とび)” の例文
戸山が原にも春の草が萠え出して、その青々とした原の上に、市内ではこのごろ滅多めったに見られない大きいとびが悠々と高く舞っていた。
出入のとびの者を近い親類へ走らせたり、物置の戸を外したり、天井裏までを覗いたりしましたが、内儀のお杉は影も形もありません。
寝室の火のそばには、衣裳戸棚が壁とおなじ平面に立っていて、それには錠をおろさずに、にぶいとび色の紙をもっておおわれていた。
飛んでゐる五六羽の鳥はとびだかがんだか彼れの智識では識別みわけられなかつたが、「ブラツクバード」と名づけただけで彼れは滿足した。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
海岸かいがんで、とび喧嘩けんくわをしてけたくやしさ、くやしまぎれにものをもゆはず、びをりてきて、いきなりつよくこつんと一つ突衝つゝきました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
こういう事のあったあとだからというので、とびの者や力自慢の道具方など、りすぐった七人の者が、寝ずの番をおおせつかったのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
きん黝朱うるみの羽根の色をしたとびの子が、ちょうどこのむかいのかど棒杭ぼうぐいとまっていたのをた七、八年前のことをおもい出したのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
鷲の金太という粋なとびの役で「世はさまざま、芝居にしても桟敷で御覧になる方もあれば、熊の格子へつかまって立見をする客もあり」
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
その空からは、ほがらかなとびの声が、日の光と共に、雨の如く落ちて来る。彼は今まで沈んでゐた気分が次第に軽くなつて来る事を意識した。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
沢は恐入おそれいらずには居られなかつた。とびはねにはことづけても、此の人の両袖に、——く、なよなよと、抱取だきとらるべき革鞄ではなかつたから。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小野さんは隧道を出るや否や、すぐ自転車に乗ってけ出そうとする。魚はふちおどる、とびは空に舞う。小野さんは詩のくにに住む人である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とびいろの眼と、ユウマアのみなぎった、人のいい顔をしてる。この年齢としまで、独身を通してきた。長刀なぎなたの名手なのだ。渋川流しぶかわりゅうやわらもやる。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わあッと、暁の空に向って、突然、諸声もろごえがあがった。まだ敵と接するには不意過ぎた。とび方面に立ち昇った黒煙を見出したのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
発明家のエデイソンがある朝、自分の実験室で、何かとび色の薬料を乳鉢にゆうはちのなかで混ぜてゐると、そこへ美しい令嬢が訪ねて来た。
とびのように光る瞳をみはって、よい身体ですな、だいぶんありましょう、と痩せぎすの友田が手拭で首筋を洗いながら云った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
いるわ、いるわ。わが突撃隊のいる森の上に群れている。まるでとびが喧嘩しているように見える。おお、森をめがけて、なにか怪しい光線を
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
川並かわなみ人夫のあやつるところの長柄のとびに、その手心は似ているにちがいない。いかだにくめば顛動てんどうする危なかしさもないであろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と、気早やなとびの者が一人、この気味の悪い闖入者ちんにゅうしゃの方へ飛んで行ったが、手にした匕首——しかも血みどろなのを眺めると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
青空にはとびが一羽ぴょろぴょろ鳴きながら舞っていて、参詣さんけいのひとたちは大社様を拝んでからそのつぎに青空と鳶を拝んだ。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
とびかしら位はいつでも飼っておくからという連中は、もうとっくの昔に東京目抜の通りに帰って来て、古いのれんの蔭から盛に芽を吹いている。
彼はとびに不意に頭骸骨を空にさらはれたかのやうな、気抜けな有様で、穴のあくほど水島の顔を、暫らくは凝然じつと見てゐた。
塩を撒く (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
夏のつめくさの花はみんなとびいろに枯れてしまって、その三つ葉さえ大へん小さく縮まってしまったように思われました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それはからすとびをふせぐためだが、養魚池は三千坪もあるから、網だと云っても安い金ではあるまい、などという話をした。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手塚は片手の指で半白の髭が延びた顎を撫でていたが、あちらを向いてとびの働くのを眺めている幸雄の肩を軽く叩いた。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
決まってらあ。おれたちが火事見回りに行くんじゃねえんだよ。火事が出そうなこんな晩にゃ、火消しやとび人足はうちを
永富町ながとみちやうと申候處の銅物屋かなものや大釜おほがまの中にて、七人やけ死申候、(原註、親父おやぢ一人、息子むすこ一人、十五歳に成候見せの者一人、丁穉でつち三人、抱へのとびの者一人)
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
マーキュ はて、足下おぬし戀人こひびとではないか? すればキューピッドのはねでもりて、からすとびのやうにかけったがよからう。
隙があつたらとび下りて掴み去らうと空高く舞うて居るとびも幾羽も居た。何処からともなく沢山の猫が集つて来て人の足許やそこらにうろついて居た。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
また『とびの羽』の巻でも芭蕉の「まいら戸」の句「ひるの貝」の句のごとき、なんでもないような句であるが完全にこのアタヴィズムの痕跡こんせきを示さない。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして、その梢を中心として、一羽のとびが、翼を動かさないで、大きな円弧を描きながら、ゆるやかにとんでいる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
大丸の棟を火が走ったかと思いましたが、助かりました。何んでもとびの者が棟の上に並んで消したとかいいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
いくらかもやを含んでいて、白っぽく見えてはおりましたが、でもよく晴れた夏の空を、自分の遊歩場あそびばででもあるかのように、とびが舞っておりましたっけ。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ギニョール——したが拙者せっしゃは出られないのでござる。なぜと申せば、拙者の股引パンタロンめをとびがさらってまいったゆえ。
「そうお。じゃ、早速連れて来て見せてくれない。」と、美和子のそばへ坐ると、美和子も興奮しているらしく、美しいとびのように、眼をかがやかしていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
那処あすこに遠くほん小楊枝こようじほどの棒が見えませう、あれが旗なので、浅黄あさぎに赤い柳条しまの模様まで昭然はつきり見えて、さうして旗竿はたさをさきとび宿とまつてゐるが手に取るやう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
寺田さんはそれをはっきりと教えてくれる。あるいはとびが空を舞いながら餌を探している。我々はその鳶がどうして餌を探し得るかを疑問としたことがない。
寺田寅彦 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ことに高い方のM百貨店は、僕の先祖代々ろくんだ北越百万石の領主が、東照神君とうしょうしんくん御霊みたま詣での途次とじ、お供先が往来の真ン中で、とびの者と喧嘩になった為めに
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
空は小春日和びよりの晴れて高くとびの舞ひ静まりし彼方かなたには五重の塔そびえてそのかたわらに富士の白く小さく見えたる
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
牛は、ときどき飼葉桶から顔をあげ、鼻のあなにはいつた餌を、舌のさきめとつては喰べてゐた。とびが松林の上を高くなつたり、低くなつたりして鳴いてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
やがて空にむかって、「相模さがみ、相模」とおよびになる。「ハッ」とこたえて、とびのような変化へんげの鳥が空からまいおり、院の御前にひれふして、仰せの言葉を待つ。
〆切町内々々ちやうない/\自身番屋じしんばんやにはとびの者共火事裝束しやうぞくにてつめ家主抔いへぬしなどかはり/″\相詰たり數寄屋橋御見附みつけ這入はいれば常よりも人數夥多おびたゞしく天一坊の供のこら繰込くりこむを待て御門を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
先生の紫ずんだ唇が磯巾着いそぎんちやくのやうに開閉し、それにつれて左右にねた一文字髭がとびの羽根のやうに上下するのが見えたかと思ふと、先生はもう降壇されてしまつた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
とびが出るか、たかが出るか、難産中で今日いまの処は何とも言へぬが、三十三四の、脂肪切あぶらぎつた未亡人を主人公に、五六十回続けて見ようと思ふが、問題が問題であるから
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
なおも太吉は立って水車場の方を見ていると、裏の山から飛んで来たとびが頭の上をすぎたが、かろく、せわしげに翼をきざんで、低くたにに舞い下って水車場近くの枯木に止った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこで一行は迂回うかいをしなければならぬかとためらっていると、それをどこかの大名の行列かとまちがえて、喧嘩をしていたとびの者たちが急にさあっとみちを開いたので
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうして、微風が吹くと、一様に背を曲げる芒の上から、首を振りつつ進む馬の姿が一段と空に高まった。空では鷸子つぶりとびとがまるく空中の持ち場を守って飛んでいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
とびかしらをしていると云う階下のお上さんの旦那にも会う。皆、歯ぎれがよくて下町人らしい人達だ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
さ、いつごろ安房守あわのかみに叙爵したっけかな——トニカク、とびたかを産んだのか、いや、この親にしてこの子ありか、人間の万事はわからぬものだ、と神尾が思いました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
凧の種類には扇、袢纏はんてんとびせみ、あんどん、やっこ三番叟さんばそう、ぶか、からす、すが凧などがあって、主に細工物で、扇の形をしていたり、蝉の形になっていたりするものである。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
翌朝よくちょう出入でいりとびの者や、大工の棟梁とうりょう、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中もなか、庭一面の霜柱しもばしらを踏み砕いた足痕あしあと
(新字新仮名) / 永井荷風(著)