五月雨さみだれ)” の例文
やがて五月雨さみだれのころにでもなろうものなら絶え間なく降る雨はしとしと苔に沁みて一日や二日からりと晴れてもかわくことではなく
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
夏山 夏野 夏木立なつこだち 青嵐 五月雨さみだれ 雲の峰 秋風 野分のわき 霧 稲妻 あまがわ 星月夜 刈田 こがらし 冬枯ふゆがれ 冬木立 枯野 雪 時雨しぐれ くじら
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
まだ五月雨さみだれぞらの定まりきれないせいか、今朝も琵琶湖びわこ模糊もことして、降りみ降らずみの霧と小波さざなみに、視界のものはただ真っ白だった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて子刻ここのつ、上野の鐘が五月雨さみだれの空に籠って聞えて来ると、見馴れた場所柄とも思えぬ、不思議な不気味さが犇々と長次の身に迫ります。
此の年の五月雨さみだれは例年より遙かに長かったらしい。霧を伴い、亦屡々豪雨の降ったことは当時の戦記の到る所に散見して見える。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
五月雨さみだれのつれづれに、「どれ書見でも致そうか。」と気取った処で、袱紗ふくさで茶を運ぶ、ぼっとりものの腰元がなかったらしい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かの壮士ははからずもその術にひっかかったものです。降りみ降らずみ五月雨さみだれの空が、十日も二十日も続く時は、大抵の人が癇癪かんしゃくを起します。
うれしそうに人のそわつくを見るに付け聞くに付け、またしても昨日きのうの我が憶出おもいいだされて、五月雨さみだれ頃の空と湿める、嘆息もする、面白くも無い。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
青石横町にいると、五月雨さみだれの雨上りの日などすくい網をもって、三枚橋の下へ小蝦こえびや金魚をすくいに来たから、石段をおりれば道は知っていた。
試みに「春雨」「五月雨さみだれ」「しぐれ」の適切な訳語を外国語に求めるとしたら相応な困惑を経験するであろうと思われる。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはけぶるような五月雨さみだれの午後で、新村邸の梅林には、雨にぬれたこまかい葉蔭に、うれた梅の実が点々と眺められた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雨戸の外は五月雨さみだれである。庭の植込に降る雨の、鈍い柔な音の間々あいだあいだに、亜鉛あえんといを走る水のちゃらちゃらという声がする。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
残花道人つて桂川を渡る、期は夜なり、風は少しく雨をまじゆ、「昨日きのふ今日けふ五月雨さみだれに、ふりくらしたる頃なれど」
ちょうど五月雨さみだれったりんだりいつもうっとうしいそらのころで、よるになるとまっくらで、つきほしえません。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
長く寒く続いた五月雨さみだれのなごりで、水蒸気が空気中に気味わるく飽和されて、さらぬだに急にがたく暑くなった気候をますます堪え難いものにした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
百円札の束をぐるぐると新聞紙にくるんだり、思い出してもゾッとするような五月雨さみだれが、ショボショボ降ったり——イヤ、そんなことはどうでもいい。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
綿ぬきという四月にも綿衣わたいれをかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨さみだれの降り残りが此の月にまでこぼれ出して
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五月雨さみだれのころは源氏もつれづれを覚えたし、ちょうど公務も閑暇ひまであったので、思い立ってその人の所へ行った。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
隣へ通う路次ろじを境に植え付けたる四五本のひのきに雲を呼んで、今やんだ五月雨さみだれがまたふり出す。丸顔の人はいつか布団ふとんを捨ててえんより両足をぶら下げている。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうなるともうすぐに五月雨さみだれの季節である。栗の花や椎の花が黄金色に輝いて人目をひくのはそのころである。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
春の茶摘ちゃつみ歌、五月雨さみだれ頃の田植歌、夏の日盛りの田草取の歌から、秋の哀れも身にきぬたの音、さては機織はたおり歌の如き、いやしくも農事に関する俗歌俗謡の如きものは
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
すすきの芽が延びて来た。春が倐忽しゅっこつと逝ったのである。五月雨さみだれ木下闇このしたやみ、蚊のうなり、こうして夏が来たのである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何でも五月雨さみだれさびしい夜でしたがネ、余り徒然つれづれまゝ、誰やらの詩集を見てる時不図ふと、アヽわたしヤ恋してるんぢや無いか知らんと、始めて自分でさとりましたの、——
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
維新いしんへんれは靜岡しづをかのおとも、これは東臺とうだい五月雨さみだれにながす血汐ちしほあかこヽろ首尾しゆびよくあらはしてつゆとやえし、みづさかづきしてわかれしりのつま形見かたみ此美人このびじんなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
朝から晩までべちゃくちゃさえず葭原雀よしわらすずめの隠れにもなる。五月雨さみだれの夜にコト/\たた水鶏くいなの宿にもなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
安は埋めた古井戸の上をば奇麗に地ならしをしたが、五月雨さみだれ、夕立、二百十と、大雨たいうの降る時々地面が一尺二尺もくぼむので、其のは縄を引いて人のちかづかぬよう。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
水車場とこの屋との間を家鶏にわとりの一群れゆききし、もし五月雨さみだれ降りつづくころなど、荷物ける駄馬だば、水車場の軒先に立てば黒き水はひづめのわきを白きわら浮かべて流れ
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ゆく尿ししの流れは臭くして、しかも尋常の水にあらず、よどみに浮ぶ泡沫うたかたは、かつ消えかつ結びて、暫時しばしとどまる事なし、かの「五月雨さみだれに年中の雨降り尽くし」とんだ通り
五月雨さみだれ揚句の洪水おおみずが濁りに濁って、どんどと流れて、堤を切ってあふれて出たとも申しましょうか。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある五月雨さみだれのふり続いた午後、Nさんは雪平ゆきひらかゆを煮ながら、いかにも無造作むぞうさにその話をした。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は古人の「五月雨さみだれの降り残してや光堂」の句を、日をへだててではありましたが、思い出しました。そして椎茜しいあかねという言葉を造って下の五におきかえ嬉しい気がしました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そのあげく五月雨さみだれの降る或る夕方のこと、手に手に棒千切ぼうちぎりを持った十四五人が「金貸し後家」のうちのまわりを取り囲むと、強がりの青年が三人代表となって中に這入はいって
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「奥州名取のこおりに入りて中将実方の塚はいづくにやと尋ねはべれば、道より一里半ばかり左の方笠島といふ処にありと教ふ。降り続きたる五月雨さみだれいとわりなく打過ぐるに。」
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
たとへ七二泉下せんかの人となりて、七三ありつる世にはあらずとも、其のあとをももとめて七四つかをもくべけれと、人々に志を告げて、五月雨さみだれのはれ七五手をわかちて
五月雨さみだれの降る晩に、車の庄の長者は、八百人の家来をつれて、長鍬長者が屋敷へ押し寄せて来たのぢや。長鍬の長者の方でも、四方の門を閉め切つて、七日七夜も戦つたのぢや。
黄金の甕 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
けれど、五月雨さみだれころとて、淡青ほのあを空気くうきにへだてられたその横顔よこがほはほのかにおもひうかぶ。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
五月雨さみだれで増水しているところへ無理をして渡河強行いたしますならば、人も馬も多く失われるは必定、淀、一口いもあらいへまわるか、または河内路へまわって、そこから対岸に渡るべきか
五月雨さみだれ雲の間に見え隠れする白馬連峯を物色するうち、やがて見覚えの代馬が所在を示した。さすがにまぎらわしい周りの露岩は多いけれど、まず完全といってよいほどの姿である。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
ある温暖あたゝか五月雨さみだれのじと/\降る日の暮方、彼が社から歸つて傘をすぼめて共同門を潜ると、最近向うから折れて出て仲直りした煎餅屋の内儀かみさんが窓際で千登世と立話をしてゐたが
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
五月雨さみだれにこゝろ乱るゝふる里をよそに涼しきつきや見るらむ、など口にまかせ候。政之。御令妹このほど御歌は上達、感入かんじいり候也。書余譲後信こうしんにゆずる。努力加餐かさん。不宣。七月十一日。応渠再拝。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
東京府下南葛飾郡葛西村字大島の共同井戸より、フトこのごろの五月雨さみだれ続く夜ごとのさびしさにつれて、青白き一団の陰火立ちのぼり、四、五尺の高さにてパッとかき消さるるを見たり。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
あの銀色をした温味のある白毛のしとねから、すやすやと聞えやうかと耳を澄ます、五月雨さみだれには、森の青地を白く綾取あやどつて、雨が鞦韆ブランコのやうに揺れる、椽側えんがはに寝そべりながら、団扇うちはで蚊をはたき
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
その日は欝陶うっとうしい五月雨さみだれのじめじめと降りしぶいている日であった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
五月雨さみだれの止まぬに雑草くさは苅れずして小さきは小さき花を咲かせぬ
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
前に夏の部で評釈した句「五月雨さみだれ御豆みず小家こいえ寝醒ねざめがち」
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
と、その後又幾月か過ぎて、或る五月雨さみだれの降る晩であった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
香盤かうばんに白檀そへて五月雨さみだれの晴間を告げぬさもらひびとは
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
五月雨さみだれのしとしとと降る頃を、何か分らぬ時を過した。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
水層みかさまし巌浪たかし五月雨さみだれのふる川柳根を洗ふまで
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
一茶に「五月雨さみだれの竹にはさまる在所ざいしょかな」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)