目前もくぜん)” の例文
こう注意ちゅういしてやると、後方こうほうから、前線ぜんせんおくられたばかりの、わか兵士へいし一人ひとりが、目前もくぜんで、背嚢はいのうをおろして、そのうちあらためていました。
少女と老兵士 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかれども一人一手にてせいするゆゑ、けふはうりきらしたりとてつかひの重箱むなしくかへる事度々なり、これ目前もくぜんしたる所なり。
わたくしはハツトおもつて一時いちじ遁出にげださうとしたが、今更いまさらげたとてなん甲斐かひがあらう、もう絶體絶命ぜつたいぜつめい覺悟かくごしたとき猛狒ゴリラはすでに目前もくぜん切迫せつぱくした。
かれく/\午前ごぜんしばらわすれて百姓ひやくしやう活動くわつどうふたゝ目前もくぜんつけられてかくれて憤懣ふんまんじやう勃々むか/\くびもたげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
得難いものの様に思つて居た子を見る喜びと云ふものと楽々目前もくぜんに近づいて居るのを思ふと、それはもう何程のあたひある事とも鏡子には思へないのであらう。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しかしその姿が消えるのを目前もくぜんに見たのであるから、誰もそれを争う余地はなかった。百物語のおかげで、世には妖怪のあることが確かめられたのであった。
百物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただその大きい目前もくぜんの影は疑う余地のない坊主頭ぼうずあたまだった。のみならずしばらく聞き澄ましていても、このわびしい堂守どうもりのほかに人のいるけはいは聞えなかった。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あるいは兵制は甲州流がいと云て法螺ほらの貝をふいて藩中で調練をしたこともある。ソレも私はただ目前もくぜんに見て居るばかりで、いとも悪いとも一寸ちいとも云たことがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
自殺の凶器が、目前もくぜんに横たわった時は、もはや身を殺す恐怖のふるえも静まっているのでなかろうか。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
目前もくぜんの腰掛にいぎたなく寢そべつて居る國民の顏をば暗澹たる車中の燈火に照して眺めながら、試に Wagnerワグナア が大なる藝術を創作するものは一般の民衆であつて
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
なにしろ水の勢いが、とうとうと足の運びをはばめるので、さすがの伊那丸も二勇士も、目前もくぜんあだを見、目前に父の駕籠を目撃もくげきしながら、どうしても追いつくことができない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たれしも想像そう/″\られるとほり、校舍こうしや新築しんちくでありながら全部ぜんぶつぶれてしまつた。わづかにもつのがれた校長以下こうちよういか職員しよくいんふようにして中庭なかにはにまでると、目前もくぜん非常ひじよう現象げんしようおこはじめた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
目前もくぜんには広々と海が横はつてゐる。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
仰せらるゝ時は是渠等が一ツの申ひらきに困り候事目前もくぜんにて候若又對決たいけつになり候とも藤五郎殿の不行跡ふぎやうせきは一たび町奉行まちぶぎやうの手にもかゝりたる程の仕合しあはせなれば疑ひは先へ掛る道理に候藤五郎殿もどういのちはなき男又藤三郎殿は有りても幼少えうせうなり兎角とかく邪魔じやまになるは惣右衞門郷右衞門すけ十郎の三人にてうちにも先郷右衞門すけ十郎の兩人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかれども一人一手にてせいするゆゑ、けふはうりきらしたりとてつかひの重箱むなしくかへる事度々なり、これ目前もくぜんしたる所なり。
二十ねん生存ながらへるかれぬが、朝夕あさゆふ世界無比せかいむひ海底戰鬪艇かいていせんとうてい目前もくぜんながめつゝも、つひには、この絶島ぜつたうおにとならねばならぬのである。
かれこゝろ滿足まんぞくせしめる程度ていどは、たとへば目前もくぜんひくたけ垣根かきね破壤はくわいして一あしその域内ゐきないあとつけるだけのことにぎないのである。しかたけ垣根かきねちてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
故に女は男に比るにおろかにて、目前もくぜんなるしかるべきことをも知らず、又人の誹るべき事をも弁えず、我夫我子の災と成るべきことをも知らず、とがもなき人をうらみいか呪詛のろ
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
寸秒すんびょう危機きき目前もくぜん、おもわず、ひたいわきの下から、つめたい脂汗あぶらあせをしぼって、ハッと、ときめきの息を一ついたが——その絶体絶命ぜったいぜつめいのとっさ、ふと、指さきにれたのは、さっき
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万法ばんぽふ流転るてんを信ずる僕といへども、目前もくぜん世態せたい変遷へんせんを見ては多少の感慨なきを得ない。
変遷その他 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
武蔵野むさしのの原に大江戸の町が開かれたことを思えば、このくらいの変遷は何でも無いことかも知れないが、目前もくぜんにその変遷をよく知っている私たちに取っては、一種の感慨がないでもない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちゞみのみにはかぎらず織物おりものはすべてしかならんが、目前もくぜんみるところなればいふ也。かゝる縮をわづかあたひにて自在じざい着用ちやくようするはぞくにいふ安いもの也。
迅速じんそくかつ壯快さうくわい變化へんくわ目前もくぜんせる彼等かれら惡戲好いたづらずきこゝろをどれほど誘導そゝつたかれない。かれ落葉おちばつかんではかまどくちとうじてぼうぼうとえあがるほのほかざした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
じつ非常ひじやう手段しゆだんではあるが、いま塲合ばあひおいて、目的もくてきもなく、希望きぼうもなくやうや竣成しゆんせいせし海底戰鬪艇かいていせんたうてい目前もくぜんながめつゝ、むなしくこの孤島はなれじま朽果くちはてんよりは、むし吾等われらみちこれであらう。
急は目前もくぜん、味方の一大事、すでに十数町の近くまでせまってきていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちつとは目前もくぜんの利害のほかにも、高等な物のある事を考へろ。
売文問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
およそ越後の雪をよみたるうたあまたあれども、越雪こしのゆき目前もくぜんしてよみたるはまれなり。西行さいぎやう山家集さんかしふ頓阿とんあ草菴集さうあんしふにも越後の雪の哥なし、此韻僧ゐんそうたちも越地の雪はしらざるべし。
およそ越後の雪をよみたるうたあまたあれども、越雪こしのゆき目前もくぜんしてよみたるはまれなり。西行さいぎやう山家集さんかしふ頓阿とんあ草菴集さうあんしふにも越後の雪の哥なし、此韻僧ゐんそうたちも越地の雪はしらざるべし。
これらも又輴哥をうたうてかへるなど、質朴しつぼく古風こふう目前もくぜんそんせり。