沙漠さばく)” の例文
ただでさへひつそりしてゐるその「特別区域」が、そんな失望のあとではまるで無人の沙漠さばくのやうに味気なく思ひ返されるのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
王子おうじはこういうあわれな有様ありさまで、数年すうねんあいだあてもなく彷徨さまよあるいたのち、とうとうラプンツェルがてられた沙漠さばくまでやってました。
それはあたかも、アラビヤの沙漠さばくに吹くそよ風が、遠くの野原の新鮮な空気を吹きおくって、疲れた巡礼のもとにもたらすのに似ている。
するうち、ある日のこと、ふしぎな白い円屋根のある、沙漠さばくのような島へ来ました。私はすぐに、ははあ、ロックの卵だなと思いました。
ええ、何んですって——夢に家門かもんに入って沙渚しゃしょのぼる。たましい沙漠さばくをさまよって歩行あるくようね、天河落処長洲路てんがおつるところちょうしゅうのみち、あわれじゃありませんか。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ここから、ずーっと南の方へ、山を一つと沙漠さばくを一つこえていくと一つの部落に着きます。そこに、大理石はいくらでもあるそうです。」
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
きたにはゴビの大沙漠だいさばくがあつて、これにもなに怪物くわいぶつるだらうとかんがへた。彼等かれらはゴビの沙漠さばくからかぜ惡魔あくま吐息といきだとかんがへたのであらう。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
また二階借りから、一けんの所帯へとびて行く、——それはまるで、果てしのない沙漠さばくへでも出発するかのように私をひどく不安がらせた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
黒人王の軍隊を追跡してアフリカの沙漠さばくを駆け回ったり、または敵の策略から脱出した、その昔の精力を、ことごとくそれに費やしていた。
道路だけは立派に作ってあるが、一歩鋪装ほそう道路をはずれると、暗黒の密林、あるいは熱砂の沙漠さばく、または奇巌きがんの岩原である。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ほめたたえよう。『沙漠さばくの泉の木』が茂って、そこにうつくしくかがやくきょうだいの鳥たちのよろこびをほめたたえよう。
山岳や茫々ぼうぼうたる沙漠さばく曠野こうやの大海を彷徨さまよった原始の血であろうか。あるいは南方の強烈な光りによって鍛えられた血であろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それは現世の園生そのうに咲く神から贈られた草花である。この世の凡ての旅人は、色様々なその間を歩む。さもなくば道は沙漠さばくに化したであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
うしても、ありや萬里ばんり長城ちやうじやう向側むかふがはにゐるべき人物じんぶつですよ。さうしてゴビの沙漠さばくなか金剛石ダイヤモンドでもさがしてゐればいんです
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
(お父さん、水は夜でも流れるのですか。)とおたずねです。須利耶さまは沙漠さばくむこうからのぼって来た大きな青い星をながめながらお答えなされます。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
正にこれ、はてしも知らぬ失恋の沙漠さばくは、濛々もうもうたる眼前に、うるはしき一望のミレエジは清絶の光を放ちて、はなはゆたかに、甚だあきらかに浮びたりと謂はざらん
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかしてわれ今、しいて自らこの乙女を捨てて遠く走らんとす。この乙女を沙漠さばく真中まなかにのこしゆかんとす。これまことにわれの忍び得ることなるか。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
軍兵ぐんぴょうどもは、沙漠さばくいずみを見つけたように口々に声をもらした。そのほとりには、小さなやしろがあるのも目についた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は自分の心を沙漠さばくの砂の中に眼だけを埋めて、猟人から己れの姿を隠しおおせたと信ずる駝鳥だちょうのようにも思う。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大寺院はどんより曇った空にやはり高い塔や円屋根まるやねを無数の触手のように伸ばしています。なにか沙漠さばくの空に見える蜃気楼しんきろうの無気味さを漂わせたまま。……
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは白くかわいたほこりっぽい道である。沙漠さばくのように、人類を飢餓と渇とに追いやるところの道であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
八月とはいふものの、北欧のことであるから、アフリカの沙漠さばくに育つた彼はすでにはだへに秋を感じてゐた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
空漠くうばくたる沙漠さばくを隔てて、その両側に僕はいる。僕の父母の仮りの宿と僕の伯母の仮りの家と……。伯母の家の方向へ僕が歩いてゆくとき、僕の足どりは軽くなる。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
なぜなら彼は、阿弗利加アフリカ沙漠さばくの中で、より詩的な生活を行為しようと思ったから。彼は言った。「詩なんか書くやつはくだらない」「真の詩人は詩を作らない」と。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
これでは、百の薬を投じようと到底救い得ぬ、結局保護区をもうけ氷の沙漠さばくから移さねば……と。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だが、見る限り、一人の人も、一匹の動物も、たった一本の枯れ木さえも見えない。緑の沙漠さばくの様なこの平野は、その様な名画よりも、一層私達を撃ちはしないだろうか。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また満洲帝国は武装して立ち、勇敢な蒙古もうこ民族は、「われ等のからだには成吉思汗ジンギスカンの血が流れているのだッ。」と叫んで、ゴビの沙漠さばくの中で、赤軍の騎兵集団を監視している。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
あだか昔物語むかしがたり亞剌比亞アラビヤ沙漠さばく大魔神だいましんみゐられたる綿羊めんようのごとく、のがれんとしてのがるゝあたはず、たゝかはんか、速射砲そくしやほうもガツトリングほう到底とうていちからおよばぬ海底かいていこの大怪物だいくわいぶつ奈何いかせん。
美しい殿堂、毛皮の幕屋ばくや、祭壇で小羊こひつじがたかれています……広い沙漠さばく、日が沈みました。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
敵のロケットは、いま高度六千、サハラ沙漠さばくの上空を東進中、速度千七百キロ——
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あのスビアコの沙漠さばくに隠退していた悪魔が(実際年老いていたので、隠者となったのかも知れない)いにしえのアポロンの寺院の住居から、当時十七歳の聖ベネディクトに追い払われたのは
沙漠さばくの中に参りますとその公道といわれて居ったものも風が一遍吹くと足痕あしあとも何も消えてしまう。でチベットには本当の道はラサの近所に少しあるだけの事で外には道らしい道はない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
侵略された内部の皮膚は乾燥した白い細粉を全面にみなぎらせ、荒された茫々ぼうぼうたる沙漠さばくのような色の中で、わずかに貧しい細毛が所どころ昔の激烈な争いを物語りながら枯れかかってえていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
思い出さないわけではなく、正しく言えば、出来るだけ思い出そうとはしなかったのでしょう、とに角余吾之介の心はこうして、一日一日と血の雨を望む沙漠さばくのように荒んでゆくばかりでした。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
幸い十年足らずかの地に遊学せし身なれば、かの地の事情に精通せりなど、真心まごころより打ちいだされて、遠き沙漠さばくの旅路に清き泉を得たらんが如く、嬉しさしたわしさの余りより、その後数〻しばしば相会しては
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
日本の国は教訓については(道徳とは言わぬ)沙漠さばくの時代であった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
君、忘れたのか——一粒の麦種地に落ちて死なずば、如何いかで多くの麦ひ出でん——沙漠さばくの旅路にも、昼は雲の柱となり、夜は火の柱と現はれて、絶えず導き玉ふ大能の聖手みてがある、勇み進め、何を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
スペインのお祭のをどりの歌、アフリカの沙漠さばくの隊商の歌……。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
けだ阿弗利加アフリカ沙漠さばくにしたるしき𤍠ねつ気息いきのみ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
沙漠さばくよろこびて番紅さふらんのごとくにはなさかん
倦怠けんたい沙漠さばくに坐せる黄金こがね怪獣シメール
そこで、巨男おおおとこはふたたび南方へ旅立ちました。長いくさりをひきずって、白鳥をつれ、巨男おおおとこは広い広い沙漠さばくをくる日もくる日も歩いていきました。
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
彼らを理解し得る魂に満ちてるこのパリーの中で、未知の友人らが住んでるこの家の中で、彼らはアジアの沙漠さばく中にいると同じくらいに孤独だった。
そのきびしい冬がぎますと、まずやなぎ温和おとなしく光り、沙漠さばくには砂糖水さとうみずのような陽炎かげろう徘徊はいかいいたしまする。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
貴重な生命をして海峡を泳いで見たり、沙漠さばくを横ぎって見たりする馬鹿は、みんな意志を働かす意識の連続を得んがために他を犠牲に供するのであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
残暑の日が長たらしく続き、それが水の上の生活を沙漠さばくに咲き誇る石鹸天さぼてんの様に荒廃させた。密度の高い瘴気しょうきが来る日も来る日も彼等の周囲をめて凝固してゐた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
ラプンツェルは、そのおとこおんな双生児ふたごんで、この沙漠さばくなかに、かなしいおくってたのです。
随分ずいぶん、石段の多い学校であった。父は石段の途中で何度も休んだ。学校の庭は沙漠さばくのように広かった。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おぎんの心は両親のように、熱風に吹かれた沙漠さばくではない。素朴そぼく野薔薇のばらの花をまじえた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは両親を失った後、じょあん孫七の養女になった。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
洋々やう/\たるナイルかは荒漠くわうばくたるサハラの沙漠さばく是等これらおほい化物思想ばけものしさう發達はつたつうながした。埃及えじぷと神樣かみさまには化物ばけもの澤山たくさんある。しかこれ希臘ぎりしやくと餘程よほどことなり、かへつて日本にほんる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)