縁側えんがわ)” の例文
二階へ上って、あの広っぱの見える縁側えんがわから、薄暗い丘の辺をすかして見たり、その時、郵便脚夫の女房はもうそこには居なかった。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでも筆と紙がいっしょにならない時は、撮んだ顎を二本の指でして見る。すると縁側えんがわで文鳥がたちまち千代ちよ千代と二声鳴いた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茶の間では銅壺どうこが湯気を立てて鳴っていた。灸はまた縁側えんがわに立って暗い外を眺めていた。飛脚ひきゃく提灯ちょうちんの火が街の方から帰って来た。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
午後ごごから、きゅうそらくらくなって夕立ゆうだちがきそうになりました。兄弟きょうだいが、縁側えんがわはなしをしていると、ぽつりぽつりあめがふりだしました。
川へふなをにがす (新字新仮名) / 小川未明(著)
「もう、外へ出る用事が無くなったと思って、急にえらくなったね」女房は小さな縁側えんがわをあがりながら、主翁ていしゅをおどしてやる気になった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
家の柱縁側えんがわなぞ時代つきて飴色あめいろに黒みてひかりたるに障子の紙のいと白くのりの匂も失せざるほどに新しきは何となくよきものなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
にん武士ぶし縁側えんがわがってっていますと、やがてかみなり稲光いなびかりがしきりにこって、大風おおかぜのうなるようなおとがしはじめました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
八雲は縁側えんがわに立ってそれに聞きれ、『いかに面白いと楽しいですね』と言って喜んだが、また『私、心痛いです』と言った。
その結果、ひる間は一つのたくかこんで食事もし、本も読み、事務もとり、夜は卓を縁側えんがわに出して三人の寝床ねどこをのべるといったぐあいであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
見兼ねたか、縁側えんがわからってり、ごつごつ転がった石塊いしころまたいで、藤棚をくぐって顔を出したが、柔和にゅうわ面相おもざし、色が白い。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縁側えんがわなどであろうか、鞍の内側を日に当てるために干してある、どこかで鶯がいている、という静な朝の光景である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
小桶からは湯気ゆげが立ちのぼっている。縁側えんがわを戸口まで忍び寄って障子を開く時、持って来た小桶を下に置いたのであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「自彊不息」と主人のしょくによって清人か鮮人かの書いた額が掛って居た。やがて案内されて、硝子戸になって居る縁側えんがわ伝いに奥まった一室に入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
暗欝あんうつな空が低く垂れていて家の中はどことなく薄暗かった。父親の嘉三郎かさぶろうは鏡と剃刀かみそりとをもって縁側えんがわへ出て行った。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
見ていた小さい太郎は、縁側えんがわからとびおりました。そして、はだしのまま、ふるいを持って追っかけていきました。
かぶと虫 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
この茶碗を日当りの良い縁側えんがわへ持ち出して、湯気に日光をあてながら、黒い布をその向うに置いて、すかして見る。
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
縁側えんがわに小さきどろ足跡あしあとあまたありて、だんだんに座敷に入り、オクナイサマの神棚かみだなのところにとどまりてありしかば、さてはと思いてそのとびらを開き見れば
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それらが縁側えんがわから見える中座敷ざしきでお蘭は帷子かたびらの仕つけ糸をっていた。表の町通りにわあわあいう声がして、それが店の先でまとまると、四郎が入って来た。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昼飯のために夢殿の南の宿屋に引き上げたときには、縁側えんがわに腰をおろすと靴をぬぐ努力もものういほどであった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「そうだ。おら去年烏瓜の燈火あかしこさえた。そして縁側えんがわつるして置いたら風吹いて落ちた。」と耕一が言いました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「何だと?」と祖母はいきなり、その疳癪玉かんしゃくだまを破裂させた。そして私の胸倉むなぐらを捉えて小突きまわした。不意をった私は縁側えんがわから地べたへ仰向あおむけざまに落ちた。
縁側えんがわ寄りの中硝子なかガラス障子しょうじの前に文机ふづくえがかたの如く据えてある。派手な卓布がかかっている。その一事のみがこの部屋の主人の若い女性であるのを思わせている。
木の幹などはいうに及ばず窓のふち縁側えんがわや時としては鴨居かもいまでにおる、なめくじりは雨を喜ぶあまりに自分の栖家すみかもふりすてて高歩たかあるきをしておるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
小さなふくろいくつもとりだして縁側えんがわの板の間に積みかさねた。ふくろには名前が書いてある。それはみな、義理ぎりがたい岬の村から、大石先生への見舞みまいの米や豆だった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それとも痣蟹仙斎が空中葬くうちゅうそうになって既に四日を、それで吸血鬼事件も片づくかと安心したせいだったかもしれない。——課長は寝衣ねまきのまま、縁側えんがわに立ち出でた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昔ふうの黒いシタミや白い壁や大きい栗の木や柿の木や井字形せいじがたの井戸側やまばらな生垣からは古い縁側えんがわに低いひさし、文人画を張ったふすまなどもあきらかに見すかされた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
寄席よせへ行った翌朝よくあさだった。おれん房楊枝ふさようじくわえながら、顔を洗いに縁側えんがわへ行った。縁側にはもういつもの通り、銅の耳盥みみだらいに湯を汲んだのが、鉢前はちまえの前に置いてあった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あまり鏡というものを見る機会のない私は、ある朝偶然縁側えんがわ日向ひなたに誰かがほうり出してあった手鏡をもてあそんでいるうちに、私の額の辺に銀色に光る数本の白髪を発見した。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
次第次第に客の数がふえてもはや十二、三人になった、かれらは座蒲団を敷かずに縁側えんがわにすわったり、庭へでたりしたがお菓子やくだものがでたので急に室内に集まった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
もう老いちてしまえば山へも行かれず、海へも出られないでいますが、その代り小庭こにわ朝露あさつゆ縁側えんがわの夕風ぐらいに満足して、無難に平和な日を過して行けるというもので
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御存知ごぞんじでしょう? あそこを一人で占領せんりょうしています。縁側えんがわから見上げると、丁度、母屋おもやの藤棚が真向うに見えます。さっきもいったように、その花がいま咲き切っているんです。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は、裸に近い自分に赤面してしまって、とにかく、着物もないのですからむき出しのひざ小僧へ手拭をあてて縁側えんがわへ坐って挨拶しました。その方が、改造社の鈴木一意氏でした。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
やがて、衣ずれのひびきもしとやかに、縁側えんがわづたいに呉羽之介ははいって来ました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
縁側えんがわに立って山を見上げると、真黒な杉が満山の緑の中に天を刺して立っているところに、一むらの雲がかかって、八州の平野に響き渡れよとばかり山上で打ち鳴らす大太鼓の音は
こんどは広い縁側えんがわを前にして机の前にすわっている別の男の姿がうかびあがった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
祖父じいさんが、大きなまんまるい眼鏡めがねをかけて、縁側えんがわで本を読んでいました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ミシ! またしても障子の外部そと縁側えんがわに当って、何やら重い物が板をむ音。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
猫の爪あとは土をかみそりののようにほそく切り、あとで土をあてがってなおそうとしても、切れ傷は深くのこった。だから猫が庭に出ると彼は縁側えんがわに出て、えたいの判らない言葉で呶鳴どなった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その時奥さんは縁側えんがわに出て手ミシンで縫物ぬいものをしていました。顔は百合ゆりの花のような血の気のない顔、頭の毛はのベールのような黒いかみ、しかして罌粟けしのような赤い毛の帽子ぼうしをかぶっていました。
時々ときどき老人ろうじんが、縁側えんがわ一人ひとりきりで、たのしそうにチビチビとやつているのをていましたから、ぼたんのはちつてつたとき、わざと半分はんぶんみかけのやつを、とくべつにあじがいいのだからといつて
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
縁側えんがわ見透みとおしの狭い庭には男女の村童がたかって遊んでいる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
のっそり縁側えんがわのとこへ来てわたしを見ている
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
すべてで九人いるので、みずから九人組ともとなえていた。その九人組が丸裸になって幅六尺の縁側えんがわへ出て踊をおどって一晩ね廻った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこは土蔵にとなったへやで、次に四畳半位の仏壇を置いた室があって、そのさきが縁側えんがわになり、それが土蔵の口に続いていた。
藍微塵の衣服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし、おうちかえると、さすがに、元気げんきよくこれをおかあさんにせる勇気ゆうきがなかったのです。お縁側えんがわには、ねこがひなたぼっこをしていました。
小さな妹をつれて (新字新仮名) / 小川未明(著)
八重は夜具を敷く前、塵を掃出すために縁側えんがわの雨戸を一枚あけると、皎々こうこうと照りわたる月の光に、樹の影が障子しょうじへうつる。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして自分は縁側えんがわから庭へ下りて行った。その間中、彦太郎は四畳半の壁の側へ俯伏うっぷして、泣き出した時のままの姿勢で、身動きもしないでいた。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婦人おんなは早や衣服きものひっかけて縁側えんがわへ入って来て、突然いきなり帯を取ろうとすると、白痴ばかしそうに押えて放さず、手を上げて、婦人おんなの胸をおさえようとした。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初秋の夜で、めすのスイトが縁側えんがわ敷居しきいの溝の中でゆるく触角を動かしていた。針仕事をしている母の前で長火鉢ながひばちにもたれている子は頭をだんだんと垂れた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
みていた小さい太郎たろうは、縁側えんがわからとびおりました。そしてはだしのまま、ふるいをもって追っかけてゆきました。
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)