あなど)” の例文
樣々な懊惱あうのうかさね、無愧むきな卑屈なあなどらるべき下劣な情念を押包みつゝ、この暗い六疊を臥所ふしどとして執念深く生活して來たのである。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
人の上に立つものはそれだけに苦労が多く、里方がこの様な身柄では猶更なほさらのこと人にあなどられぬやうの心懸けもしなければ成るまじ
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
意気込んで応じるのは、馬鹿のあわて者です。飲酒の作法は、むずかしい。泥酔でいすいして、へどを吐くは禁物。すべての人にあなどられる。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
して、短銃ピストルをかたく掴んでおりますぞ。逆上している相手ですからあなどると怪我人けがにんを生じるでしょう。まあ、もう少し見ていてくれい
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしこゝろむかへなければならなかつた……それはちからよわふゆだからだらうか? いや! どうして彼女かのぢよちからあなどこと出來できよう。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
家柄やその他何によらず人格以外の差別によって相互間に区別を付けて一方にはあなどり、一方は怒り、一方は威張り一方はヒガみ
平民道 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
成績のことで豊子さんにあなどられたのは僕の生涯の中の一転機だった。僕は今更ながら発憤した。こんなことでは駄目だと思った。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
桶狭間おけはざま今川義元いまがわよしもとも敵をあなどって命を落したが、首はあとから返して貰ったし、もちろん鼻だってちゃんと首に附いていたことだ。
それは勿論もちろん、これは我々われわれだけのはなしだが、かれあま尊敬そんけいをすべき人格じんかくおとこではいが、じゅつけてはまたなかなかあなどられんとおもう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それと共にまた過去の学風に追従していることによって現代支那の新しい学者からもあなどられるようなことがなければ幸である。
彼は自分の好奇心を満足させた上で、兵卒と共にイエスをあなど嘲弄ちょうろうしたのです(ルカ二三の六—一二)。実に卑しむべきやつだ。
鍛冶倉は縄を口でしごいて、処嫌ところきらわず金蔵を縛ろうとする。縛られまいとして、一生懸命の力は金蔵といえどもあなどるべからず。
「兄弟などは親戚中でも、特に血の濃いものでござるが『兄弟かきにせめげども、外そのあなどりを防ぐ』と云って、真実仲よくしていますがな」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
定めし、文平は婦人をんな子供こどもと見て思ひあなどつて、自分独りが男ででも有るかのやうに、可厭いや容子ようすを売つて居ることであらう。さぞ
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
で、その尻上がりの「ですか」を饒舌しゃべって、時々じろじろと下目しために見越すのが、田舎漢いなかものだとあなどるなと言う態度の、それがあきらかに窓から見透みえすく。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことに文学において日本婦人はあなどりがたい技倆ぎりょうを古代においてしばしば実現しているから相当の自信を持ってよかろうと思う。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
なかなかあなどれない。三十六サンチの大砲弾が、うなりを立てて、遊撃隊の頭の上へ、襲いかかった。本多鋼鉄がどんなに強くても、油断はできぬ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
酔「くどい、見れば立派なお侍、御直参ごじきさんいずれの御藩中ごはんちゅうかは知らないが尾羽おは打枯うちからした浪人とあなどり失礼至極、愈々いよ/\勘弁がならなければどうする」
吐くうち下り方のよき道なれば失敬と振り𢌞す帽子は忽ち森の陰となりぬ畜生あなどツて一番やられたよし左らば車が早きか我々のすねが達者か競爭を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「何じゃい。何じゃい。まだ失せおらぬかッ。老人と思うてあなどらば当が違うぞ。行かッしゃいッ。行かッしゃいッ、行けと申すになぜ行かぬかッ」
腹を立てるほどの気性もないらしかった。内気というよりは陰気な感じで、これでは朋輩ほうばいにも客にもあなどられるばかりではないかという気がされた。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
実を云うとどてらがこんな事を饒舌しゃべるのは、自分を若年じゃくねんあなどって、好い加減に人をだますのではないかと考えた。ところが相手は存外真面目である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時々さう思ふ事がある、あの人の水臭い仕打の有るのは、多少いくらか自分をあなどつてゐるのではあるまいか。自分は此家ここの厄介者、あの人は家附の娘だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
口では党をあなどったり、デマを飛ばしたり見縊みくびっているが、この事実こそは明かにそれを裏切って、党が彼奴等の最大の敵であることを示している。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
相手を袋の鼠の、しかも子供とあなどってか、シムソンは彼のたくらみを、さも自慢らしく述べ立てました。何という狡獪こうかいさ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そのはなはだしいのになりますと、他人の祖先の賤しきをみて、これをあなどろうとするものすらないではありません。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
呉服屋ごふくやに物言うのもはばかるほどであったお蔭で、半年経たぬうちにやっと元の額になったのを機会しおに、いつまでも二階借りしていては人にあなどられる
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
四季折り折りの山の姿、水の流れ。それはすべて、我が人生記録である。私は、故郷の人々がどんなに私をあなどり貶しても、私は決してそれを意としない。
利根川の鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そして、すずめたちは、かがしをあなどって、いねらしましたが、ある、おじいさんの息子むすこった、ほんとうの鉄砲てっぽうで、みんなころされてしまいました。
からすとかがし (新字新仮名) / 小川未明(著)
ようやく目科の話が終れば果せるかな細君は第一に「貴方は失念ぬかった事を仕ましたね」と云う、目科はあたかも今までの経験にて細君の意見のあなどり難きを知れる如く
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
即ち初めは恐れ、次にあなどり、分割を思うたが、後にはその非を悟り、一転して経済的に利権の獲得を試みた。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
いわんや心にも礼なく形にも礼なく放埒不覊ほうらつふきにして長上を軽んじ先輩をあなどる如きは人の道を外れたる禽獣行きんじゅうこうのみ。禽獣行の人は家庭の良主人となすに足らず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
今日こんにちの眼から観れば、みずからあなどることはなはだしいようにも思われるかも知れないが、なんと理窟を云っても劇場当事者の方で受付けてくれないのであるから
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一家の主人、その妻を軽蔑すれば、その子これにならって母をあなどり、その教を重んぜず。母の教を重んぜざれば、母はあれどもなきが如し。孤子みなしごに異ならざるなり。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この女は現在の自分をあなどって見ているのではないかなどと、焦慮の中には、こんなことも源氏は思われた。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かようにアメリカの博物館はくぶつかんはなか/\あなどがたいきほひをもつてゐるばかりでなく、近年きんねん支那しななどから古美術品こびじゆつひん金錢きんせんいとはず購入こうにゆうするといふ状態じようたいですから
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
どうせシナ政府は我が国を助けることは出来やしないとあなどり切って居るものですから、その儘泣寝入なきねいりになって勢力は次第に衰えて行くという今日の有様である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
今、単に経済上より観察を下しまして、この小国のけっしてあなどるべからざる国であることがわかります。
絶えず敵の追手おってを恐れ、ことに恥とあなどりとを防ぐためにあの気高い奥方がどんなに心を苦しめられたか
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
せしめたのだ何處どこからもしりくる氣遣はねへしめろ/\と一同に飛懸らんずる樣子やうすゆゑ半四郎は心の中にさては此奴等我は年端としはゆかぬ若者とあなどおつな處へ氣を廻し酒代を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
勘次かんじちひさな時分じぶんからあなどられてかされた。かれおそろしい泣蟲なきむしであつた。かれ何時いつにか燗鍋かんなべといふ綽名あだなけられた。かれこゝろいくれをきらつたかれない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
時として我を輕んずるやうなる詞、我をあなどるやうなるおこなひなきにしもあらねど、そはわが爲め好かれとて言ひもし行ひもし給ふなれば、憎むべきにはあらざるなるべし。
相手が女とあなどってか、人もあろうに、今評判喧嘩渡世の大姐御、御意見無用いのち不知の知らずのお絃ちゃんにたんかを切ろうというのだから、さてはこの戸塚の三公
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かゝれ/\と刀柄つかをたゝけば、応と意気込む覚えの面々、人甲斐ひとがいも無き旅僧たびそう一人。何程の事やあらむとあなどりつゝ、雪影うつらふ氷のやいばを、抜きれ抜き連れきそひかゝる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は新米の乞食のわたくしを見て、女とあなどり矢庭に「擲るぞ」と拳を振上げて、威嚇いかくしました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
宿屋に著きて先づ飯盛女めしもりおんなの品定め、水臭き味噌汁すすりながら、ここに遊君はありやといへば、ござりまする、片田舎とてあなどり給はば思はぬ不覚を取り給ふべし、などいふ
(新字旧仮名) / 正岡子規(著)
或は彼の説く所、そのことばの響と異なり、あなどるべからざる意義を有することあらむ 五五—五七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
一方、霜降り服の紳士は、勝ち誇って、いくぶんあなどりの眼で相手を眺めたようであった。
そうして酒徒しゅととしての私にはやや差し障りそうな道連みちづれではあったが時とするとあなどり難い小さな監督者であろうも知れぬが、だが、私自身にもむしあるいはそれを望んだ心もちもあった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
さらぬは坐したるままにて答ふれど、あなどりたるにもあらず、この仲間のくせなるべし。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)