に往時(わうじ)高層建築(かうそうけんちく)はおほくなかつた。たゞ塔(たふ)には十三重(ぢう)まであり、城堡(ぜうほう)には七重(ぢう)の天守閣(てんしゆかく)まであり、宮室(きうしつ)には三層閣(さうかく)の例(れい)があるが、一般(ぱん)には單層(たんそう)を標準(へうじゆん)とする。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
「なんとか、いちど、とっくりお話をしてみたいものだ。その道にかけての極道(ごくどう)百般(ぱん)を、この高俅から聞こえあげたら、かならず又(また)なき者と、お目をかけてくださるに違いないが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、アンドレイ、エヒミチは父(ちゝ)の言(ことば)ではあるが、自分(じぶん)は是迄(これまで)醫學(いがく)に對(たい)して、又(また)一般(ぱん)の專門學科(せんもんがくゝわ)に對(たい)して、使命(しめい)を感(かん)じたことは無(な)かつたと自白(じはく)してゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
即(すなは)ち最(もつと)も高遠(かうゑん)なるは神話(しんわ)となり、最(もつと)も卑近(ひきん)なるはお伽噺(とぎばなし)となり、一般(ぱん)の學術(がくじゆつ)特(とく)に歴史上(れきしじやう)に於(おい)ても、又(また)一般(ぱん)生活上(せいくわつじやう)に於(おい)ても、實(じつ)に微妙(びめう)なる關係(くわんけい)を有(いう)して居(ゐ)るのである。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
『左様(さよう)さ、不幸(ふこう)な町(まち)です。』と、イワン、デミトリチは溜息(ためいき)して笑(わら)う。『しかし一般(ぱん)にはどうです、新聞(しんぶん)や、雑誌(ざっし)はどう云(い)うことが書(か)いてありますか?』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一般(ぱん)民家(みんか)もまたこれに應(おう)じて一代(だい)主義(しゆぎ)から漸次(ぜんじ)に永代主義(えいだいしゆぎ)に進(すゝ)んだ。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
が、アンドレイ、エヒミチは父(ちち)の言(ことば)ではあるが、自分(じぶん)はこれまで医学(いがく)に対(たい)して、また一般(ぱん)の専門学科(せんもんがっか)に対(たい)して、使命(しめい)を感(かん)じたことは無(な)かったと自白(じはく)している。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)