とうげ)” の例文
「あのへいくときには、なんでもたかやまのぼるそうです。どうか、そのとうげのところでっていてください。」と、おんなはいいました。
ちょうと三つの石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ああ、おいらもそう思って、北国街道ほっこくかいどうから、雪のふるとちとうげをこえて、この京都へきたけれど……まだ鷲のかげさえも見あたらない」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向う側の其の深い樹立こだちの中に、小さく穴のふたづしたやうに、あか/\と灯影ひかげすのは、聞及ききおよんだ鍵屋であらう、二軒のほかは無いとうげ
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私はそのあとからひとり空虚からのトランクを持って歩きました。一時間半ばかり行ったとき、私たちは海に沿った一つのとうげの頂上に来ました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「あら、いま、さきがた、この前を通って行かれました。あなた等もとうげへかかられるなら、どこかでお逢いになりましょう」
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
十日にはほとんど御危篤きとくと拝せられましたが、その頃がとうげで、それからはわば薄紙をはがすようにだんだんと御悩も軽くなってまいりました。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
道が西のとうげにさしかかるあたりに、半田池はんだいけという大きな池がある。春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ドンナーとうげを越して、公路ハイウェイからちょっとはいったところに、その研究所がある。公路からちょっとはずれると、急に景色は、深山の模様を呈する。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
芭蕉のような孤独の境界きょうがいにいる人が、秋の夕暮旅に在りてまだ宿しゅくにもつかず、これからまたとうげを一つ越さねば宿がないというような場合の心持は
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行ったり、「み」の字とうげへ登ったりしました。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何でもとうげさえ越してしまえば、と朝晩雁坂の山を望んでは、そのむこうに極楽でもあるように好ましげに見ていた。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
月に一度は必ず、米軍の飛行機が鋭い音を響かせながら、とうげの上をかけった。ふり仰ぐと、初夏の光を吸った翼のいろが、ナイフのように不気味に光った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それは六月の半ばころ、私がとうげから一緒いっしょに下りてきた二人の子供たちと別れた、あの印象の深い小さな橋であった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
王はおんみずか太刀たちふるって防がれたけれども、ついにぞくのためにたおれ給い、賊は王の御首みしるしと神璽とをうばってげる途中とちゅう、雪にはばまれて伯母おばみねとうげに行き暮れ
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その若日下王わかくさかのみこが、まだ河内かわち日下くさかというところにいらしったときに、ある日天皇は、大和やまとからお近道ちかみちをおとりになり、日下くさか直越ただごえというとうげをおえになって
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
翌日猿が馬場というとうげにかかって来ると、何にしろ呼吸病にかかっている余には苦しい事いうまでもない。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「今夜がとうげです……あとは楽です。まあ私たちにまかしておいて下さい。これが私たちの務めですからね」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
自分はって窓側まどぎわへ行った。そうして強い光に反射して、乾いた土の色を見せているくらがりとうげを望んだ。ふと奈良へでも遊びに行ってようかという気になった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ここにそのヒナガ姫は心憂く思つて、海上を光らして船に乘つて追つて來るのでいよいよ畏れられて、山のとうげから御船を引き越させて逃げて上つておいでになりました。
荒町あらまち、みつや、横手よこて、中のかや、岩田いわたとうげなどの部落がそれだ。そこの宿はずれではたぬき膏薬こうやくを売る。名物くりこわめしの看板を軒に掛けて、往来の客を待つ御休処おやすみどころもある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
遠く人馬の騒擾そうじょうが闇の中から聞えて来た。訶和郎かわろ香取かとりは戸外に立ってとうげを見ると、松明たいまつの輝きが、河に流れた月のように長くちらちらとゆらめいて宮の方へ流れて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
小佛こぼとけとうげもほどなくゆれば、上野原うへのはら、つるかは野田尻のだじり犬目いぬめ鳥澤とりざわぐればさるはしちかくにその宿やどるべし、巴峽はきようのさけびはきこえぬまでも、笛吹川ふゑふきがはひゞきにゆめむすび
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
日本の「つばき」の椿は日本製の字すなわち和字でそれはさかきとうげかみしもはたらくなどと同格である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
伊予いよに住み馴れた土居どい得能とくのうの一党が、越前に落ちて行こうとしてとうげの山路で、悲惨な最期さいごをとげたという物語は、『太平記』を読んだ者の永く忘れえない印象である。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ヅーッと何処どこまでもつづく山路やまじ……たいへんたかとうげにかかったかとおもうと、今度こんどくだざかになり、みぎひだりにくねくねとつづらにれて、とき樹木じゅもくあいだからあお海原うなばらがのぞきます。
大蘆原おおあしはらさんが云ったとおり、本当にこれは此場このばかぎりの話なんだが、一昨年おととしの秋の事、南太平洋で海軍の特別大演習があった時の事だったが、演習もいよいよとうげが見えて来た四日目。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さりとて山の中に人家じんかはない筈である。亭主は不図ふと思ひあたつた。この女は久圓寺くえんじに住んでゐるに相違ない。山のとうげには観音かんのんまつつた寺がある。女はなにかの仔細があつて其寺に隠れてゐるか。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
仕事のとうげに立った、中年のひとたちの恋愛はおおかたこれだ。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
またしたからとうげれば
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
「おかあさんについて、やまへいったとき、自分じぶんはまだ八つか九つであった。そのしたやすんだとうげのしらかばのは、まだあるだろうか。」
しらかばの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
チチ、チチ、と沢千禽さわちどりの声に、春はまだ、とうげはまだ、寒かった。木の芽頃の疎林そりんにすいて見える山々のひだには、あざやかに雪のが白い。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おれこれがら出掛でかげてとうげさ行ぐまでに行ぎあって今夜のおどり見るべしてすすめるがらよ、なあにどごまで行がなぃやなぃようだなぃがけな。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「恐れながら、恐れながら拙者せっしゃとても、片時へんしも早く、もとの人間に成りまして、人間らしく、相成あいなりたう存じます。とうげを越えて戻ります。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それに、岩滑新田と大野の間にはとうげが一つあるから、よけい時間がかかる。おまけにその頃の人力車の輪は、ガラガラと鳴る重い鉄輪かなわだったのである。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
其処そこからは、村のとうげが、そのまわりの数箇すうこの小山に囲繞いにょうされながら、私たちの殆んど真向うにそびえていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
入れ代ってやって来たのが甘木あまき先生である。逆上家が自分で逆上家だと名乗る者はむかしから例が少ない、これは少々変だなとさとった時は逆上のとうげはもう越している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「子をおもうおやの心はやみゆえにくらがりとうげのかたぞこいしき」と、最後に和歌が記されていた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
筒井家は順慶流だのほらとうげだのという言葉を今に遺している位で、余り武辺のかんばしい家ではない。其家で臆病者と云われたのは虚実は兎に角に、是も芳ばしいことでは無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
村を出離れようとする路の三つまた、野を横ぎって行く路の曲り目、または坂の口やとうげの頂上などにも、時々はこれとよく似た石の集合があって、そういう地点を繋いで見ると
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それは彼のとうげだとかさかきだとかまたははたらくだとかいう字と同じでもとより支那の漢字ではない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
私たちはそれからとうげを下った。軒の幅の広い脊の低い家が並んでいる岡部の宿へ出た。茶どきと見え青い茶が乾してあったり、茶師の赤銅色の裸体がくすんだ色の町に目立っていた。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
とうげを越えて。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「あのへゆくには、たかやまさなければならないそうです。どうかとうげでわたしをっていてください。」と、おんなはいいました。
ちょうと三つの石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
貴公きこうよりまえに、北庄城ほくしょうじょうへさぐりにはいっていた拙者せっしゃでござる。また、とちとうげでごあいさつして通ったのもすなわち拙者で」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
随分ずいぶん遙々はるばるの旅だつたけれども、時計と云ふものを持たないので、何時頃か、それは分らぬ。もっと村里むらざとを遠く離れたとうげの宿で、鐘の声など聞えやうが無い。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いくつものとうげえて海藻かいそうの〔数文字空白〕をせた馬にはこばれて来たてんぐさも四角に切られておぼろにひかった。嘉吉かきち子供こどものようにはしをとりはじめた。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この劇烈な活動そのものがとりもなおさず現実世界だとすると、自分が今日までの生活は現実世界にごうも接触していないことになる。ほらとうげで昼寝をしたと同然である。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すっかり夜になってから、とうげの下の茶店のところまできました。まっ暗い峠を、足さぐりでこすのはあぶないので、茶店のばあさんに、ちょうちんをかりていこうと思いました。
のら犬 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
三の戸まで何ほどの里程みちのりかと問いしに、三里と答えければ、いでや一走りといきせきたって進むに、とうげ一つありて登ることやや長けれどもきず、雨はいよいよ強く面をあげがたく
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「爺やさん、とうげの途中に気ちがいの女がいるそうだけれど、それあ本当なのかい?」
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)