“挑(いど)” の例文
呼びかけ、挑(いど)みかけ、脅(おど)しつける——しかし「もう一つの」は、きまった時間にでなければ応(こた)えない。で、それも答えるのではない。
その腕を広げて、あろうことか、私に淫(みだ)らしい挑(いど)みを見せてまいったのです。そして、その獣物(けだもの)のような狂乱が、とうとう私に……
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
飛びついて来たからといって、この異様な珍客に争闘を挑(いど)むのではない、これを懐かしがって心からの抱擁を試みんとするものらしい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
または子供の野性というものは、余りに美しいものへは嗜虐的(しぎゃくてき)に、かえって無性な暴に誘惑されて挑(いど)みかかってみたくなるものか。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、その挑(いど)むやうな強い眼の色と全身に滲み出た一種圧迫的な怒気とはその表面の叮重さを明かに裏切つてゐた。効果は覿面(てきめん)だつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
追いつ追われつ挑(いど)み合っているらしく、小勢ながらも必死の敵をあしらいかねて、討っ手も少しく攻めあぐんでいるようにも見られた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし善良なリーリ・ラインハルトは、何物にもまただれにも挑戦してはいなかった。他人に挑(いど)みかかろうとは思っていなかった。
それは何かわたしの来るのを待っているらしい表情だった。わたしはこう云う朝鮮牛の表情に穏かに戦を挑(いど)んでいるのを感じた。
夢 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それを見たら、人間ならたちまち震(ふる)えあがって逃げ出すのであろうが、犬は逃げるどころか、かえってますます勢い烈(はげ)しく挑(いど)みかかった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
正三がじろじろ観察していると、順一の視線とピッタリ出喰(でく)わした。それは何かに挑(いど)みかかるような、不思議な光を放っていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
敢然として世に闘いを挑(いど)んでくれよう、という料簡(りょうけん)から、恰好(かっこう)な挑戦の相手として白樺派に白羽の矢を立てたのではあるまいか。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは倉地が葉子のしつっこい挑(いど)みと、激しい嫉妬(しっと)と、理不尽な疳癖(かんぺき)の発作とを避けるばかりだとは葉子自身にさえ思えない節(ふし)があった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)とした寺田の買い方にふと小憎(こにく)らしくなった顔を見上げるのだったが、そんな時寺田の眼は苛々(いらいら)と燃えて急に挑(いど)み掛(かか)るようだった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ある日、初日の商売を終わったその夜、その日の稼ぎが多かったためか、親方はいつもより酒を過ごして、またしても君子に挑(いど)みかかった。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
で、親族(しんぞく)の男(をとこ)どもが、挑(いど)む、嬲(なぶ)る、威丈高(ゐたけだか)に成(な)つて袖褄(そでつま)を引(ひ)く、其(そ)の遣瀬(やるせ)なさに、くよ/\浮世(うきよ)を柳隱(やなぎがく)れに、水(みづ)の流(なが)れを見(み)るのだ、と云(い)ふ。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
威丈高(いたけだか)にわめき立てると、執拗(しつよう)な上にも執拗に挑(いど)みかかりましたので、等しく群衆がはらはらと手に汗をにぎった途端——。
只興奮しているために、瑣細(ささい)な事にも腹を立てる。又何事もないと、わざわざ人を挑(いど)んで詞尻(ことばじり)を取って、怒(いかり)の動機を作る。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
モーラリッシュな素質あるものは、ものをいいたき心を挑(いど)まるるようなことのみ起こってゆく。今日は沈黙することのじつに苦しい時代である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼の眼は火花(ひばな)でもあり、燧石(ひうちいし)でもあつた。彼は何事も否認しなかつたが、あらゆるものに挑(いど)みかけるかのやうであつた。
「坊んち、阿母さんが死んだら踊りまへうか。」と、定吉は手に唾を付けて、竹丸に角力を挑(いど)む状(さま)をしながら言つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
が、次の瞬間、挑(いど)みかかる激情の光に急変すると、彼は立ち上って訶和郎の死体を毛皮のままに抱きかかえた。彼は荒々しく遣戸の外へ出ていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
行く路(みち)を扼(やく)すとは、その上(かみ)騎士の間に行われた習慣である。幅広からぬ往還に立ちて、通り掛りの武士に戦(たたかい)を挑(いど)む。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
北條某(ほうじょうなにがし)とやら申(もう)す老獪(ずる)い成上(なりあが)り者(もの)から戦闘(たたかい)を挑(いど)まれ、幾度(いくたび)かのはげしい合戦(かっせん)の挙句(あげく)の果(はて)が、あの三年(ねん)越(ご)しの長(なが)の籠城(ろうじょう)、とうとう武運(ぶうん)拙(つたな)く三浦(みうら)の一族(ぞく)は
鏃の深さと狙いの確かさは二人の精神的に重畳(ちょうじょう)されたものが、かくも鮮やかな互のいのちを取り合うことに、その生涯をかけて挑(いど)まれたものに思えた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
わが奇を好む心は、かの露肆(ほしみせ)の主人が言に挑(いど)まれて、愈〻熾(さかん)になりぬ。われは人なき處に於いて、はじめて此卷を繙(ひもと)かん折を、待ち兼ぬるのみなりき。
話し手の男は自分の話に昂奮(こうふん)を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑(いど)んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
宮廷の二人の女御ははなやかに挑(いど)み合った。帝は何よりも絵に興味を持っておいでになった。特別にお好きなせいかお描(か)きになることもお上手(じょうず)であった。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
山内侯に見染められたのも、水戸の武田耕雲斎(たけだこううんさい)に思込まれて、隅田川の舟へ連れ出して白刃(はくじん)をぬいて挑(いど)まれたのも、みな彼女の若き日の夢のあとである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それを引分(ひきわ)けうとて拔劍(ぬ)きましたる途端(とたん)に、彼(あ)のチッバルトの我武者(がむしゃ)めが劍(けん)を拔(ぬ)いて駈付(かけつ)け、鬪戰(たゝかひ)を挑(いど)み、白刃(しらは)を揮𢌞(ふりまは)し、徒(いたづ)らに虚空(こくう)をば斫(き)りまする程(ほど)に
彼らは知を誇らず、風に奢(おご)らない。奇異とか威嚇(いかく)とか、少しだにそれらの工(たくら)みが含まれない。挑(いど)むこともあらわな態(さま)もなく、いつも穏かであり静かである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
挑(いど)むような声だった。だが、すぐ顎の手を外し、首をガクッと落すと、急に弱々しい媚(こ)びるような声になって
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
むかし袈裟(けさ)が遠藤盛遠(もりとお)に挑(いど)まれたときには、無理を忍んでハイハイと返事し、もって母の危急を防いだが、いよいよ最後の守らねばならぬ点にいたっては
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
敵(てき)は米國軍艦(べいこくぐんかん)、我(われ)は帝國軍艦(ていこくぐんかん)、水雷(すいらい)砲火(ほうくわ)ならぬ陸上(りくじやう)の運動(うんどう)をもつて互(たがひ)に挑(いど)み鬪(たゝか)ふも亦(ま)た一興(いつきよう)であらうと思(おも)ふ。
是などはこしらえ話で、どうやら下(しも)の句の方が前にできていたようにも見える。或いはまた下の句の十四字をまず提出して、上(かみ)十七字の答を挑(いど)む例もあった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして力に余る困難に挑(いど)むことそれ自体が赤蛙の目的意志ででもあるかに考へてゐるやうな、私の迂愚(うぐ)を嗤(わら)ふであらう。私はしかし必ずさうだといふのではない。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
其男が勘当を赦(ゆる)されて新に召還(めしかえ)されたばかりの次の日出仕すると、左馬允、汝は大力相撲上手よナ、さあ一番来い、おれに勝てるか、といって氏郷が相撲を挑(いど)んだ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
むかし桜子(さくらこ)という娘子(おとめ)がいたが、二人の青年に挑(いど)まれたときに、ひとりの女身(にょしん)を以て二つの門に往き適(かの)う能(あた)わざるを嘆じ、林中に尋ね入ってついに縊死(いし)して果てた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
挑(いど)みあひ、絡(から)まりあつて、そこにいかにも詩人らしい運命のアラベスクを織り出しはじめてはゐる。
それは自動車の助手をしながら夜になると英語や数学を習いに来る李という元気な若者であった。彼は戸を閉めると挑(いど)みかかるような調子で私の前に立ちはだかった。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
それがきっかけとなり、ミミは僕をつかまえて、輪投げを挑(いど)んでしかたがなかった。結局、すこし狭いけれど、倶楽部の部屋を斜めに使って、輪投げ場をこしらえた。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此の時に多助が盗賊(どろぼう)とか何(な)んとか云えばよいのに、唯痛い/\と云って居ります。痛いには違いないが、誰(たれ)も助ける人はありません。多助は金を奪(と)られまいと挑(いど)み争う。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
又も飛付(とびつく)女の一念(ねん)止(とま)らぬ遣らじと爭(あらそ)ひける中茶屋の簀(す)の子(こ)を撞乎(どつかり)踏拔(ふみぬき)罵(のゝし)り合て挑(いど)みける此物音(おと)本坊(ほんばう)へ聞えしにや何事ならんと朝(あさ)看經(かんきん)の僧侶達(そうりよたち)下男諸共十六七人手に/\棒(ぼう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それはそこにいる者ぜんぶの感情を一つに固め、一団の火となって「官権」に挑(いど)みかかった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「病気? あの男が病気だっておっしゃるんですね?」そして、その紳士が病気そのものででもあるかのように、ほとんど挑(いど)みかかるような様子で男のほうに近づいていった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
さて山城のワカラ河に行きました時に、果してタケハニヤスの王が軍を興して待つており、互に河を挾んで對(むか)い立つて挑(いど)み合いました。それで其處の名をイドミというのです。
酒など飲んだ後などはただわけもなく女共に挑(いど)み掛っては躁(はしゃ)ぎ廻る程の男なんですが、それでもD50・444号の無気味な経歴に対しては少からず敬遠——とでも言いますか
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
今日電車通に繁昌せる魚久は当時魚屋にて仕出しをなせしのみ。三番町表通に大周楼といふ牛肉屋に接して小料理や魚清あり。麹坊派(きくぼうは)の文士画家一時競つて魚清の娘お清を挑(いど)む。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
うろうろと原野をさまよい、ゆるりゆるりと流れひろがるのであった。数々の草や木は、その水に向ってたたかい挑(いど)んだ。根を張ろうとあせるのだ。季節が来ると川はあふれた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
雪之丞は、敵が、挑(いど)みに応じて、荒ら立って来るのを望んだ。そこに、彼はたやすく活路を見いだし、左(さ)まで精力を費すこと無しに、身の自由を得られることを信じるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
家来たちに真剣勝負を挑(いど)んだ。けれども家来たちは、真剣勝負に於いてさえも、本気に戦ってくれなかった。あっけなく殿様が勝って、家来たちは死んでゆく。殿様は、狂いまわった。
水仙 (新字新仮名) / 太宰治(著)