へい)” の例文
「伊豆さまの屋敷だよ」と長次は云った、「伊豆さまの屋敷に大きな銀杏の樹があるだろう、風が吹くと、実がへいの外へ落ちるんだ」
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その半刻の間、お前は路地の暗がりに隱れてゐて、皆んな歸つた後で、木戸を閉めに出たお菊を殺し、へいを乘り越えて逃げ出した筈だ
で、豆小僧はも一つ大般若のお守札を出して、ほふり出すと、たちまちそこに高い/\、天までとどくやうな高いへいが出来ました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
おじいさんは、わざと勝手かってもとから、もんほうへまわりました。そして、へいについている節穴ふしあなから、そとのようすをのぞいてました。
日の当たる門 (新字新仮名) / 小川未明(著)
尖端せんたんうへけてゐるくぎと、へい、さてはまた別室べつしつ、こは露西亞ロシアおいて、たゞ病院びやうゐんと、監獄かんごくとにのみる、はかなき、あはれな、さびしい建物たてもの
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
足利あしかが時代からあったお城は御維新のあとでお取崩とりくずしになって、今じゃへい築地ついじの破れを蔦桂つたかづらようやく着物を着せてる位ですけれど
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
築地ついじへいだけを白穂色しらほいろにうかべる橘のやかたに、彼女を呼ばう二人の男の声によって、夕雲はにしきのボロのようにさんらんとして沈んで行った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
雨戸を細目にあけて外をのぞいて見ると、へいは倒れ、軒ばのかわらははがれ、あらゆる木も草もことごとく自然の姿を乱されていた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
途中には奥行きの相当深いらしい料亭りょうていへいの外に自動車が二三台も止まっていたりして、何かなまめかしい気分もただよっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
眼に見えないうずまきが、玉のように往来をころがって行って、家々のへいにぶつかって爆発するのだ。砂けむりが上がっていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あとで源助は奥の騒ぎを聞きつけて、いきなり自分の部屋を飛びだし、こぶしふるって隣家となりへいを打ち叩き、破れるような声を出して
なんだって、おまえへい乗越のりこえてて、盗賊ぬすびとのように、わたしのラプンツェルをってくのだ? そんなことをすれば、いことはいぞ。」
ところが喜いちゃんのうちは銀行の御役人である。へいのなかに松が植えてある。冬になると植木屋が来て狭い庭に枯松葉かれまつばを一面に敷いて行く。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪のはだれる音、塀にじ登る音、——それぎりひっそりしてしまったのは、もうどこかへいの外へ、無事に落ち延びたのでございましょう。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こののこぎりなんなくれる家尻やじりを五つましたし、角兵ヱかくべえ角兵ヱかくべえでまた、足駄あしだばきでえられるへいを五つました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
春木は、首をちぢめて、へいのかげにとびこんだ。二十日あまりの月明つきあかりであった。姿を見られやすいから、行動は楽でない。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
業平なりひら橋を渡って数丁行くと、とある山側のやしきへいから枝をさし出した一本の桜が、早くも見事な花を着けているのに心づいた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
丁度午後の日を真面まともにうけて、宏壮おほきな白壁は燃える火のやうに見える。建物幾棟いくむねかあつて、長いへいは其周囲まはりいかめしく取繞とりかこんだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
へいの面影はあるが塀のさかいは雑草でまっています。その関の屋敷のなかへ、今こういいながら玄関をのぞいて裏へ廻ったひとりの男がある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場のへいをよじのぼって、その声の主を、ひとめ見たいとさえ思った。
I can speak (新字新仮名) / 太宰治(著)
薄曇りの空には微熱にうるむひとみがぼんやりと感じられた。と、コンクリートのへいに添う並木の姿が彼の眼にカチリと触れた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
へいと塀とは続いても隣の家の物音さえ聞えない坂上は大きな屋敷門に提灯の配合うつりが悪く、かえって墓場のように淋しかった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
川添いのその天理教の本部は、いかにも涼しそうに庭に水が打ってあって、かえでの青葉が、爽かにへいの外にふきこぼれていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
へいからおつかぶさりました、おほきしひしたつて、半紙はんしりばかりの縱長たてながい——膏藥かうやくでせう——それ提灯ちやうちんうへかざして、はツはツ
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
正面および右側にへい。右側の塀の端に通用門。塀の向こうに寺の建物見ゆ。庭には泉水あり。そのほとりに静かな木立ち、その陰に園亭えんていあり。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「証拠が見たいとおっしゃるのですか。証拠はこれです。今、お宅の中からへいのそとへ、これを投げたものがあるのです」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この四つに分かれた住居すまいは、へいを仕切りに用いた所、廊で続けられた所などもこもごもに混ぜて、一つの大きい美観が形成されてあるのである。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかもなくこの陰鬱いんうつ往来わうらい迂曲うねりながらにすこしく爪先上つまさきあがりになつてくかと思ふと、片側かたがはに赤くつた妙見寺めうけんじへい
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
向うへ連れてゆきますから、そうしたら、あの勝手口から逃げていって、ちょうだい。ボク、あすの朝早く、そっとへいのところへゆきますから……
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
通りに向って同じように並んだコンクリートのへいを、貞子の家の方へ曲ると、思いがけなくぱったりと貞子に出会った。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
薄暗い雨の夜に隣家となりへいから伸び出てゐる松の枝は、彼れの身體をぶら下げて息の根を絶つに役立つやうだつた。……
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
へいが倒れ、寺や神社の大樹が折れなどして大あらしの後の市中は散々の光景で、私宅なども手酷てきびしくやられました。
故郷の町でも、広場に教会があり、その教会は一部分古い墓地に囲まれ、その墓地には高いへいがめぐらされていた。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
俺ア今朝も校門のへいに、洋服を売りたしと書いたビラが七枚もブラ下っているのを見て泣いて来たんだ。だが糞ッ、日本の学生なんかに負けるもんかッ
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
兵馬は、それから小提灯をふところに入れ、戸締りをしておいて、さいぜんの曲者が乗越えたへいに近い潜り戸から、邸の外へ出てみる気になりました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
球は大地をたたいて横のへいを打ちさらにおどりあがって千三の豆腐おけを打ち、ころころとどぶの方へころがった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
わたしたちの領分とザセーキン家の領分との地境じざかいを成している垣根が、共同のへいにぶつかっている庭のはずれに、もみの木が一本、ぽつんと立っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかし一夜が明ければX—新聞は依然として朝まだきの郵便箱を訪問に来るし、木札はぎとられ、釘は易々やす/\と曲げられ、へいには無惨な穴が開いてゐた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
自分たちの墨絵すみえ影法師かげぼうしが、へいからぬけ出して踊りはねるというんですから、待ちきれませんでした。翌朝は早くから眼をさまして、皆誘い合わせました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そのなかでもとりわけ立派りつぱ總縫模樣そうぬいもやう晴着はれぎがちらと、へいすきから、貧乏びんぼう隣家となりのうらにしてある洗晒あらひざらしの、ところどころあてつぎ などもある單衣ひとへものをみて
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
鉄門はすでに固くとざされたり、赤煉瓦あかれんぐわへいに、高く掲げられたる大巾おほはばの白布に、墨痕ぼくこん鮮明なる「社会主義大演説会」の数文字のみ、燈台の如く仰がれぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
さてその日も、ご飯を頂戴いたしましたので、台所口から出て、へいに添って往来とおりの方へ歩いて行きました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アメリカの住宅地で、日本と一番ちがっている点は、屋敷の周囲に、へいを立てめぐらさないことである。
ウィネッカの秋 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ベソをかきながらへいに沿うて屋敷の周囲を廻ってみたが、周囲の小門はかたく閉されてあったし、右に廻っても左に廻っても塀のつきるところは池になっていた。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
まだかまだかとへいの廻りを七度び廻り、欠伸あくびの数も尽きて、払ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわしたたかさされ、三五郎弱りきる時、美登利立出でていざと言ふに
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ところが監獄のへいの外にも、彼の考えたような自由はその影もなかったように、また甲板の上で考えたような自由と幸福とは、決して陸上にもありはしなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
村でいちばん高い椎のと、その下の崩れかかった長い白壁のへいとが、旦那の家の目印になっている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
若い大工がかなづちをこしにはさんで、もっともらしい顔をして庭のへいや屋根を見廻みまわっていたがね、本当はやっこさん、僕たちの馳けまわるのが大変面白かったようだよ。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかしへいに沿うて路地を入って行くと井戸もそのままで、塀の節穴からのぞけば庭も元のままで、その隣の庭もそのままのようで松樹などが塀の上からのぞいていた。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
江戸堀えどぼり公判廷に至るの間はあたかも人をもてへいを築きたらんが如く、その雑沓ざっとう名状めいじょうすべくもあらず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)