秋雨あきさめ)” の例文
秋雨あきさめいて箱根はこねの旧道をくだる。おいたいらの茶店に休むと、神崎与五郎かんざきよごろう博労ばくろう丑五郎うしごろうわび証文をかいた故蹟という立て札がみえる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おかしな事は、その時んで来たごんごんごまは、いつどうしたか定かには覚えないのに、秋雨あきさめの草に生えて、塀を伝っていたのである。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
にち、セエヌ河の秋雨あきさめを観がてら翁をはうと思つて降る中を雨染あまじみのする気持の悪い靴を穿いてサン・クルウへ出掛けたが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
清ちやんは、或る秋雨あきさめの降る夕方、一人の男につれられてこの新龜へ來た。彼女は泣きらした目を伏せて、臺所の板の間にぢつと坐つてゐた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
その夜も、彼はただ一人で、冷い秋雨あきさめにそぼ濡れながら、明石町あかしちょう河岸かしから新富町しんとみちょう濠端ほりばたへ向けてブラブラ歩いていた。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
始めは秋雨あきさめに濡れたつめたい空気にかれぎたからの事と思つてゐたが、座に就いて見ると、わるいのは顔色かほいろばかりではない。めづらしく銷沈してゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
余は呆気あっけにとられた。八年前秋雨あきさめの寂しい日に来て見た義仲寺は、古風なちまたはさまって、小さな趣あるいおりだった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから白山通はくさんどおりへ出まして、駕籠かごを雇い板橋いたばしへ一泊して、翌日出立しゅったつを致そうと思いますと、秋雨あきさめ大降おおぶりに降り出してまいって、出立をいたす事が出来ませんから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
秋雨あきさめはしだいに冷やかに、うるしのあかく色づいたのが裏の林に見えて、前の銀杏いちょうの実は葉とともにしきりに落ちた。いても掃いても黄いろい銀杏の葉は散って積もる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しばらくしてあきまぶしほどえたそらせた。はたけにはひる餘計よけいあかるいほど黄褐色くわうかつしよく成熟せいじゆくした陸稻をかぼが一ぱい首肯うなづいた。蕎麥そばさわやかでほそつよ秋雨あきさめがしと/\とあらつて秋風あきかぜがそれをかわかした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あちらのそらには、ちぎれ、ちぎれのくもんで、あお水色みずいろやまが、地平線ちへいせんから、かおして微笑びしょうしています。秋雨あきさめったあと野原のはらは、くさいろづいて、とりこえもきこえませんでした。
町の真理 (新字新仮名) / 小川未明(著)
秋雨あきさめしと/\るかとおもへばさつとおとしてはこびくるやうなるさびしきとほりすがりのきやくをばたぬみせなれば、ふでやのつまよひのほどよりおもてをたてゝ、なかあつまりしはれい美登利みどり正太郎しようたらう
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
コートの裾をからげながら、ゴタ/\した秋雨あきさめの町を菊坂の方へ急いでゆく。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
吾人ごじんが日常秋雨あきさめの夜に聞く虫の木枯こがらしゆうべに聞く落葉おちばの声、または女の裾の絹摺きぬずれするひびき等によりて、時に触れ物に応じて唯何がなしに物の哀れを覚えしむる単調なるメロデーに過ぎず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かわらのおもてに、あとからあとからまれて秋雨あきさめの、ときおり、となりいえからんでやなぎ落葉おちばを、けるようにらしてえるのが、なに近頃ちかごろはやりはじめた飛絣とびがすりのようにうつった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
汽車の窓からヴィエンヌ河も見えなくなる頃は、秋雨あきさめんだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手錠して荒川の獄に移されし秋雨あきさめのけふぞ忘らえなくに
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
秋雨あきさめやほそ/″\ながら続く会
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
折から東京の秋雨あきさめ
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
秋雨あきさめにののしりしかな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
秋雨あきさめ水底みなそこの草を踏みわた
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
秋雨あきさめころ
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋雨あきさめのしょぼしょぼと降るさみしい日、無事なようにと願い申して、岩殿寺いわとのでら観音かんおんの山へ放した時は、わずらっていた家内と二人、悄然しょうぜんとして
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はじめは秋雨あきさめにぬれた冷たい空気に吹かれすぎたからのことと思っていたが、座について見ると、悪いのは顔色ばかりではない。珍しく消沈している。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遼陽城外、すべて緑楊りょくようの村である。秋雨あきさめの晴れたゆうべに宿舎のかどを出ると、斜陽は城楼の壁に一抹いちまつ余紅よこうをとどめ、水のごとき雲は喇嘛ラマ塔をかすめて流れてゆく。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから車で大津に帰り、小蒸汽で石山に往って、水際みぎわの宿でひがいしじみの馳走になり、相乗車で義仲寺ぎちゅうじに立寄って宿に帰った。秋雨あきさめの降ったり止んだり淋しい日であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
秋雨あきさめしとしとと降るかと思へばさつと音して運びくる様なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻はよひのほどより表の戸をたてて、中に集まりしは例の美登利に正太郎
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
裏の林に、秋雨あきさめの葉うつ音しづか。故郷の夢見る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
秋雨あきさめ夕餉ゆふげはしの手くらがり
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
秋雨あきさめや身をちぢめたるかさの下
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
秋雨あきさめのち
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
松野まつのこたへぬ、秋雨あきさめはれてのち一日今日けふはとにはかおもたちて、糸子いとこれいかざりなきよそほひに身支度みじたくはやくをはりて、松野まつのまちどほしく雪三せつざうがもとれよりさそいぬ、とれば玄關げんくわん見馴みなれぬくつそくあり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
道側に大きなヤチダモが一樹黄葉して秋雨あきさめらして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
眼鏡越し秋雨あきさめ見つゝ傘作り
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
秋雨あきさめや庭の帚目ほうきめなお存す
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)