わらい)” の例文
そのついでにニッコリと笑って平炉の広い板張のデッキへ帰りかけたが、そのニコニコわらいが突然に、金縁眼鏡の下で氷り付いてしまった。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。」……大歎息おおためいきとともに尻をいたなごりのわらいが、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「君はカフェ・ドラゴンの女給がだいぶん、気に入ったようだったネ」帆村は、人の悪そうなわらいをうかべて、私を揶揄からかった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうするとこれを聞いたこなたのきたな衣服なりの少年は、その眼鼻立めはなだちの悪く無い割には無愛想ぶあいそう薄淋うすさみしい顔に、いささか冷笑あざわらうようなわらいを現わした。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そうかなあ」と突飛とっぴな声を出すやつがいる。聴衆はどっと笑った。道也先生は平然としてわらいのしずまるのを待っている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ヂヂババは通例男女というまでの意味で、これも以前には田舎の子供たちが、無邪気なわらいの料に用いたことがあった。
冷たいわらいが頬に淀んだのもほんの暫らく、次の瞬間、欽之丞の手は、芳年の縄を解いて、その着物を剥ぎ始めます。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
駄洒落だじゃれを聞いてしらぬ顔をしたり眉をひそめたりする人間の内面生活は案外に空虚なものである。軽いわらいは真面目な陰鬱いんうつな日常生活にほがらかな影を投げる。
偶然の産んだ駄洒落 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
今まで彼女につきまとつてゐた憂鬱ゆううつさが消えて、はじめて丸やかな女の肉声をそのわらいに聴くやうに伊曾は思つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
と彼は微笑して言った、その眼元めもとには心の底にひそんで居る彼のやさしい、正直な人柄の光さえ髣髴ほのめいて、自分には更にそれいたましげに見えた、其処そこで自分もわらいを含み
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「まあ僕はしましょう」純一はわらいを含んでこう云った。しかしこの席に這入ってから、ややもすれば奥さんの自分を庇護してくれるのが、次第に不愉快に感ぜられて来た。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は若き友がその抱ける知識と思想とに照らして無遠慮に彼を批難するに会して、憤激の情は一転化してつめたわらいとなり、皮肉の言葉を並べて相手を翻弄ほんろうせんとするのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ト口早に制して、お勢が耳をそばだてて何か聞済まして、たちまち満面にわらいを含んでさもうれしそうに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
わらいが怪量の頬にのぼった。やにわに主人あるじの体を抱きあげたかと思うと、窓を開けて谷底へ投げ飛ばした。投げ飛ばして怪量は家の中を見まわした。戸締はみななかから厳重に出来ていた。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出してわらいを後世にのこしたるのみ。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
... なさけあだしためならず、皆これ和主にまいらせんためなり」ト、いふに黒衣も打ちわらいて、「そはいとやすき事なり。幸ひこれに弓あれば、これにて共にき往かん。まづ待ち給へせん用あり」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
き出さん場合なれどもお登和嬢の前にて大原を軽蔑するように見せてはのちのためしかりなんとわらいを忍び「お登和さん出して見てもようございますか」お登和「ハイ」と気のなき返事。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そこで、突然笑いをめて、もう一度その田中と名乗る男の顔を、つくづく眺めた訳ですが、同時に田中の方でも、ピッタリとわらいを納め、やっぱり笑いごとじゃないといった表情なんです。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
舞台の悪ふざけが加わる度に、蓆敷むしろじきの上の看客からは、何度も笑声しょうせいが立ちのぼった。いや、そのうしろの将校たちも、大部分はわらいを浮べていた。が、俄はその笑ときそうように、ますます滑稽こっけいを重ねて行った。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鮫のいたあぎとを覗いてあなたはおわらいなさる。
敵が見たら、さぞ気味の悪いわらいだろう。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
(へッ、へッ。)と、先はお役人様でがさ、お世辞わらいをしたばかりで、こちらも肩で捻向くつらだ、道陸神どうろくじんの首を着換つけかえたという形だてね。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども私が、脳振盪のうしんとうを起して倒れたとすれば、諸君のわらいは必ず倫理的の同情に変ずるに違いありますまい。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と笑おうとした一彦でしたけれど、老人を笑うなんてよくないと思って、あわててわらいをかみころしました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ハハハ」「ハハハ」と軽いわらいで、双方とも役者が悪くないから味な幕切まくぎれを見せたのでした。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その時己は奥さんの目のうちの微笑が、凱歌がいかを奏するようなわらいに変じているのを見た。そして一たびえた無意味な、余所々々よそよそしい対話が又続けられた。奥さんを敵とする己の感じは愈々いよいよ強まった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
支那人風の巨漢おおおとこは顔中に張切はちきれんばかりのわらいを浮かめて立上った。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
謙作は台湾のに焦げた肉の締った隻頬かたほおわらいをちょと見せた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
要次郎の頬を苦いわらいがかすめます。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いや。おわらいあそばすから。3180
妻君わらいを含み
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
憑物つきもののある病人に百万遍の景物じゃ、いやもう泣きたくなりまする。はははは、泣くよりわらいとはこの事で、何に就けてもお客様に御迷惑な。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すいほど迷う道多くて自分ながら思い分たず、うろ/\するうち日はたち愈〻いよいよとなり、義経袴よしつねばかま男山おとこやま八幡はちまんの守りくけ込んでおろかなとわらい片頬かたほしかられし昨日きのうの声はまだ耳に残るに、今
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「北のかたなる試合にも参り合せず。乱れたるは額にかかる髪のみならじ」と女は心ありげに問う。晴れかかりたるまゆに晴れがたき雲のわだかまりて、弱きわらいいてうれいうちより洩れきたる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひんなりとした男振おとこぶりにてかすりあいに引つ立つて見ゆる色の白さ、先づ一杯とさかずき差したる三谷が、七分の酔を帯びたる顔にわらいを含み、御苦労を願つたは私の用といふでもなく、例の商用といふでもなし
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
乱暴なつむじ曲りの伊沢の口許くちもとに無邪気なわらいあふれた。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「……はあ、うございます。ほほほ。」とわらいが散らぬまで、そよそよ、と浅葱の団扇の風を送る。指環の真珠がつ涼しい。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪の結様ゆいようどうしたらほめらりょうかと鏡にむかって小声に問い、或夜あるばん湯上ゆあがり、はずかしながらソッと薄化粧うすげしょうして怖怖こわごわ坐敷ざしきいでしが、わらい片頬かたほに見られし御眼元めもと何やらるように覚えて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
金縁の裏にはあざけるようなわらいが見えた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
純一はやわざとらしいわらいをした。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おとがいを削ったようにいうと、年増は杓子で俯向うつむいて、寂しそうに、それでも、目もとには、まだわらいくまが残って消えずに
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少しはまぎれて貧家にぬく太陽のあたるごとさびしき中にも貴きわらいの唇に動きしが、さりとては此子このこの愛らしきを見様みようとも仕玉したまわざるか帰家かえられざるつれなさ、子供心にも親は恋しければこそ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
呼吸いきも絶ゆげな、なえたような美津のせなを、屏風の外で抱えた時、お珊は、その花やかなわらいを聞かしたのである。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのわらいが、日南ひなたに居て、蜘蛛の巣の影になるから、鳥がくちばしを開けたか、猫が欠伸あくびをしたように、人間離れをして、笑の意味をなさないで、ぱくりとなる……
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次へ、それから、引続いて——一品料理の天幕張テントばりの中などは、居合わせた、客交じりに、わはわはとわらいゆする。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたい達引たてひくからいわ、」といって蝶吉は仇気あどけない顔に極めて老実な色を装った。梓はこれを聞いて、何か気がさしたような様子であったが、わらいに紛らして
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
霧の中にわらいにじが、ぱっと渡った時も、独り莞爾にっこりともせず、傍目わきめらず、同じようにフッと吹く。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その口癖がつい乗った男の方は、虚気うつけ惑溺わくできあらわすものと、心付いた苦笑にがわらいも、大道さなか橋の上。思出しわらいと大差は無いので、これは国手せんせい我身ながら(心細い。)に相違ない。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
座敷は其方此方そちこち人声ひとごえして、台所にはにぎやかなものの音、炉辺ろべりにはびたわらいも時々聞える。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
貴下あなたの御病気を幸いといっては恐縮千万、はははは、」と、四辺あたりはばかった内証わらい
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)