田舎ゐなか)” の例文
旧字:田舍
広々ひろ/″\したかまへの外には大きな庭石にはいし据並すゑならべた植木屋うゑきやもあれば、いかにも田舎ゐなからしい茅葺かやぶき人家じんかのまばらに立ちつゞいてゐるところもある。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
亡くなつた良人をつとが辞書などを著した学者であつただけに婆さんも中中なか/\文学ずきで、僕の為にいろんな古い田舎ゐなかの俗謡などを聞かせてくれる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ツルゲネーフで思ひ出したが、僕は一度猟夫手記れふふしゆきの中にでもありさうな人物に田舎ゐなか邂逅でつくはして、非常に心を動かした事があつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして田舎ゐなかかへつてから、慇懃いんぎん礼状れいじやう受取うけとつたのであつたが、無精ぶしやう竹村たけむら返事へんじしそびれて、それりになつてしまつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
水車が休んでゐる時は松はひとりでさびしくかなでた。その声が屡々しば/\のこと私を、父と松林の中の道を通つて田舎ゐなかから出て来た日に連れ戻した。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
田舎ゐなかはものをる事まれなれば、此日は遠近の老若男女これを見んとて蟻のごとくあつまり、おしこりたちて熱喿ねつそうする事筆下ふでつくしがたし。
殊にあゝ云ふ百里余も隔つた田舎ゐなかですから、それまではだ活版と云ふものを知らなかつたので、さあ読んで見ると又面白くつて仕様がない。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
僕はやむを得ず荒物屋あらものやの前に水をいてゐたおかみさんに田舎ゐなか者らしい質問をした。それから花柳病くわりうびやうの医院の前をやつと又船橋屋へ辿たどり着いた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
子供心にあらゆる諸国の人が集つたかと思はれた程この日には遠い田舎ゐなかからも見物に出て来る人で道が埋つてしまひます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
僕がまだ子供で彗星を見た時分には、田舎ゐなかの事でまだまだ開けなかつたものだから、村の人間がしきりと箒星はうきぼしは凶事のしるしだと云つて心配するのさ。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
その夜のやうな時に、そんな田舎ゐなかで、しかもただひとりで居て、四方を未だ戸締りして居ない家が、彼を薄気味悪くした。
こゝは田舎ゐなかでいやながありますが玉子酒たまござけにするとそのを消すさうでございます、それにあたゝまつてうございます。
「女だつて大変だわ……。貴方は頼りにならないし、私、一度、田舎ゐなかへ戻つてみようと思つてるの、どうかしら?」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
とは言ひ乍ら、さびれた中にも風情ふぜいのあるは田舎ゐなかの古い旅舎やどやで、門口に豆を乾並べ、庭では鶏も鳴き、水をかついで風呂場へ通ふ男の腰付もをかしいもの。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その時は、一も二もなくはねつけたが、現在のやうな生活状態ならば、いつそ簡素な田舎ゐなかぐらしに隠遁したやうな気持で悠々自適してゐた方がよかつたなぞと考へた。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
ダンチェンコ氏が日本のさる田舎ゐなか停車場ステーションで、何心なく汽車の窓から首を出すと、そこの柵外に遊んで居た洟垂はなつたらしの頑童共わんぱくどもが、思ひがけず異人馬鹿と手をつてはやしたので
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
さる田舎ゐなかの女学校の出来事を叙したものであつて、放課後、余人ひとりゐないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと
音について (新字旧仮名) / 太宰治(著)
岡山からは東へ三里ばかりで、何一つ人の目をくものもない田舎ゐなかである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
田舎ゐなかの寺は呑気のんきでいいな。」と留守の和尚をしやうの部屋へ座りながら云つた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
田舎ゐなかの高等学校を卒業して東京の大学に這入はいつた三四郎が新しい空気に触れる、さうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る、手間てまこの空気のうちに是等これらの人間を放すだけである
『三四郎』予告 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私をばあんなにたのみに為てゐた阿母さんの事だから、当分でも田舎ゐなかへ行つて了ふと云ふのを、それは心細がつて、力を落したの何のと云つたら、私も別れるのが気の毒に成るくらゐで、先へ落付いたら
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
で出来るだけ遠い田舎ゐなかの親類先をたづね廻つて日を過ごした。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
それは中国のとある田舎ゐなかの、水無河原みづなしがはらといふ
(新字旧仮名) / 中原中也(著)
月に三十円もあれば、田舎ゐなかにては
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
田舎ゐなかへゆかざりき。
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
田舎ゐなかすゞしいすゞしいな。
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたしや田舎ゐなか
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ジヤケツの上衣うはぎの長いのやの大きくひろがつたのなどは、昔長崎へ来た和蘭船オランダぶねの絵の女を見る様に古風であるだけ今日こんにちの目には田舎ゐなか臭い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それも整理しなければならないし、何うせ死ぬなら生れた田舎ゐなかで死んだ方が安心だから、いくらかの金をもつて上州の兄のところへ帰りたい。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
僕はかう云ふ紙札に東海道線に近い田舎ゐなかを感じた。それは麦畠やキヤベツ畠の間に電気機関車の通る田舎だつた。……
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「うるさかつたのかい。わたしおつかさんの、田舎ゐなかのおてらへお墓参はかまゐりにつたんでね。昨夜ゆうべはやてしまつたんだよ。」
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
誰も彼も世のしわざにいそしんでゐた。しかし、この穏かな平和な田舎ゐなかも、それは外形だけで、争闘、瞋恚しんい嫉妬しつと執着しふぢやくは至る処にあるのであつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
浅々と萌初もえそめた麦畠は、両側に連つて、奈何どんなに春待つ心の烈しさを思はせたらう。うしてながめ/\行く間にも、四人の眼に映る田舎ゐなかが四色で有つたのはをかしかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それはどうでもいいとして、この話は、話題にゑて居る田舎ゐなかの人々を喜ばせた、当分の間。
北信州の田舎ゐなかに出掛けて、杉材の仕入れにかゝりたかつたのだが、知人の資金関係が仲々うまくゆかなかつたし、木材の流筏いかだが、山からの荷出しには、相当の困難だつたので
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
それが田舎ゐなか達磨茶屋だるまぢややに売られて行くと云ふ、自分はそれを救はうと思へば、できないこともない、一人の女をむごたらしい運命から防いでやれる、大きなことだ、——なぞと
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
父親てゝおや医者いしやといふのは、頬骨ほゝぼねのとがつたひげへた、見得坊みえばう傲慢がうまん其癖そのくせでもぢや、勿論もちろん田舎ゐなかには苅入かりいれときよくいねはいると、それからわづらう、脂目やにめ赤目あかめ流行目はやりめおほいから
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蛾眉山がびさんのあるしよくは都をる事とほ僻境へききやうなり。推量すゐりやうするに、田舎ゐなか標準みちしるべなれば学者がくしやかきしにもあるべからず、俗子ぞくしの筆なるべし。さればわが今のぞく竹を※とにんべんあやまるるゐか、なほ博識はくしきせつつ。
母は袋から用意して来たらしい餅菓子を出して、その子等へ二つづつ程分けてりました。どんなに田舎ゐなかの子は喜んだでせう。私は初めて母のするいいことを見たと云ふやうにその時は思ひました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ひとり田舎ゐなかへゆきけるが
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
田舎ゐなかめく旅の姿を
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
こと何時いつも冷汗をかくのは大小の客間サロンの日本的装飾が内地の田舎ゐなか芝居の書割かきわりにも見る事の出来ない程乱雑と俗悪ぞくわるとを極めて居る事である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そこよりほかに、その古い人知らない田舎ゐなかの廃寺より他に、自分の身を、体を置くところはないやうにかれは思つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
僕は東京と田舎ゐなかとを兼ねたる文明的混血児なれども、東京人たる鹿島さんには聖賢相親しむの情——或は狐狸こり相親しむの情を懐抱くはいはうせざるあたはざるものなり。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はみあげを短く刈つて、女のうらやましがるほどの、癖のない、たつぷりした長い髪を、いつも油で後ろへ撫であげ、いかに田舎ゐなかの家がゆつたりした財産家で
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
お妻がの塚窪へかたづいて来たは、十六の春のこと。夫といふのも丑松が小学校時代の友達で、年齢としは三人同じであつた。田舎ゐなか習慣ならはしとは言ひ乍ら、ことに彼の夫婦は早く結婚した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あに一人ひとりあつたが戦地せんちおくられるともなく病気びやうきたふれ、ちゝ空襲くうしふとき焼死せうしして一全滅ぜんめつした始末しまつに、道子みちこ松戸まつど田舎ゐなか農業のうげふをしてゐる母親はゝおや実家じつかはゝともにつれられてつたが
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
銀行をやめて、ずつと田舎ゐなかで百姓をしてゐたンだが、やつぱり都会で暮したものは、田舎には住みつけない。それで、此の暮にはみんなで出て来るつもりで、荷物を送つておいたンだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
蛾眉山がびさんのあるしよくは都をる事とほ僻境へききやうなり。推量すゐりやうするに、田舎ゐなか標準みちしるべなれば学者がくしやかきしにもあるべからず、俗子ぞくしの筆なるべし。さればわが今のぞく竹を※とにんべんあやまるるゐか、なほ博識はくしきせつつ。
その草屋根を焦点としての視野は、実際、何処ででも見出されさうな、平凡な田舎ゐなかの横顔であつた。しかも、それがかへつて今の彼の心をひきつけた。今の彼の憧れがそんなところにあつたからである。