くし)” の例文
三人の王女は草の上にすわつて、ふさ/\した金の髪を、貝殻かひがらくしですいて、忘れなぐさや、百合ゆりの花を、一ぱい、飾りにさしました。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
竹簾たけすだれ、竹皮細工、色染竹文庫、くしおうぎ団扇うちわ竹籠たけかごなどの数々。中でも簾は上等の品になると絹を見るようで、技は昔と変りがない。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
長いあひだに路銀も盡き、そのみつぎに身のまはり、くしかうがいまで賣り拂ひ、最前もお聽きの通り、悲しい金の才覺も男の病が治したさ。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「おや、此所ここにいらっしゃるの」と云ったが、「一寸ちょいと其所そこいらにわたくしくしが落ちていなくって」と聞いた。櫛は長椅子ソーファの足の所にあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しばらくしてから清岡はこれも三越で自分が買ってやった真珠入のくしを、一緒に自動車に乗った時、その降りぎわにそっと抜き取って見た。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
電報はくしの歯を引く如く東京に発せられた。一電は一電よりも急を告げて、帰朝を待侘まちわびる友人知己はその都度々々に胸を躍らした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
書林浅倉屋の窓の下の大きな釜の天水桶もなくなれば鼈甲べっこう小間物松屋の軒さきの、くしの画を描いた箱看板の目じるしもなくなった。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
金襴きんらんの帯が、どんなに似合ったことぞ、黒髪に鼈甲べっこうくしと、中差なかざしとの照りえたのが輝くばかりみずみずしく眺められたことぞ。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
五十くらいの田舎女のくし取り出してしきりに髪くしけずるをどちらまでと問えば「京まで行くのでがんす。息子が来いと云いますのでなあ」
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「金はねえがしろがある」懐中ふところからくしを取り出した。「先刻さっき下ろした鰻掻、歯先に掛かった黒髪から、こんな鼈甲べっこうが現われたってやつさ」
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あんたはとうとう裸を見られたんですってよ。」お初ちゃんが笑いながら鬢窓にくしを入れている私の顔を鏡越しにのぞいてこう云った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
髪にはくしが一つだけ、手も足も水仕事でひどくあれているし、白粉おしろいけなどいささかもみられない顔の赤くなった頬には、もうひびがきれていた。
青白くやつれた頬も異常からというよりは、生活上の苦しさを告げているようだった。そして、黒い頭髪にはよくくしが通っていた。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
奇麗に結った日本髪のかたくふくれた髷が白っとぼけた様な光線につめたく光って束髪に差す様なくしが髷の上を越して見えて居た。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この面影おもかげが、ぬれいろ圓髷まるまげつやくしてりとともに、やなぎをすべつて、紫陽花あぢさゐつゆとともに、ながれにしたゝらうといふ寸法すんぱふであつたらしい。……
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
瞥見べっけんの美である。目を撃つ美で、観照すべき美ではない。ぬれ羽色の髪に、つげのくしの美しさは見れば見る程味の出る美である。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
三次も客と見せかけるために、前へいろいろなくしこうがいの類を持ち出すように頼んで、それをあれこれと手にとりながら、声を潜めて言った。
こんな人通りのない路地の奧へ入つて、何うしてくしなんか死體の側へ置いたか、その辯解いひわけさへ立てば、お靜の疑ひはすぐ晴れます
やがて、くしのような尖峰せんぽうを七、八つ越えたのち、いよいよ「天母生上の雲湖ハーモ・サムバ・チョウ」の外輪四山の一つ、紅蓮峰の大氷河の開口くちへでた。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わたくしは又伊澤の刀自に、其父榛軒しんけんが壽阿彌のをひをしてくしに蒔繪せしめたことを聞いた。此蒔繪師の號はすゐさいであつたさうである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
青ざめもしよごれもしているその容貌ようぼう、すこし延びたひげ、五日もくしを入れない髪までが、いかにも暗いところから出て来た人で
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
露八が訊くと、茶の間に立って、厚帯の間から、小菊紙こぎくだの、鏡だの、くしたとうだのを、ぽんぽんと出してはそこらへ抛り散らしながら
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御衣服、くしの箱、乱れ箱、香壺こうごの箱には幾種類かの薫香くんこうがそろえられてあった。源氏が拝見することを予想して用意あそばされた物らしい。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お岩は体をふるわしながら鉄漿を付け、それから髪をきにかかったが、くしを入れるたびに毛が脱けて、其の後から血がたらたらと流れた。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「あの——さきほど、そこいらにくしが落ちてはおりませんでしたろうか。いいえ、つまらない櫛ですから、どうでもいいのですけれど……」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉子が人力車で家を出ようとすると、なんの気なしに愛子が前髪から抜いてびんをかこうとしたくしが、もろくもぽきりと折れた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
香織かおりくしかしながらも、『折角せっかくこうしてきれいにしてあげても、このままつくねてくのがしい。』とってさんざんにきました。
御持參有しに間違まちがひも有まじと思ひ右品引換ひきかへに金子御渡し申したりとくしして見せければ傳吉は再び仰天ぎやうてんなしたりしが心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
女はくしだのこうがいだのかんざしだのべにだのを大事にしました。彼が泥の手や山の獣の血にぬれた手でかすかに着物にふれただけでも女は彼を叱りました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ハイカラな庇髪ひさしがみくし、リボン、洋燈の光線がその半身を照して、一巻の書籍に顔を近く寄せると、言うに言われぬ香水のかおり、肉のかおり
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
昼間ひるまくしこしらへ、夜だけ落語家はなしかでやつて見ようと、これから広徳寺前くわうとくじまへの○○茶屋ぢややふのがござりまして、其家そのいへ入口いりぐち行燈あんどんけたのです。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
それで、ほうぼう姫のからだをしらべてみますと、どくくしが見つかりましたので、それをひきぬきますと、すぐに姫は息をふきかえしました。
赤や黒塗のくしに金蒔絵したのや、珊瑚さんごとも見える玉の根掛ねがけもあります。上から下っているのは、金銀紅の丈長たけながや、いろいろの色のすが糸です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
くしなんざつてゐねえぞはあ、それよりやあ、けえつてかきのざくまたでもはうがえゝと」朋輩ほうばい一人ひとりがおつぎへいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
鼈甲べつかふくしかうがいを円光の如くさしないて、地獄絵をうたうちかけもすそを長々とひきはえながら、天女のやうなこびこらして、夢かとばかり眼の前へ現れた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
依つてスサノヲの命はその孃子おとめくしかたちに變えて御髮おぐしにおしになり、そのアシナヅチ・テナヅチの神に仰せられるには
向うは官費だけれど、こっちはそうは行かない。それにもう指環やくしのような、少し目ぼしいものは大概金にして送ってやってしまったし……。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
将門にひ立てられた官人連は都へ上る、諸国よりはくしの歯をひくが如く注進がある。京師では驚愕きやうがくと憂慮と、応変の処置の手配てくばりとに沸立わきたつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その以前から、イースト・エンド全体にわたって細緻さいちな非常線が張られ、くしの歯をくような大捜査が行なわれていた。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そうだよ。頭のものだよ。黄八丈に紋縮緬の着付じゃ、頭のものだって、擬物まがいものくしこうがいじゃあるまいじゃないか。わたしは、さっきあの女が菅笠を
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わたくし、此頃髪の前鬢まえびんくしで梳きますと毛並の割れの中に白いものが二筋三筋ぐらいずつ光って鏡にうつります。わたくしは何とも思いません。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
吐かせて雪江が見て下されと紐鎖ぱちんへ打たせた山村の定紋負けてはいぬとお霜がくし蒔絵まきえした日をもう千秋楽と俊雄は幕を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
若いころ香水の朝風呂へ這入って金のくしで奴隷に髪をかせた史上の美女が、いましわくちゃの渋紙に白髪しらがを突っかぶって僕のまえによろめいてる。
黙って聞いていろ、まだ後があるんだ。ところでその三人の娘はみな源内先生創製するところのみねに銀の覆輪ふくりんをしたくし
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
紀州田辺地方でも、鉦太鼓を叩くとともに、くしの歯をもって桝の尻をいて、変な音を立てる風があった(雑賀君報)。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
額際ひたいぎわの髪にはゴムの長いくしをはめて髪を押さえて居る。四たび変って鬼の顔が出た。この顔は先日京都から送ってもろうた牛祭の鬼の面に似て居る。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
頭の毛のなかにも蚤が居るやうな気がした。それをかうとすると、ひやりとしとつた生えるがままの毛髪は、堅くくしからんで、櫛は折れてしまつた。
それへくしやピンの旗差し物が立てられて、白昼の往来をねって行く……と云ったら法螺ほらと云う人があるかも知れぬ。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
肩掛け、洋傘こうもり、手袋、足袋、——足袋も一足や二足では足りない。——下駄、ゴム草履、くし、等、等。着物以外にもこういう種々なるものが要求された。
窃む女 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
としは二十六七にもなろうか。髪はさまでくしの歯も見えぬが、房々と大波を打ッてつやがあって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)