ゆうべ)” の例文
いや、この家も以前には浮かれ女を数多召抱えて、ゆうべに源氏のきみを迎え、あしたに平氏の殿を送られたものじゃが、今ではただの旅人宿りょじんやど
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
偃松はいまつがあり、残雪があり、お花畑があり、清い水の流れは石原に湛えて幾つかの小池となり、あしたには雲を浮べゆうべには星を宿している。
南北アルプス通説 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それから二日ばかりたったあるやさしげな春のゆうべ、私は白楊ポプラの防風林をぬけて、そのうしろの葡萄畑のあるほうへ散歩をしに行った。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ある春のゆうべ、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣ほうえ)のすそを引きながら、南蛮寺なんばんじの庭を歩いていた。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あしたに竹青の声を聞かばゆうべに死するも可なり矣」と何につけても洞庭一日の幸福な生活が燃えるほどはげしく懐慕せられるのである。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一帯に熱帯風な日本の生活が、最も活々いきいきとして心持よく、決して他人種の生活に見られぬ特徴を示すのは夏のゆうべだと自分は信じている。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
郎女は唯、先の日見た、万法蔵院のゆうべの幻を、筆に追うて居るばかりである。堂・塔・伽藍すべては、当麻のみ寺のありの姿であった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
二人は新橋から汽車に乗って、鎌倉へ往った。勝三郎はこのゆうべに世を去った。年は三十八であった。法諡ほうし蓮生院薫誉智才信士れんしょういんくんよちさいしんしという。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
吾人が終末に達する時、諸君は吾人の努力の価値を判断せらるるであろう。古きことわざの言うとおり、「死は一生をめ、ゆうべは一日をむ。」
春の寒いゆうべ、電灯のさんたる光に対して、白く匂いやかなるこの花を見るたびに、K君の忰の魂のゆくえを思わずにはいられない。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あしたに生まれたものがゆうべに死ぬ。昨日見た人が今日はない。我々自身も今夜重病にかかりあるいは盗賊に殺されるかもわからない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あしたに生れてはゆうべに死して行かなくてはならない果敢はかない運命、変転極りない運命、こういう事を深く考えて見ると全く、結んでは直に消え
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
あしたよりゆうべに至るまで、腕車くるま地車じぐるまなど一輌もぎるはあらず。美しきおもいもの、富みたる寡婦やもめ、おとなしきわらわなど、夢おだやかに日を送りぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
六波羅はもうゆうべの灯だった。彼の姿を見ると、右馬介はすぐ侍部屋から走り出て迎えたが、なにか冴えない容子ですぐ告げた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人の心の不思議を知って居るものは、童児こどもの胸にも春のしずかゆうべを感ずることの、実際有り得ることをいなまぬだろうと思います。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さばれいきとし生ける者、何かは命を惜まざる。あしたに生れゆうべに死すてふ、蜉蝣ふゆといふ虫だにも、追へばのがれんとするにあらずや。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あなたはうて居られた彼露台バルコニーゆうべ! 家の息達と令嬢とマンドリンをいて歌われた彼ヹランダの一夜! 彼ヷロンカの水浴! 彼すずしい
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
某年あるとしの晩秋のゆうべのことであった。いつものように渋茶をすすりながら句作にふけっていた庄造が、ふと見ると窓の障子へ怪しい物の影が映っていた。
狸と俳人 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あしたゆうべに論語をひらくというのも、おっしゃるとおりうそでない気持で経験されたことでしょう、愛誦の詩の中から目醒めるということもあり
そのゆうべ妾はついに藤井夫婦に打ち明けて東上の理由を語りぬ。さいは深く同情を寄せくれたり、藤井も共に尽力じんりょくせんと誓いぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
くらに堪えぬほどにはあらず。夏の日の暮れがたきに暮れて、あおゆうべを草深き原のみ行けば、馬のひづめは露にれたり。——二人は一言ひとことわさぬ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ夏のゆうべが涼しく夜につながろうとしているばかりだった。葉子はきょとんとしてひさしの下に水々しく漂う月を見やった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小供は大層可愛かあいい子で、もう何もかも面白くゆきそうでした。カラザースさんは、大へん親切で、音楽もよく解り、ゆうべの集いはとても愉快でした。
出で、ゆうべ西にゆくでは、経費もかかってたまるまい。贅沢きわまるそして愚劣至極の政府の悪趣味といわんければならん
軍用鮫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
柔かな夕風につれて、どこからともなく飛んでくる桜の花片はなびら、北の空は紫にたそがれて、妙に感傷をそそるゆうべです。
山上の落日は、僅少わずかの人間に示す空中の美しさであろう、雲の山に帰る時、日の山に隠るる時、山上の世界は、無言の讃美をゆうべの光線に集めて了った。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
ゆうべの陽ざしに赤々と照らせながら、ヒラリ、裸の馬の背に打ち跨ったかと見るまに、水瀑躍る碧潭へきたんのすがすがしげな流れの中へ、サッと乗り入れました。
真珠色をしたゆうべの闇が純白の石楠花しゃくなげの大輪の花や、焔のような柘榴ざくろの花を、可惜いとしそうに引き包み、せ返えるような百合の匂が、窓から家内へ流れ込む。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たとい野へ出すも小児を附け遣わさず主人自ら牛を伴れ行きゆうべに伴れ帰って仔細に検査し、もしきずつきたる牛あらばこれを妖巫に傷つけられたりと
星の光も見えない何となく憂鬱なゆうべだ、四隣あたりともしがポツリポツリと見えめて、人の顔などが、最早もう明白はっきりとはわからず、物の色がすべきいろくなる頃であった。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
そして、あけの七時とゆうべの四時に嚠喨りゅうりょうと響き渡る、あの音楽的な鐘声かねのねも、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あしたほしをいただいてで、ゆうべに月を踏んで帰るその辛苦しんくも国家のためなりと思ってあまんずればよいが、なかなか普通人情としてあまんじてのみいるものでない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
窓から眺める街路にはもう薄っすらとゆうべもやがかかって暮れかかる秋の模糊たる町々の景色は、あわただしい中にも妙に一抹のわびしさを私の胸にみ入らせていたが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
もう日が暮れて窓の外にはゆうべの星がまたたき始め、うすら寒くさえなって来ましたが、私は朝の十一時から御飯もたべず、火も起さず、電気をつける気力もなく
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やがてその日もゆうべになれば主人は肩衣かたぎぬを掛け豆の入りたる升を持ち、先づ恵方えほうに向きて豆を撒き、福は内鬼は外と呼ぶ。それより四方に向ひ豆を撒き福は内を呼ぶ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そのゆうべ、イエスはエルサレムの市内に準備せられた家に来て、十二弟子とともに過越の食卓についた。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
それも家族の糊口ここうしのぐ汗多き働きである。一人の作ではなく、一家の者たちは挙げて皆この仕事に当る。あしたゆうべも、暑き折も寒き折も、忙しい仕事に日は暮れる。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
先頃せんころまで三奸さんかんの随一に数えられたが、賢の賢たる所以ゆえんも備わるが、奸の奸たる毒素も持たざるなし、あしたには公武の合体を策し、ゆうべには薩長の志士と交るといえども
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いずれにしてもひめはそのゆうべ両親りょうしんうながされ、盛装せいそうしておそばにまかりで、御接待ごせったいあたられたのでした。
あしたゆうべ彼女かれが病床をせいし、自ら薬餌やくじを与え、さらに自ら指揮して彼女かれがために心静かに病を養うべき離家はなれを建て、いかにもして彼女かれを生かさずばやまざらんとす。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それは常ならぬ暗闇くらやみの夜のことであった。ピアッサの大時計はイタリアのゆうべの第五時を報じた。
しかし、似たと言うのは、あの場合、決して、正しい言葉ではございません。まさしく私があしたゆうべに、鏡の中で見なれている、私自身に、相違ないではございませんか。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
あしたに金光をちりばめし満目まんもくの雪、ゆうべには濁水じょくすいして河海かかいに落滅す。今宵こんしょう銀燭をつらねし栄耀えいようの花、暁には塵芥じんかいとなつて泥土にす。三界は波上のもん、一生は空裡くうりの虹とかや。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
およそ動物にはあしたに生まれゆうべに死ぬ蜉蝣かげろうのごとき短命なものもあり、象や鯨のように二百年も三百年も生きるものもあるが、いずれにしても寿命に制限のないものはない。
生物学より見たる教育 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
ゆうべまでの楽しい多くの友だちと兄弟との世界がすっかり閉されてしまって、彼女には重苦しいやるせない夕方の木影のような暗い不安な世界ばかりになったように思われた。
咲いてゆく花 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
五隻の戦艦は、速力をゆるめて、いまはただ、波のまにまに、ゆうべの海を、ただようのである。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
藤原が右京の屋敷を出たのもの女の為に多くの金をつかい果し今は困窮してあしたに出てゆうべに帰る稼ぎも、女房にょうぼや母をすごしたいからだ、其の夫の稼いだ金銭をくすねて置けばこそ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この頃の学生はあしたに哲学書を読み、ゆうべに低俗なる大衆小説を読んでいるのは、日本の文化のためになげかわしいというような口を利いて、小心翼々として文化の殉教者を気取るのである。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あけると扉にあたる頁に「あしたを思い、またゆうべを思うべし。」と書いてある。内容は一人の少年が「わが師」へ宛てて書きつづった手紙の形式になっている。これも青春の独白の一つであろう。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
かく述べ来ると当時の京都の住民は、あしたをもってゆうべを計り難く、恟々きょうきょうとして何事も手につかなかったように想像されるが、実際はさほどにあわてて落ちつかぬ暮らしをしていたのではない。