山路やまみち)” の例文
だ、やだ! お父さんは一人で行け。俺は里へ遊びに行く!」と言つて京内はドン/\と、山路やまみちふもとの方へけて行きました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
峠越とうげごえの此の山路やまみちや、以前も旧道ふるみちで、余り道中の無かつたところを、汽車が通じてからは、ほとん廃駅はいえきに成つて、いのししおおかみも又戻つたと言はれる。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
具足のおどし濃藍こいあいで、魚目うなめはいかにも堅そうだし、そして胴の上縁うわべりはな山路やまみちであッさり囲まれ、その中には根笹ねざさのくずしが打たれてある。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
欲と云うものは恐しいではありませんか? それから半時はんときもたたない内に、あの夫婦はわたしと一しょに、山路やまみちへ馬を向けていたのです。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と浮舟は思ううちにもこの一家の知らぬ人々に伴われてあの山路やまみちを自分の来たことは恥ずかしい事実であったと身にんでさえ思われた。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
例えば、我は越後の者なるが、何月何日の夜、この山路やまみちにて若き女の髪をれたるに逢えり。こちらを見てにこと笑いたりというたぐいなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
父を尋ぬる市郎も、同じ時刻に山路やまみちへ迷い入って、あるいのあたりを過ぎたかも知れぬが、お葉は遂に見出されずにしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こう云う季節に山路やまみちを行くには何か虫避むしよけに頭から被れるものを携帯すべきであったと思い、ショールを持って来なかったことを悔いたが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、童仙房というところは、この大河原村の内であっても、ここから車馬も通わぬ険悪な山路やまみちを二、三里も奥へ入って行かねばならぬという。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それは初夏の明るい日で開け放した障子しょうじの外はすぐ山路やまみちになっていて、そこをあがりおりする人の影が時とすると雲霧くもぎりのようにうっすらした影をいた。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それからしばらくの間は変化のない山路やまみちで、やがて小田の池、山下の池などを見、放牧された牛の行手をふさぐことなどがあって、ようやく下り路になった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
國「そんなら旦那様、折角の御親切を無にするも如何いかゞ、このお金は有難く頂戴いたします、御新造様、随分危険けんのん山路やまみちですからお気をお付けなせえまし」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いつもとはことなり、その修行場しゅぎょうば裏山うらやまから、おくおくおくへとどこまでも険阻けんそ山路やまみちりました。
宿場の空虚な場庭ばにわへ一人の農婦がけつけた。彼女はこの朝早く、街につとめている息子から危篤の電報を受けとった。それから露に湿しめった三里の山路やまみちを馳け続けた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
年とったあによめだけは山駕籠やまかご、その他のものは皆徒歩で、それから一里ばかりある静かな山路やまみちを登った。路傍に咲く山つつじでも、すみれでも、都会育ちの末子を楽しませた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
川風の寒い晩で薄着をして来た僕と晶子とは身をふるはせずに居られなかつた。宵闇の木蔭を縫つて山路やまみちへ差掛つた。夫人は絶えず「左へれ、左へ」と馭者に命じた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
節廻しがすべて艪拍子に連れて動いて、緩く、哀調になっています。信濃のは馬子唄まごうたですから、上り下りの山路やまみちの勾配から、くつわの音、馬の歩調に合せて出来上ったものなのです。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そのうち馬車は無鉄砲に山路やまみちを上って、旅順の市街を遥の下にうちやるようになった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もつ野道のみち山路やまみちは云も更なり都合つがふよりてはあさほしいたゞくれには月をふん旅行りよかうなす事往々まゝあるにより先生をたのみ劔術をまなびなば道中するにも心強くかつ賊難ぞくなんふせぐ一端共成事なれば此趣きを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一夜、夫の枕もとに現われて、歌をんだ。闇の夜の、におい山路やまみちたどりゆき、かなく声に消えまよいけり。におい山路は、冥土めいどに在る山の名前かも知れない。かなは、女児の名であろう。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もなく、高尾の奥院おくのいんからくだってきた加賀見忍剣かがみにんけんは、神馬小舎しんめごやから一頭の馬をひきだし、鉄の錫杖しゃくじょうをななめににむすびつけて、法衣ころもそでも高からげに手綱たづなをとり、夜路よみち山路やまみちのきらいなく
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆふぐれの日に照らされし早稲わせをなつかしみつつくだる山路やまみち
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
赤土色あかつちいろ山路やまみち
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
恋しい人の縁で荒い山路やまみち往復ゆきかえりすることを何とも思わなかった薫は、この時になって宇治という名を聞くことさえいやであるように思った。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と二人はもう雑木林の崖に添って、上りを山路やまみちかかっています。白い中を、ふつふつと、真紅まっかな鳥のたつように、向うへく。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山まではのみ遠くもないので、真黒な森がすぐ眼のまへをさえぎつた。亭主は物に引かれてゆくような心持でだん/\に山路やまみちをのぼつて行つた。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そこは木曾きそ御嶽おんたけつづきの山の間で、小さな谷川の流れを中にして両方から迫って来た山塊さんかいは、こっちの方は幾らかゆるい傾斜をして山路やまみちなども通じているが
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
脚の長いのは立って休むのにつごうがよいようだが、それは平地ひらちの多い場所のことで、左右が傾斜になった山路やまみちをゆくには、脚はかえってじゃまになるのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたしはそう考えると、今度はわたしの命ですから、太刀や弓矢を奪ったなり、すぐにまたもとの山路やまみちへ出ました。そこにはまだ女の馬が、静かに草を食っています。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
万作はこの山を越えて隣の国へ行かうと思つて三里ばかり山路やまみちを登つたと思ふと、お昼飯ひるはんを食べなかつたものですから、おなかいてもう一歩もあるけなくなりました。
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
あるとうさんはひとれられて梵天山ぼんてんやまといふはうきました。あか躑躅つゝじはななぞのいて山路やまみちとほりまして、その梵天山ぼんてんやまつてますと、そこは水晶すゐしやうやまでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
人通りの少い山路やまみちを歩くようにしていること、部屋にいる時は小説を読んだり、久振に人形の製作をして見たり、赤ん坊の産衣うぶぎを縫ったりしているが、誰からも一通の手紙も来なければ
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ちっとも困りゃしない。荒木又右衛門ぐらい知らなくったって、ごうも僕の人格には関係はしまい。それよりも五里の山路やまみちが苦になって、やたらに不平を並べるような人が困った男なんだ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きしづたひに、いはんで後戻あともどりをて、はし取着とつゝき宿やどかへつた、——これ前刻さつきわたつて、むかごしで、山路やまみちはうへ、あのばあさんのみせはしだつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
野路のみち山路やまみち景色けしきを見ても、薫が宇治へ来始めたころからのことばかりがいろいろと思われ、総角あげまきの姫君の死を悲しみ続けて目ざす家へ弁は着いた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この上ははり山へ向うより他は無い。で、さきに巡査等が登ったみちとは方角を変えて、西の方から山路やまみち分入わけいろうとする途中に、小さい丘が見えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僧は静かに山路やまみちの方へあがって往った。人びとの眼に僧の眼のうすいあい色の光がふるえついていた。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
五 遠野郷より海岸のはま吉利吉里きりきりなどへ越ゆるには、昔より笛吹峠ふえふきとうげという山路やまみちあり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昔、朝鮮のらつぱそつがね、すつかりお酒に酔つ払らつて、山路やまみちにぐうぐう寝てゐたとさ。
虎の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こめて、うんと担ぎ上げ、山路やまみちを登つてまゐりましたが、途中で、右と左から、山と山との、さし出た所で、岩が両方の岸に、がつちり、はさまつてしまひましたのでございます。
岩を小くする (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
おまんは本陣の「あねさま」らしい調子で、寿平次の供をして来た男にまで声をかけた。二里ばかりある隣村からの訪問者でも、供を連れて山路やまみちを踏んで来るのが当時の風習であった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山路やまみちを登りながら、こう考えた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千蛇せんじゃいけと申しまして、いただきに海のようなおおきな池がございます。そしてこの山路やまみち何処どこにも清水なぞ流れてはおりません。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山路やまみちを深く進んでおいでになったころには、こうして行ってその人を見ることができたらどんなにうれしいであろう
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
が、かく其儘そのままでは済まされぬ。巡査の率いる一隊は、森に沿うて山路やまみちを北に登る事となった。市郎の一隊は現場げんじょうを中心として、附近の森や野原や村落をあさる事となった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二八 始めて早池峯に山路やまみちをつけたるは、附馬牛村の何某という猟師にて、時は遠野の南部家入部にゅうぶの後のことなり。その頃までは土地の者一人としてこの山には入りたる者なかりしと。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ざっと行きかえり十四五里、しかもこの山路やまみちを、何だか私は、自分の使いにでも遣るようで、気の毒でならんのだ。」
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠く山路やまみちを来ました者はあなた以上に身体からだが悩ましいのですが、話を聞いていただくことができ、また承ることの喜びに慰んでこうしておりますのに、私だけを
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わたしは上田の鉄物商かなものや研職とぎやで、商売用のめ今日ここを通ると、アノ坊さんが大きな毛鑷を引担ひっかついで山路やまみちを登って行く、私も親の代から此の商売をしてるが、あんなに大きな毛鑷を見た事がないから
(おゝ、諏訪すはみづうみあたりまで馬市うまいちしやすのぢや、これから明朝あした御坊様おばうさま歩行あるかつしやる山路やまみちえてきやす。)
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)