戸棚とだな)” の例文
偉大な人々の家宅探索をし、その戸棚とだなを検査し、引き出しの底を探り、箪笥たんすをぶちまけた後、批評界はその寝所をまでのぞき込んだ。
よそ行着ゆきぎを着た細君をいたわらなければならなかった津田は、やや重い手提鞄てさげかばんと小さな風呂敷包ふろしきづつみを、自分の手で戸棚とだなからり出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右側の壁にくっつけた戸棚とだなの上にある、もう一つは懐中時計でベットの頭の手すりにつるしてある——この二つの時計の秒を刻む音と
病院の夜明けの物音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
炉辺ろばたは広かった。その一部分は艶々つやつやと光る戸棚とだなや、清潔な板の間で、流許ながしもとで用意したものは直にそれを炉の方へ運ぶことが出来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このあいだぼうさんは始終しじゅう戸棚とだなの中からそっとのぞきながら、びくびくふるえていましたが、そのとき女は戸棚とだなをあけてぼうさんをしてやって
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
背伸せのびをして、三じゃく戸棚とだなおくさぐっていた春重はるしげは、やみなかからおもこえでこういいながら、もう一、ごとりとねずみのようにおとてた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「まだ其處そこつくるけえしちや大變たえへんだぞ、戸棚とだなへでもえてけ」勘次かんじ注意ちういした。卯平うへい藥罐やくわんいで三ばいきつした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うさぎのおっかさんまでがいて、前かけで涙をそっとぬぐいながら、あの美しい玉のはいった瑪瑙めのうはこ戸棚とだなから取り出しました。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
戸棚とだなに首を突込んでつまみ食い、九助は納屋なやにとじこもって濁酒を飲んで眼をどろんとさせて何やらお念仏に似た唄を口ずさみ、お竹は
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ふくみ何にもないが一ツ飮ふと戸棚とだなより取出す世帶せたいの貧乏徳利干上ひあがる財布のしま干物さしおさへつ三人が遠慮ゑんりよもなしに呑掛のみかけたりお安は娘に逢度さを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と云って、主は戸棚とだなから一括いっかつした手紙はがきを取り出し、一枚ずつめくって、一枚のはがきを取り出して見せた。まさしく其人の名がある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
博士が心配すると思って、少年たちは、壁にぼっかりあいた穴や、こわれた戸棚とだなを見ても、あまり大きなおどろきの声を出さないことにした。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
で彼は戸棚とだなから飛びおり、帽子を取った。そしてとびらのとっ手に手をかけまさに外に出ようとした時、ふと足を止めて考えた。
お膳立をしてあの戸棚とだなへ入れときましたから、どうぞ……お嬢さま、もうすぐうござんすか? それじゃア行ってまいります
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
大きなテーブルが一つと、いくつかの小さな椅子いす戸棚とだな炊事場すいじば……。マリイは横手の扉をあけて、次の部屋にトニイをひっぱっていきました。
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と腰障子を開けるとやっと畳は五畳ばかり敷いてあって、一間いっけん戸棚とだながあって、壁とへッついは余り漆喰じっくいで繕って、商売手だけに綺麗に磨いてあります。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ぼく、とてもいいことを考えた。」と言いながら立っていって、戸棚とだなからお皿をもってきて、その上に卵をのせ、針で両はしに穴をあけました。
海からきた卵 (新字新仮名) / 塚原健二郎(著)
こう思うと、少年はゆかにとびおりて、さっそく、さがしはじめました。イスや戸棚とだなのうしろから、長イスの下やだんろのうしろまでさがしました。
と言って高く自ら標置するやからがある。また私の花鳥諷詠という語を戸棚とだなの中にしまい込んで置いてなるべく手を触れないようにしておる者もある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
していらつしやい。今日一日おとなしくしてゐれば、明日あしたから学校に行かせてあげますから。お三時やつのチヨコレートを戸棚とだなの中に入れておきますよ。
お猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子古川アヤ(著)
お蓮は犬を板のおろすと、無邪気な笑顔を見せながら、もうさかなでも探してやる気か、台所の戸棚とだなに手をかけていた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白痴あはう泣出なきだしさうにすると、うらめしげに流盻ながしめながら、こはれ/\になつた戸棚とだななかから、はちはいつたのを取出とりだして手早てばや白痴あはうぜんにつけた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それからまた立ち上がって全く無感情な顔つきをしながら、もう一度戸棚とだなに行って、倉地が始終身近に備えているピストルをあちこちと尋ね求めた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ちまたで運よく見つけた電熱器を病室の片隅に取つけると、それで紅茶も沸かせた。ベッド脇に据えつけられている小さな戸棚とだなには、林檎りんごやバタがあった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「きまってるじゃありませんか。いつも、かしらが、いちばんだいじなものをしまっておく、その戸棚とだなですよ。」
仮面の恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ああ、これは高いかねを出して買ったのだ」と思いながら、方々の戸棚とだなを明けて見るといろんな物が入っている。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
かねてから猫の産月うみづきが近づいたので、書斎の戸棚とだな行李こうり準備よういし、小さい座蒲団を敷いて産所にてていたところ
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
もっとも、それはまったくほんの戸棚とだなのようなものなので、たった一人だけしか使うことができなかった。その小さな部屋の一つにウィルスンはいたのだ。
たまたまナポレオンが執政官として事実上フランスの専制君主となったと聴き「彼もまた唯の野心家だ」と総譜のタイトルを破って戸棚とだなの中にほうり込んだ。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
然るに理智の反省は、これを概念によって分析し、有機的な統一を無機的に換え、部分を箇々の戸棚とだなけ、見出しカードの抽斗ひきだしを付けて索引に便利にする。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しをはりて七兵衛に物などくはせ、さて日もくれければ仏壇ぶつだんの下の戸棚とだなにかくれをらせ、のぞくべき節孔ふしあなもあり、さてほとけのともし火も家のもわざとかすかになし
夜具戸棚とだなに隣りたる一間の床の間には。本箱と箪笥たんすと同居して。インキのこぼれたる跡ところどころにあり。箪笥の前にはブリッキの小さなかなだらいの中に。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
巡査じゅんさとウォッジャーズが、ほっとしたとたん、戸棚とだなから、がらがらとガラスびんが三つ四つころがりおち、はなをつくいやなにおいが部屋いっぱいにひろがった。
戸棚とだな押入おしいれほか捜さざる処もあらざりしに、つひあるじ見出みいださざる老婢は希有けうなるかほして又子亭はなれ入来いりきたれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
女中おんなは戸を立て、火鉢ひばちの炭をついで去れば、老女は風呂敷包ふろしきづつみを戸棚とだなにしまい、立ってこなたに来たり
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
森や畑はむろんのこと、物置でも、戸棚とだなでも、押し入れでも、本箱ほんばこでも、どしどし探検してもらいたい。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
合宿の戸棚とだなのグリスかんの後ろになかったかなアと、みぞのなかをみつめている最中、ふとおもいつくと、ぐまた合宿の二階に駆けあがって、戸棚をあけ、鉄亜鈴てつあれい
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
この段取の間、男は背後うしろ戸棚とだなりながらぽかりぽかり煙草たばこをふかしながら、あごのあたりの飛毛とびげを人さし指の先へちょとはいをつけては、いたずら半分にいている。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お兼 (戸棚とだなからさらがきを入れて持ちきたる)さあ、これをおあがり。秋にかあさんが干しておいたのだよ。私はちょっとお台所を見て来るからね。(裏口から退場)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
扉側の片隅かたすみ戸棚とだなを二つ斜めに置くことができていたが、ほかの場所は長い食卓ですっかり占められ、食卓は扉の近くから始まって、大きな窓のすぐ近くまで達しており
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
カアテンとかテイブルセンタアとか、童話趣味の装飾も彼女らしい好みであったが、奥の一部屋だけは、不釣合いにいかつい床や袋戸棚とだななどちょっと擬ったところがあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それじゃこうしたらどうだろう。お徳の部屋の戸棚とだなの下を明けて当分ともかく彼処あそこへ炭を入れることにしたら。そしてお徳の所有品ものは中の部屋の戸棚とだな整理かたづけて入れたら」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さま/″\変な、恐ろしい形をしたものが壁にかゝつてゐたり、戸棚とだなの中にしまつてあつたりして、床の上にも、テイブルの上にも魔術の本が山のやうにつみ重ねてありました。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
今迄親しんで居た哲学や芸術に関する書類を一切戸棚とだなへ片附けて了って、魔術だの、催眠術だの、探偵小説だの、化学だの、解剖学だのの奇怪な説話と挿絵さしえに富んでいる書物を
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
極端にいえば少なくともすぐ眼に見えるところにある戸棚とだなの中にさえそういうものは置かない方がよいのである。そして実験台の上には広々とした空所のあることが必要である。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
隅々の戸棚とだなふたのしてある暖炉、大きな八角時計、晴雨計、寒暖計、掲示板、——壁にはところどころに何者の趣味だか、いや何の意味だか呉服店だのビール会社だのの広告絵
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
なにみねたかと安兵衛やすべゑ起上おきあがれば、女房つま内職ないしよく仕立物したてもの餘念よねんなかりしをやめて、まあ/\れはめづらしいとらぬばかりによろばれ、れば六でうに一けん戸棚とだなたゞ一つ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
事務机、戸棚とだな台秤だいばかりなど。ほかにアーストロフ用のやや小型なテーブル。その上に製図用具や絵具、そばに大きな紙挟み。椋鳥むくどりを入れた鳥籠とりかご。壁には、誰にも用のなさそうなアフリカの地図。
かの地の大使館員でMという人と知り合いになったがその人がラッパのない、小さな戸棚とだなのような形をした上等の蓄音機をもっていた。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二合ばかりの酒、冷たくなった焼き味噌みそ、そんなものが勝手口の戸棚とだなに残ったのを半蔵はさがし出して、それを店座敷に持ち帰った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)