河岸かし)” の例文
そうかと思うと、今度は河岸かしを変えて、旗本席のほうをしきりにじろじろ見回していたようでしたが、うるさくまた話しかけました。
がんがんひびくどうや鉄の音やつちの音、そういう物音の中に、河岸かし通りをからから走って行くたくさんの車の音が交じって聞こえた。
大通りから河岸かしの方へ滑り込んでいる地面の中途に当るので、普通の倍ほどあった。彼はその出来事のためにとうとう腰を抜かした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両国の宿屋は船の着いた河岸かしからごちゃごちゃとした広小路ひろこうじを通り抜けたところにあって、十一屋とした看板からして堅気風かたぎふうな家だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二、三人の募集員が、汚い折り鞄を抱えて、時々格子戸を出入ではいりした。昼になると、お庄はよく河岸かし鰻屋うなぎやへ、丼をあつらえにやられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南新川、北新川は大江戸の昔から酒の街とつてるさうだ。その南北新川街の間を流れる新川の河岸かしには今しがた數艘の酒舟が着いた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
どうかして電車がしばらく来ない時には、河岸かし砂利置場じゃりおきばへはいっておほりの水をながめたり呉服橋ごふくばしを通る電車の倒影を見送ったりする。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また或る人たちが下司な河岸かし遊びをしたり、或る人が蒲団ぶとんの上で新聞小説を書いて得意になって相方あいかたの女に読んで聞かせたり
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
橋の行詰ゆきづめにも交番があって、巡査は入口にもたれて眠るようにしていた。山西は安心した。小女こむすめはそのたもとを左に折れて河岸かしぶちを歩いた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あきれているうちに、その飛び出した大男が、河岸かしの舟の方へは来ないで、右手の小高い方へ一目散に何か抱えて駈け出して行く。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕日ゆふひは低く惱ましく、わかれの光悲しげに、河岸かし左右さいうのセエヌがはかは一杯いつぱいきしめて、むせんでそゝさゞなみに熱い動悸どうきを見せてゐる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
權三の女房おかん、河岸かしの女郎あがりにて廿六七歳、これも手拭にて頭をつゝみ、たすきがけにて浴衣ゆかたつまをからげ、三人に茶を出してゐる。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
大方おおかた河岸かしから一筋ひとすじに来たのであろう。おもてには威勢のいい鰯売いわしうりが、江戸中へひびけとばかり、洗ったような声を振り立てていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
夏の炎天神田かんだ鎌倉河岸かまくらがし牛込揚場うしごめあげば河岸かしなどを通れば、荷車の馬は馬方と共につかれて、河添かはぞひの大きな柳の木のしたに居眠りをしてゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
河岸かしには日本全国からイヤというほど送られて来るが、東京であゆをうまく食おうとするのは土台無理な話で、かれこれいうのがおかしい。
鮎の名所 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「聞けば聞くほど、いやになる。あすからもう、河岸かしをかえましょうよ。いい潮時ですよ。他にどこか、巣を捜しましょう。」
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)
道悪みちわるを七八丁飯田町いいだまち河岸かしのほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキぶきむねの低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
社長父娘おやこと文吾と、腕力の強い社員を二人のせたランチは、明石町の河岸かしをはなれて、約束の九時には月島五号地沖を静かにはしっていた。
水中の怪人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心配しんぺいするな」笑いながら、さっさと足を進めると、なるほど河岸かしッぷちの闇から、チャラリ、チャラリ……と雪踏せったる音。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
画家の名を負うたヷン・ダイクの河岸かし凹凸あうとつの多い石畳を踏み、石炭、干魚ほしうを、酒などの匂ひの入交いりまじるのを嗅ぎながら色んな店をのぞいて歩いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
岩角に隠れた河岸かしの紅葉も残り少なく、千樫ちがしと予とふたりは霜深き岨路そばみちを急いだ。顧みると温泉の外湯の煙は濛々もうもうと軒を包んでたちのぼってる。
白菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
露柴はすい江戸えどだった。曾祖父そうそふ蜀山しょくさん文晁ぶんちょうと交遊の厚かった人である。家も河岸かし丸清まるせいと云えば、あの界隈かいわいでは知らぬものはない。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その主張の根源は、ある一日、たまたまセエヌの河岸かしの古絵葉書屋で、この島の風景を発見したというのに他ならないこと。
北は京橋通の河岸かしで、書院の庭から見れば、対岸天満組の人家が一目に見える。たゞ庭の外囲ぐわいゐに梅の立木たちきがあつて、少し展望をさへぎるだけである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
橋から右へ河岸かしに沿い、万世橋の方へ行ってみたが、側を通り過ぐる電車の響がうるさくて、ふいと左の横町に曲り込んだ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三越、白木屋のスシと河岸かしのスシの味を味わい分け得るのは一種特別の最高級のブルジョア根性の舌でなければならない。
路傍の木乃伊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夫 (読みながら)「そこは、星はあれど地上はくらい河岸かし通り、船蔵前から水戸家石置場と、二人が一つに相寄つた黒い影は、まさに男と女」
世帯休業 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
おなじ一座の西巻は……かれらの兄弟子で古い三枚目の西巻金平は一人寂しく矢の倉の河岸かしを両国のほうへあるいていた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
亥「身に余ったともれえで仮寺かりでらを五軒ばかりしなければ追付おっつかねえ、酒が三たる開いて仕舞う、河岸かしや何かから魚を貰って法印が法螺の貝を吹く騒ぎ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その夜も、彼はただ一人で、冷い秋雨あきさめにそぼ濡れながら、明石町あかしちょう河岸かしから新富町しんとみちょう濠端ほりばたへ向けてブラブラ歩いていた。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
渡しを渡った向岸むこうぎし茶店ちゃみせそばにはこの頃毎日のように街の中心から私をたずねて来る途中、画架がかを立てて少時しばらく河岸かしの写生をしている画学生がいる。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは屹度きっとお前も矢張やっぱり昨夜死神につかれたのだが、その倒された途端に、さいわいと離れたものだろう、この河岸かしというのは
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
その頃の寮の人々は、舟に乗って浜町河岸かしまでくだって行き、人形町で買物をしては帰った。今戸から、浜町あたりへ行くのを江戸へ下ると言った。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
藏庫くら河岸かしそろつて、揚下あげおろしはふねぐに取引とりひきがむから、店口みせぐちはしもたおなこと煙草盆たばこぼんにほこりもかぬ。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから、ふか川のほうに、自前で店をやってみましたが、この年齢としじゃ、若えもんのあいだにまじって、河岸かしの買い出しをするのも、骨でがす。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
鳥喰の河岸かしには上州じょうしゅうの本郷に渡る渡良瀬川わたらせがわのわたし場があって、それから大高島まで二里、栗橋に出て行くよりもかえって近いかもしれなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一つの不用ふようぶん運河うんがから鬼怒川きぬがはかよ高瀬船たかせぶねたのんで自分じぶん村落むら河岸かしげてもらふことにして、かれ煙草たばこの一ぷくをもわすれないやうにつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「それじゃもしや、S橋の河岸かしで、妙な叫び声を立てたり水音をさせたりしたのも、あんたの仕業じゃなかったの?」
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
太陽の第一せんが雲間を破って空を走った。このとき、次郎の愛撫あいぶに身をまかせていたフハンが、両耳をキッと立てて鼻を鳴らすと、河岸かし上手かみてへ走った。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
彼等二人は、この先きに、最近出来た、河岸かしの料亭に、剣客仲間の会があった崩れで、かなり酔っていたのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
いつの間にか河岸かしっぷちへ出た彼女は、途方にくれながらぼんやりとそこに突立っていた。両岸は暗くなって、その間をばセーヌ河がゆるやかに流れていた。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
河岸かし小店こみせ百囀ももさへづりより、優にうづ高き大籬おほまがきの楼上まで、絃歌の声のさまざまに沸き来るやうな面白さは大方の人おもひ出でて忘れぬ物におぼすも有るべし。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それだけじゃ種にならねエが、見ていた人の話に、お鈴が川へ飛び込む前、河岸かしっ縁で、しばらく男と揉み合っていたそうですよ。そいつがどうかして、お鈴を
河岸かしを廻って細川様(浜町清正公様)のさきから、火事場の裏からでなければはいれまいと父も洋服を着て出ていった(その前まではさしっ子を着るのだったが)
母は少し離れた河岸かしの倉庫に豆選まめより仕事を見つけた。でも私は独りで家に取り残されることはなかった。
それから河岸かしへ出て、闇夜でも月夜の晩でも、あすこのベンチに腰かけて、じいつと河のをみつめる。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
広重ひろしげの世を過ぎてなお三四十年の間は、京橋・築地辺の河岸かし近くにも、材木屋があり竹屋があり、その材木のてっぺんなどには、鳶が羽を休め目を光らしていた。
だがな、本当の寒暖計は俺たちだ。時計台のかど河岸かしに出て、何度の寒さかを見にゆく必要はねえんだ。俺たちは脈の血が凍り心臓にも氷がはるのを感ずるんだ。
さて、木は買いましたが、これを東京へ運ぶのが大仕事……どういうことにするかというと、今は三月ですから、五月までには浅草の花川戸はなかわど河岸かしまで着けるという。
河岸かしを更えるのだったと思ったが、今更仕方がない。この際絹子さんにお冠を曲げられると、大変なことになる。それで定刻に新宿駅のプラットホームで待ち受けた。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)