ささ)” の例文
いくたびやっても実らぬこころみではあったが、先生が一篇の詩をつくり、ヴァン・タッセルの世継ぎ娘にささげようとしたのだった。
翌朝よくちょうセルゲイ、セルゲイチはここにて、熱心ねっしんに十字架じかむかって祈祷きとうささげ、自分等じぶんらさき院長いんちょうたりしひとわしたのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それについて若い妻は日本の一般の女性が姑にささげる限りのあらゆる忍従の態度を取って、少しもそれに反抗する言動を示さなかった。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
みんな家郷をて親兄弟を棄てて国事に身をささげる人々だ、名も求めず栄達も望まず、王政復古の大業のために骨身を削る人々だ。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金と紅宝石ルビーを組んだやうな美しい花皿をささげて天人たちが一郎たちの頭の上をすぎ大きなあをや黄金のはなびらを落して行きました。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
金堂におまいりして、仏前に祈りをささげた後、おそらく多くの人は何げなくこの円柱にもたれかかって、ほっとしたのではなかろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
客は毛受けうけという地紙じがみなりの小板を胸の所へささげ、月代さかやきを剃ると、それを下で受けるという風で、今と反対に通りの方へ客は向いていた。
そのとき、ふと、千羽鶴ばづるつくって、おみやささげたら、自分じぶんだけはかみさまをありがたくおもっているこころざしとおるだろうとかんがえたのです。
千羽鶴 (新字新仮名) / 小川未明(著)
田舎の宿屋へ到着した時、多少ハイカラな構えの家では先ず第一に珈琲糖をうやうやしくささげてくる。褐色かっしょくの粉末が湯の底に沈んでいる。
ナポレオンの寝室では、寒水石の寝台が、ペルシャの鹿を浮かべた緋緞帳ひどんちょうに囲まれて彼の寝顔をささげていた。夜はけていった。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私はその内に潜む驚くべき美に対して、全き敬念をささげないわけにはゆかぬ。それは親しさであると共に、真に驚くべき美の示現である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼女は、蜘蛛くもだ。恐ろしく、美しい蜘蛛だ。自分が彼女にささげた愛も熱情も、たゞ彼女の網にかゝったちょう身悶みもだえに、過ぎなかったのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
女中のさとが、朝食のお膳をささげて部屋へはいって来た。さとは、十三の時から、この入江の家に奉公している。沼津辺の漁村の生れである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……名を求めず、ひたすらに実をささげるという気持ちにてっして、そういう努力を、みんなで払ってもらいたいのである。——
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
(このニヒリズムの反射に於て、いかに世界が権力への渇仰を、あのムッソリニや、ヒンデンベルクや、レーニンやにささげているかを見よ。)
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
わたしはその間に、自分のすべてを吉川訓導にささげたのでした。しかし吉川訓導は、彼のすべてをわたしに与えていたのではありませんでした。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
右手めてささぐる袖の光をしるべに、暗きをすりぬけてエレーンはわが部屋を出る。右に折れると兄の住居すまい、左を突き当れば今宵の客の寝所である。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
流行児らしく、一面には敵を作ったにしても、一方未知の芸術家達は、ショパンのために、争ってその作品をささげるようになっていたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
岡村は恐らくは坂井の奥さんの銅人形であろう。己はなんだ。青年音楽家程の熱情をも、あの奥さんにささげてはいない。なんの取柄があるのだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
灯が、障子に近々と揺れると、右京の背後から、二人の腰元が、燭台しょくだいささげて、入ってきた。そのすその下を右京は、二、三尺膝行しっこうすると、平伏して
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「御神前の御灯明みあかしをかがやかし、御榊おさかきささげなさい。道場にて、この者と、用事あるによって、人払いをいたすがよい」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すべてのものをなげうって、肉体と魂と一切のものを——生命までもささげるようでなかったら、とても僕の高い愛に値しないというような意味なのよ。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……このあわれを誰よりもよく知って、人間の叡智えいちを持てと、あえてすべてを祈りへささげて壮烈な自滅を取ッたようなお方もただ一人はありました
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沼南はまた晩年を風紀の廓清かくせいささげて東奔西走廃娼禁酒を侃々かんかんするに寧日ねいじつなかった。が、壮年の沼南は廃娼よりはむしろ拝娼で艶名隠れもなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
部屋のまん中には、椅子いすの上に公爵令嬢れいじょうち上がって、男の帽子ぼうしを眼の前にささげている。椅子のまわりには、五人の男がひしめき合っている。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
もと、警察に追及されない前は、プロレタリアートの解放のために全身をささげていたとしても、矢張り私はまだ沢山の「自分の」生活を持っていた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
月あかりに見れば、軒のつまにものあり。ともし火を一八四ささげて照し見るに、男の髪の一八五もとどりばかりかかりて、外には一八六露ばかりのものもなし。
時に、妙法蓮華経薬草諭品みょうほうれんげきょうやくそうゆほん第五偈だいごげなかばを開いたのを左のたなそこささげていたが、右手めていた力杖ステッキを小脇に掻上かいあ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中隊長は、不満げに、彼をにらんだ。「も一度。そんなささつつがあるか!」その眼は、そう云っているようだった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そしてコゼットに腕を貸してテュイルリー宮殿の門の前を通ったら、兵士らは自分にささつつをしてくれるだろう。
まあいうてみたら、普通のパッションささげられても面白ない、薬の力で情慾鎮静さされてしもてても燃えるような愛感じるのでなかったら満足出来へん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私が最大級の讃辞さんじを博士にささげていると、ロッセ氏は、そうかそうかと、ペルシャねこのようにんだひとみをくるくるうごかして、しきりに感服かんぷく面持おももちだった。
ただ、内田さんは、たいへん元気で、あなた達がつけたぼくの綽名あだなを呼び「ぼんぼん、アイスクリイムあげよう」と片手に、容器をささげてとんで来ました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
または国々のつかさからなり、恒例の弊物をささげて参同する者を派遣せられる御定めであったというまでであろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
弟の阿利吒は尊げなる僧のゑたる面色おももちして空鉢をささげ還る風情ふぜいを見るより、図らず惻隠そくいんの善心を起し、往時むかし兄をばつれなくせしことをも思ひ浮めて悔いつつ
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
もう三、四年も前にちょっと耳にせぬでもなかったが、たといいかなる深い男があっても、自分のこの真情まごころまさる真情を女にささげている者は一人もありはせぬ。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
父上なくならば親代りの我れ、兄上とささげてかまどの神の松一本も我が託宣を聞く心ならば、いかにもいかにも別戸の御主人に成りて、このの為には働かぬが勝手
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ノラの舞台監督で指導者の抱月氏に、須磨子が熱烈な思慕をささげようとしたのもその頃のことであった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それをささげて進むことによって安全なものを感じていたのだ。心を托するに足る何ものかになっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ふと、自分が神前にささげた犠牲ぎせい牡牛おうしの、もの悲しい眼が、浮かんで来た。誰か、自分のよく知っている人間の眼に似ているなと思う。そうだ。確かに、あの女だ。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そこで全き心をささげて恋の火中に投ずるに至るのである。かかる場合にあっては恋則ち男子の生命である
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「生理的から云っても、生活的からいっても異性の肉体というものは嘉称かしょうすべきものですね。いま、僕に湖畔の一人の女性が、うやうやしくそれをささげていいます」
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
花崗かこうと耐火煉瓦とを四角に積重ねた美しい台の上に据えられて、晴上った日に照らされ、つぎつぎと花をささげる小さな曾孫たちを笑顔で見下されているようです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
なになにやら、一こう見当けんとうかなくなった藤吉とうきちは、つぎってかえすと、箪笥たんすをがたぴしいわせながら、春信はるのぶこのみの鶯茶うぐいすちゃ羽織はおりを、ささげるようにしてもどってた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
鉦、炬火、提灯、旗、それから兵隊帰りの喪主もしゅが羽織袴で位牌をささげ、其後から棺をおさめた輿こしは八人でかれた。七さんは着流きながしに新しい駒下駄で肩を入れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つまり橘姫たちばなひめしょうはすべてをきみささげつくした、にも若々わかわかしいはなの一しょうなのでございました。
高台の上に建つこの大伽藍だいがらんは、はてしない天にむかって、じっと祈りをささげているのではないか。明るい空気のなかに、かすかなもやふるえながら立罩たちこめてくるようだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
色は浅黒いが丸顔で、眼は大きく情熱的で、そうして処女らしく清浄な、すべてが初々ういういしい娘であったが、手に茶受けの盆をささげ、にこやかに笑いながら座敷へ上がった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
衆徳しゅうとく備り給う処女おとめマリヤに御受胎ごじゅたいを告げに来た天使のことを、うまやの中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香にゅうこう没薬もつやくささげに来た、かしこい東方の博士はかせたちのことを
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただこのままになが膝下しっかせしめ給え、学校より得る収入はことごとく食費としてささまいらせいささ困厄こんやくの万一を補わんと、心より申しでけるに、父母も動かしがたしと見てか
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)