しい)” の例文
森と言っても崖ぎしの家に過ぎない、ただ非常に古いえのきしいとが屋根を覆うていて、おりおり路上に鷺の白い糞を見るだけであった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
屋敷の西側に一丈五六尺も廻るようなしいの樹が四五本重なり合って立って居る。村一番の忌森いもりで村じゅうからうらやましがられて居る。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そよそよと流れて来る夜深よふけの風には青くさいしいの花と野草のにおいが含まれ、松のそびえた堀向ほりむこうの空から突然五位鷺ごいさぎのような鳥の声が聞えた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しいたけたぼの侍女数十人をあごで使い、剛腹老獪ごうふくろうかいな峰丹波をはじめ、多勢のあらくれた剣士を、びっしりおさえてきたお蓮様だったが。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見ると、ほりのそばの、しいの木の下に、こもを敷き、鼠色の着物を着て、尺八を差した男が、ひもじいような顔して、膝を抱えていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牡丹屋ぼたんやの裏二階からは、廊下のひさしに近く枝をさし延べているしいこずえが見える。寛斎はその静かな廊下に出て、ひとりで手をもんだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
枳殻垣の外にはしいが二三本、それは近所の洗濯物の干場に利用されてあります。表へ廻ると、直助とお辰はけろりとして迎えました。
それはしいや松やみずならの深い林と、灌木かんぼくやぶの繁った丘の斜面で、じめじめした、細い、危なっかしく折り曲った石段である。
そこにはしい蜜柑みかんが茂っていた。猿は二人の頭の上を枝から枝へ飛び渡った。訶和郎かわろは野犬とおおかみとを防ぐために、榾柮ほだいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
方形、輪形、柱形、自然石の幾つもある庭の真中のしいの大木の下へ、薪を置いて、関守がカチカチと火をきりはじめたものです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
赤松谷は爆発火口原であるが、その急峻きゅうしゅんな傾斜面には赤松が生え、もみが生え、しいかしなどの雑木が、鮮麗に頂の緑を見せて鬱蒼うっそうとしている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
私達はそこから神社の境内けいだいの樹木の深い公園をぬけてアパートへ帰るのである。公園の中に枝を張ったしいの木の巨木があった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかし鷹揚おうようである。ただ夏のさかりにしいの実がなっているかと人に聞きそうには思われなかった。三四郎はそんな事に気のつく余裕はない。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紙包みを破って見ると、まだ新しい黄木綿きもめんの袋が出て来た。中にはどんぐりかしいでもはいっているような触感があった。
球根 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
村から少し離れた山のふもとに、松やかしわやくぬぎやしいなどの雑木林ぞうきばやしがありました。秋のことで、枯枝かれえだ落葉おちばなどがたくさん積もっていました。
お山の爺さん (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
溪ぎわの大きなしいの木の下に立って遠い街道の孤独の電燈を眺めた。深い闇のなかから遠い小さな光を跳めるほど感傷的なものはないだろう。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
互いに飯籠はんごをあけて、中にあったしいの実を、なにかのまじないででもあるかのように、一つかみずつ相手のほうへ移しあったものでしたから
それから向うの土手の上には何かしいらしい木が一本斜めに枝を伸ばしていた。それは憂鬱そのものと言っても、少しもつかえない景色だった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見るものきくものあじわう者ふるるもの、みないぶせし。にもるいいをしいの葉のなぞと上品の洒落しゃれなど云うところにあらず。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
水戸の屋敷の大きいしいの木がもう眼の前に近づいた頃に、堤下の田圃で泥鰌どじょうか小鮒をすくっている子供らの声がきこえた。
柄長くしいの葉ばかりなる、ちいさき鎌を腰にしつ。かごをば糸つけて肩に懸け、あわせみじかに草履穿きたり。かくてわれ庵を出でしは、の時過ぐるころなりき。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちにお腹がきますと、ちょうど秋の事で、方々に栗だの柿だのしいだのかやだのいろんな木の実がっております。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
看病のために庭の掃除も手入も出来ぬ上に、植木屋が来てくれんで松もしいも枝がはびこつて草苗などは下陰になつて生長することが出来ぬのであらう。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そのひとつは郡役所の所在する地方の名邑めいゆうであるが、他はしいくすの葉に覆われた寂しい村落である。牧の旦那の家は、その寂しい村の川岸にたっている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
今日、麻川氏は終日しいの間の小亭で書いて居る様子だった。私達も一寸ちょっと海岸へ行って帰って来ると主人は昼寝、従妹いとこは縫物私は読書ばかりして暮らした。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
松風の音も荒かった山おろしに比べれば穏やかでよい住居すまいとしているようには今夜は思われずに、山のしいの葉の音に劣ったように中の君は思うのであった。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「椎の葉」は、和名鈔は、「椎子和名之比」であるからしいであってよいが、ならだろうという説がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
まったく今夜ばかりは松浦侯のしいの木屋敷と首尾の松の一角が、わずかに両岸で闇を残しているのみで
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
祠のうしろにあるしいの木のかげにむかし狐がんでいた穴が残っているばかりで、そこへ案内をされた津村は、穴の入口に今はさびしく注連縄しめなわが渡してあるのを見た。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やっぱり効目ききめがあった。燻製料理は、金博士にとって、あたかもジーグフリードのくびに貼りついたしいの葉の跡のようなものであった。それが巨人に只一つの弱点だった。
空は藍色を敷き詰め、爽やかな春風を満面にはらんだしいの樹の梢をかすめて、白い雲がふわふわと揺らぐ。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
木には黄楊つげしいひのき、花には石竹、朝顔、遊蝶花ゆうちょうかはぎ女郎花おみなえしなどがあった。寺の林には蝉が鳴いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そのじぶん上野公園から谷中の墓地へかけては何千本という杉の老木が空をついて群立むらだち、そのほかにもしいかし、もち、肉桂にっけいなどの古い闊葉樹かつようじゅが到る処繁ってたので
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
一段地所じしょが高くなって処どころしいの木を植えた処があった。菊江はそこの傾斜の赭地あかつちの肌をけあがりながら揮返った。背の高い痩せぎすな男の姿はすぐ後にあった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もう客案内をする用のない悪魔姿の船頭は、ゴンドラ舟を陸上げして、しいの木蔭に昼寝をしていた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しいの木の古葉もすっかり散り尽くして、松も新しい緑にかわって、草も木も青いほのおのようになった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
寺の裏の山のしいの樹へ来るからすの啼き声にも私は朝夕不安な胸騒ぎを感じた。夏以来やもめ暮しの老いた父の消息も気がかりだった。まったく絶望的な惨めな気持だった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
うつうつ気がうっして、待合室の窓からそとのしいの若葉をながめてみても、椎の若葉がひどい陽炎かげろうに包まれてめらめら青く燃えあがっているように見え、外界のものがすべて
灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
細川下邸の清正公門前の大きなしいの木の並んだ下には、少壮時代の前かけがけ姿の清方きよかたさんが長く住まわれて、門柱に「かぶらき」と書いた仮名文字の表札がかけてあった。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
庭にむかって縁側に坐し、視界に入る庭樹を、左側からあげてみると、百日紅、朝鮮松、サンショウ、柿(小さな実が二つなっている)、もみ、青桐、しいの木、桜の木、モミジの木。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
北原白秋氏の『雀の卵』に「この山はたゞさうさうと音すなり松に松の風しいに椎の風」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
通例はその穴がしい形の、横に長い楕円形になっていて、幾分眼の形を写そうとした努力のあることを思わせるが、しかしそれ以外には眼を写実的に現わそうとした点は少しもない。
人物埴輪の眼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
十畳の廊下外のひさしの下の、井戸のところにある豊後梅ぶんごうめも、黄色くすすけて散り、離れの袖垣そでがき臘梅ろうばいの黄色い絹糸をくくったような花も、いつとはなし腐ってしまい、しいの木に銀鼠色ぎんねずいろ嫩葉わかば
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
元日 門松 萬歳 カルタ 松の内 紅梅 春雨 彼岸 春の山 猫の恋 時鳥ほととぎす 牡丹ぼたん 清水 五月雨 富士もうで 七夕 秋風 目白 しいの実 秋の暮 時雨しぐれ 掛乞かけごい 牡蠣かき 枯尾花 鐘ゆる
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この島には神山と称して、古来手をつけない樹林地が広く、しいかし類の老木が無数に繁茂して、年々の食物は保障せられ、人と鼠との社会は相侵あいおかす必要がなくて、久しく過ぎていたらしい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しい 三一・九八 三・三七 〇・七三 六〇・五二 二・二八 一・一二
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
落葉木らくようぼく悉皆すっかり若葉から青葉になった処で、かしまつすぎもみしい等の常緑樹ときわぎたけるいが、日に/\古葉ふるはを落しては若々しい若葉をつけ出した。此頃は毎日いても掃いても樫の古葉が落ちる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
寺の地面うちだけでも、松、杉、かえで銀杏いちょうなどの外に、しいかし、榎、むくとちほおえんじゅなどの大木にまじって、桜、梅、桃、すもも、ゆすらうめ、栗、枇杷びわ、柿などの、季節季節の花樹や果樹があった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
大きなしいの樹の下の暗がりに、人目を避けるように、何か、待ち合せでもしているような振りで、三人の若者が、いずれも、素袷すあわせに、弥蔵やぞうをこしらえて、夜寒むに胴ぶるいをしながらたたずんでいたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
齒竝びはしいひしの實のようだ。