とうと)” の例文
わたくしは因縁こそ実にとうとくそれを飽迄あくまでも大切にすべきものだと信じてります。其処そこに優しい深切しんせつな愛情が当然おこるのであります。
つらつら観ずれば、人の命なるもの、たつとしと思えば、尊ときに相違なけれど、とうとからずと見る時は、何のまた些少いささかの尊さのあるべき。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
読方よみかただって、何だ、大概たいがい大学朱熹章句だいがくしゅきしょうくくんだから、とうと御経おきょう勿体もったいないが、この山には薬の草が多いから、気の所為せいか知らん。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆうすなわちとくとくすなわちゆうと考えられていた。かかる時代にはよしや動物性が混じ、匹夫ひっぷゆう以上にのぼらずとも、それがとうとかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これ一箇だけでも時価じか百五十万円はするといわれていた(このダイヤは、あるとうと仏像ぶつぞうからはずした物だといううわさもあった)。
骸骨館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
最も容易に天をとうとぶ思想に移り得たのだが、それが沖縄ではやや遅く始まったために、まだ完全なる分離をげなかったのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この豐玉姫様とよたまひめさまわれる御方おかたは、だい一の乙姫様おとひめさまとして竜宮界りゅうぐうかい代表だいひょうあそばされる、とうと御方おかただけに、矢張やはりどことなく貫禄おもみがございます。
そのうちに、あなたもわかってきますよ。いちばんとうと御褒美ごほうびっていうのは、名誉めいよにだけなって、べつとくにはならないような御褒美ごほうびです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
それにもかかわらず、何故にブラームスの音楽は美しくとうといか、例によって私はその簡単な伝記から調べて一つの結論に到達しようと思う。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
総て功利の念をもって物をそうらわば、世の中にとうとき物は無くなるべし、ましてやその方が持ち帰り候伽羅は早速き試み候に
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
葉子は生命のとうとさをしみじみと思い知った。死もしくは死の隣へまでの不思議な冒険……そう思うと血は凍るかと疑われた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それならばなぜ彼がこの明白な事実をわざと秘密に附していたのだろう。簡単に云えば、彼はなるべくおのれをとうとく考がえたかったからである。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一生のうちの、とうとい季節だ。この小説は、わたくしが少年へ書いた長編の最初のもので、また、いちばん長いものである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このはなしをおきになると、おうさまは、ほんとうに、そのやさしいこころがけに感心かんしんなされました。それからほしとうとまれました。
王さまの感心された話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「次郎君、そのきずは僕の一命を救ってくれたとうとい血なんだ、ぼくはみなに心配をかけた、すまない、ゆるしてくれたまえ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
わけて御化粧の間の御用具の中でも御鏡はとうといもの、かしこきあたりの御目にも留まることで、仕事の難易はとにかくことおろそかに取り掛かるものでないから
また、神さまが、大海たいかいのまん中へこの日本の島を作りお浮かべになった、そのときのありさまにもよくている。ほんとはとうとくもめでたいことである。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
山育ちの彼は、これを形容すべき適当のことばを知らなかった。重太郎は徒爾いたずらに眼をみはり、手を拡げて、とうとき宝であるべきことをしきりに説明ようと試みた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
よく何年、何十年の経験とか言って、世間の人からとうとがられますが、経験だとて間違いがないとは限りませんよ
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
武士族ぶしぞくとうといお方をも、いやしい穢多えたをもひとしくうやまいます。ひとりをたっとびひとりをいやしみません。
手紙 二 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ほとんど信じ難い奇怪事である。しかしたら、耄碌もうろくした老人の幻覚であったかも知れぬ。だが本人は確かに阿弥陀あみだ様の様なとうとい金色の人を見たといっている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右の事実はすべてを説明するものであった。そしてゲルマン式自尊心は、ますますおのれをとうとむとともに敵を軽蔑するの理由を、そこに見出したのであった。
今一つ短いのはなんでしたッけ、うむ鎧通しともいう、一事一点間違があれば切腹致すべきとうとい処の腰の物、それをなんだ無礼至極、どの様に仰しゃっても宜しい
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あなたのようなとうといお上人しょうにんさまにおにかかったのは、わたしのしあわせでした。どうかあなたのあらたかな法力ほうりきで、わたしをおすくいなすってくださいませんか。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
七兵衛はそれを見ると、とうといような気がしました。内で、一切を忘れて清らかな興にふけっている人たちも尊いが、こうして忘れられながら夜を守っている犬も尊い。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それで、不思議な魔法めいた術のことも、空の星の数も頭の毛の数も、誰にも伝えられずに、ただ彼の石の身体だけが、永く残りまして、学者達からとうとばれおがまれています。
魔法探し (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
いつもひだるい腹を抱えて居るところでとうといラマに逢いに行くと、ラマというのは大抵皆金満家ですから昼御膳ごぜんなどはなかなか立派なもので、前には乾肉ほしにくの山が出来て居る位。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おぼろげに感得していたものの、先きは人も知った人格者であり、とうといあたりへも伺候して、限りない光栄をになっている博士なので、もし葉子の嬌態きょうたいに魅惑された人があるとしても
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山の頂の夕焼は最後の光を見せている。あの広野ひろの女神達めがみたちが歩いていて、手足の疲れるかわりには、とうとい草を摘み取って来るのだが、それが何だか我身に近付いて来るように思われる。
「俺の避難所はプアだけれど安全なものだ。俺も今こそかの芸術の仮面家どもを千里の遠くに唾棄だきして、安んじて生命のとうとく、人類の運命の大きくして悲しきを想うことができる……」
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
宇宙の神を以て余の父の父ととうとみ、彼自身よりの黙示を以て真理の標準と信じ、己の一身を処するにおいても、余の国に尽さんとするにおいても、基督教会に対する余の位置においても
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
すべておのが人を教ふるは、道を明らかにせむとなれば、とにもかくにも道を明らかにせむぞ、吾を用ふるにはありける。道を思はで、いたづらに吾をとうとまんは、わが心にあらざるぞかし。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はそれが自分の無能力に裏書きをするように思われて、寂しくなったこともよくあった。が、一方またそれが自分の芸術的良心を計る物差しとして、とうとみたいと思ったこともたびたびある。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
十分に手当をしてやるがよい——源蔵ッ! 狂人の所業しょぎょうとみなしてこのたびは差し許す、重ねてかようなことをいたさんよう自ら身分をとうとび……ではない、第一に法をたっとばんければいかん。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いのりには効あり、ことばにはげんありければ、民翕然きゅうぜんとして之に従いけるに、賽児また饑者きしゃにはを与え、凍者には衣を給し、賑済しんさいすること多かりしより、ついに追随する者数万に及び、とうとびて仏母と称し
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
人のいのちのとうとさを、しみじみと味わえる年になってきた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
子供の教育の一番とうとい立場はただそこにあると思います。
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
「好い仕事の貴いことが分っているなら、大友氏をとうとべ」
首切り問答 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
くわしいことはあと追々おいおいはなすとして、かく人間にんげん竜神りゅうじん子孫しそんそちとてももとさかのぼれば、矢張やはりさるとうと竜神様りゅうじんさま御末裔みすえなのじゃ。
「これだこれだ。この金環だ。ああよくもわが手に帰ってきたものだ。わが生命よりもとうといこの世界の宝物ほうもつ! どれ、よく中を改めてみよう」
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
外界の音と絶った大音楽家が、四つの弦楽器のために作曲した後期の四重奏曲はまことにとうとい(作品一二七、一三〇、一三一、一三二、一三五)
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
かよは、おかあさんが、まだ生徒せいと時代じだいから、この学校がっこうおしえていられる先生せんせい生活せいかつかんがええると、なんとなくとうとあたまがるようながしました。
汽車は走る (新字新仮名) / 小川未明(著)
「朝ならば夜の前に死ぬと思え。夜ならば翌日あすありと頼むな。覚悟をこそとうとべ。見苦しき死にざまぞ恥の極みなる……」
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕がいかなる人に対してもかかる力を持っているというのではないのです。ただあなたに対してです。あなたはいつでも僕の品性をとうとく導いてくれます。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「ええ、ありがとう、ですからマグノリアの木は寂静じゃくじょうです。あの花びらは天の山羊やぎちちよりしめやかです。あのかおりは覚者かくしゃたちのとうとを人におくります。」
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いつもは一晩ひとばんぐらいおこもりになっても、明日あすあさはきっとおましになって、みんなにいろいろととうといおはなしをなさるのに、今日きょうはどうしたものだろうとおもって
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
文「いつに変らぬお情、切腹を御免になり、又流罪を御赦免下さいましたのも、皆其許そこもとのお執成とりなしと右京殿の御仁心ごじんしんによる事、文治は神仏よりとうとく思うて居ります」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかして男子としてむべきはこの種のゆうを有したからで、国がやや進歩し、法律をもって善悪曲直きょくちょく判別はんべつする時代にいたっても、依然としてなお匹夫ひっぷゆうとうとばれ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「そしてだれがみずから一命をかけて、この冒険ぼうけんをやるのだ、まちがえばとうとい人命をなくすのだ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
神は人よりも常にとうといという今日の考えかたとはちがって、人のすぐれて霊あるものをも、カミと名づけてあがめとうとむ習わしが昔はあり、それが職分となり世襲となれば
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)