肝心かんじん)” の例文
歌っている声や、話をする声は誰にも聞えますが、肝心かんじんの姿はかくみのという、姿を隠すものを着ていますので、誰にも見えないのです。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
私は肝心かんじんの自分というものを問題の中から引き抜いてしまいました。そうしてお嬢さんの結婚について、奥さんの意中を探ったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
味方の行動を掩蔽えんぺいするために煤煙の障屏しょうへいを使用しようとしたのが肝心かんじんの時に風が変って非常の違算を来たしたという事である。
戦争と気象学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……航路かうろも、おなじやうに難儀なんぎであつた。もしこれをりくにしようか。約六十里やくろくじふりあまつてとほい。肝心かんじんことは、路銀ろぎん高値たかい。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
至つて質素な六疊で、屏風びやうぶも花も線香まで用意してありますが、肝心かんじんの床の中は空つぽ、寒々とした不氣味さを感じさせます。
だが、あんまり威張ゐばれないて、此樣こんくるま製造こしらへては如何どうでせうと、此處こゝまで工夫くふうしたのはこのわたくしだが、肝心かんじん機械きかい發明はつめい悉皆みんな大佐閣下たいさかつかだよ。
「駄目でした。赤外線灯の前に、どういうものかドヤドヤと人が立って、肝心かんじんのところは真暗で、何にも写ってやしません」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして肝心かんじんの木地師はといえば、家財をまとめてとうの昔、郷を見すててさすらいの旅さ! アッハハハ、いい気味だなあ
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
借りものの白むくの三枚重ねを女たちはみんな着たが、肝心かんじんのやかましやがさきへ死んだので、細君——昔の旗本何千石かの奥方は、結びがみのまま
「その覚悟で行けば、しくじることもあるまい。だが、見破られないうちに、こちらの思う所を見てくるのが肝心かんじんだ。くどいようじゃが、その心得でな」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そんな古いことより人間はいまをたのしむことが肝心かんじんだ、誰かお酌を呼ぼうか、それともあたしのお相手でいいか、などとひっきりなしに饒舌しゃべりながら
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だから、材料の眼利めききが肝心かんじんである。これは今まであまりいわれなかったが、従来の料理論のエアポケットだ。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
これで、ベシイの方は難なく納まったが、そうまでして堅いところを見せても、肝心かんじんの伯父パトリック・マンディには、依然として好印象を与えなかった。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
すると、ふと、渠は肝心かんじんのお鳥をさし置いて、曾て本當の吾妻橋の上で、——自分の敬意を戀愛に轉じて思つてたをんなと別れたことがあるのを思ひ出す。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
なにほども行かないうちに、私は肝心かんじんな小柳雅子のかわりに、用もない末弘春吉を人の群のなかに見出し、こっちが見出したときは先方でも私に気づいて
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
何程いくら私ばかり焦心あせつて見たところで、肝心かんじんうちひとなんにも為ずに飲んだでは、やりきれる筈がごはせん。其を思ふと、私はもう働く気も何も無くなつてしまふ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あとなしたるばちならんと獨り心にくよ/\思ひながらゆくに又向ふより侍士の來るを見てはなみだながし人にかほを見らるゝもはづかしく思ひて歩行あるくゆゑ肝心かんじん渡世とせいの紙屑を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つる千年せんねんかめ萬年まんねん人間にんげん常住じやうぢういつも月夜つきよこめめしならんをねがかりにも無常むじやうくわんずるなかれとは大福だいふく長者ちやうじやるべきひと肝心かんじん肝要かんえうかなめいしかたつてうごかぬところなりとか
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ウフ……両掛りやうがけ莨入たばこいれつてつても、肝心かんじん胴巻どうまきを忘れてきやアがつた、なんでも百りやうからるやうだぜ、妻「うも本当に奇妙きめうだね、主「おやまたかへんなすつた。 ...
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
これからは肝心かんじん飲食のみくいとなるのだが、新村入しんむらいりの彼は引越早々まだ荷も解かぬ始末しまつなので、一座いちざに挨拶し、勝手元に働いて居る若い人だちとおながら目礼して引揚げた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
肝心かんじんの禁酒会員たちはあっけに取られて、黙ったまま引きさがって見ているんですから、見物人がわいわいとおもしろがってたかっているのも全くもっともですわ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
全体の変化に注意すること最も肝心かんじんなり。一句々々の附具合つけぐあいも歌仙に比すれば親句しんく(ぴつたりと附きたる句)多かるべし。しからざれば窮屈なる百韻となりをはらん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この新しい、ついぞ味わったこともない感覚は、わたしをわせたばかりか、陽気にさえしたので、肝心かんじんのジナイーダのことは、ほとんど考えに上らないほどだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかるに這麼不潔こんなふけつ有樣ありさまでは駄目だめだ。また滋養物じやうぶつ肝心かんじんである。しかるに這麼臭こんなくさ玉菜たまな牛肉汁にくじるなどでは駄目だめだ、また補助者ほじよしや必要ひつえうである、しかるに這麼盜人計こんなぬすびとばかりでは駄目だめだ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
布巾ふきんをかけたお膳も出ている。が、肝心かんじんのお花は決してクツクツ笑ってはいないのだ。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これはちょっと分りにくい言葉かと思いますが、大に肝心かんじんな点なので短く説明を加えましょう。ここで「今」というのは、仏教的表詮ひょうせんで「即今」というのと同じ意味なのであります。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そうしたら、じきにその小舎こやつけることができます。辛棒しんぼう肝心かんじんです。
ものぐさなきつね (新字新仮名) / 小川未明(著)
斯法しほふタルヤすなは如来によらい肝心かんじん衆生しゆじやう父母ぶも、国ニ於テハ城塹じやうざん、人ニ於テハ筋脈きんみやくナリ、是ノ大元帥ハ都内ニハ十供奉ぐぶ以外ニ伝ヘズ、諸州節度ノ宅ヲ出ヅルコトナシ、縁ヲ表スルニソノ霊験不可思議なり
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なにさ、この辛棒しんぼう肝心かんじん
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
肝心かんじんの叔父さえただ船に乗る事を知っているだけで、後は網だか釣だか、またどこまでいで出るのかいっこう弁別わきまえないらしかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうち戌刻半いつゝはん(九時)になつたから、お鐵との約束を思ひ出して、お勝手口へ行くと、肝心かんじんのお鐵が、井戸端で殺されて居るぢやありませんか
この家の主人は避雷針の針ばかりを見て来て、肝心かんじんの銅線や接地板せっちばんの必要なことに気がつかなかったのでした。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
料理というと、とかく食べ物だけにとらわれるが、食べ物以外のこれらの美術も人間にとって欠くことの出来ない栄養物なんだから、大いに気を配ることが肝心かんじんだ。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
肝心かんじんこと言忘いひわすれた。——木戸錢きどせんはおろか、遠方ゑんぱうから故々わざ/\汽車賃きしやちんして、おはこびにつて、これを御覽ごらんなさらうとする道徳家だうとくか信心者しんじんしやがあれば、さへぎつておまをす。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なんでも堪忍かんにんをしなければいけんぞ、堪忍のにんの字はやいばの下に心を書く、一ツ動けばむねを斬るごとく何でも我慢がまん肝心かんじんだぞよ、奉公するからは主君へ上げ置いた身体
打たないでも、形式は同じだらう——自己催眠がやれると云ふばかりで、而もそれが肝心かんじんの内容を
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
しまた複雑なる者なりとも、その中よりもっとも文学的俳句的なる一要素を抜き来りてこれを十七字中に収めなば俳句となるべし。初学の人は議論するより作る方こそ肝心かんじんなめれ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
奈何どうも私共の手紙は、唯長くばかり成つて、肝心かんじんの思ふことが書けないものですから。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
わたしは彼女かのじょのところへ出かけて行ったが、肝心かんじんの話を切り出すどころか、雑談さえ思うようにできない始末だった。公爵夫人こうしゃくふじんの生みの息子むすこが、ペテルブルグから帰省して来たのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかるにこんな不潔ふけつ有様ありさまでは駄目だめだ。また滋養物じようぶつ肝心かんじんである。しかるにこんなくさ玉菜たまな牛肉汁にくじるなどでは駄目だめだ、また補助者ほじょしゃ必要ひつようである、しかるにこんな盗人ぬすびとばかりでは駄目だめだ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そうして特に現代の生活に入用な器物を作ってゆくことが肝心かんじんである。かつて必要なもの、必ずしも今必要ではない。なるたけ今の時代が求めるものをと心掛けないと、仕事には破滅が来る。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なにをいても「知んね」とか「あたし知りませんのよ」とか云うばかりで、そんな古いことより人間はいまをたのしむことが肝心かんじんだ、誰かおしゃくを呼ぼうか、それともあたしのお相手でいいか
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こしらへるが肝心かんじんなりそれつき彼川柳點かのせんりうてんに「日々にち/\時計とけいになるや小商人こあきんど」といふのありと申に長八は一かうわからそれなんと云心に候やと云ば是は川柳點と云て物事のあなさがしとも申すべき句なり其心は何商賣なにしやうばいにても買つけの得意場とくいば
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
林檎りんごが三つあると、三と云う関係を明かにさえすればよいと云うので、肝心かんじんの林檎は忘れて、ただ三のすうだけに重きをおくようになります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平次はそのまゝ飛んで行かうとしましたが、まだ、肝心かんじんの船の調べが殘つてをり、うつかり飛出すわけにも行きません。
大格闘の末、五人の者は、とらえられた。しかし肝心かんじんの贋司令官の姿は、いつの間にか見えなくなった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
えゝ、お姫様ひいさまの! うやらいままでの乞目こひめでは、一度いちど一年いちねんかゝりさうぢや。おかげ私等わしらひもじうも、だるうもけれど、肝心かんじんたすらうとふ、奥様おくさまをおさつしやれ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
肝心かんじんなのは五色揚を誰に売るとかどこで喰べるとかいうことじゃなく、このうちで客を集めて酒食を提供し、その勘定を取るということだ、このうちで客を集めて、酒や肴を提供したことはないか。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
肝心かんじんなのは、しゃんとした生活をして何事によらず夢中むちゅうにならないことですよ。夢中になったところで、なんの役に立ちます? 波が打ちあげてくれるところは、ろくでもない場所に決ってますよ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
かくして大体の句作出来たらばその次は肝心かんじんなる動詞形容詞等の善くこの句に適当し居るや否やを考へ見るべし。これだけに念を入れて考ふれば「てにをは」の如き助字はその間に自らきまる者なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)