あん)” の例文
「どうか、この荷物にもつ無事ぶじ先方せんぽうとどけてくれ。そうすればかえりにあんころもちをってやるぞ。」と、おとこは、うしにいったのであります。
ある男と牛の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あんがうまくなくなったわ」おみきはぼんやりと、そらごとのように呟いた、「島屋のまんじゅう、——職人でも変ったのかしら」
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日本菓子はあんと砂糖の味ばかりで形だけを変えたのが多うございますから西洋人はる菓子だ、口で食べる菓子でないと申します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
近ごろ理学士藤野米吉ふじのよねきち君が、液の代わりに製菓用のさらしあんを水で練ったものの層に熱対流を起こさせる実験を進めた結果、よほどまで
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは原稿の第一ページたることを示すものであった。彼はこのノンブルをあんパンのような大きな文字で書くことが好きであった。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真中どころにごろごろして竹の皮包みのあんころかなにかを頬張りながら、下卑げびた話をしてゲラゲラ笑っているのもあります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私たちも一面に蒲公英たんぽぽ土筆つくしの生えている堤の斜面に腰を下して、橋の袂の掛茶屋で買ったあんパンをかたみに食べた。私たちもまだおさなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
その木鉢はあん胡麻ごま黄粉きなことになっているので、奥にいるのが粟餅をよいほどにちぎっては、その三つの鉢へ投げるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
と見てるとかね七八なゝやツつづゝ大福餅だいふくもちなかうへからあんもちふたをいたしてギユツと握固にぎりかためては口へ頬張ほゝばしろくろにして呑込のみこんでる。金
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
れがあんこの種なしに成つてもう今からは何を売らう、直様すぐさま煮かけては置いたけれど中途なかたびお客は断れない、どうしような、と相談を懸けられて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
茶碗に六、七分目取り、あんかけ饂飩うどんの餡で、人の知る餡を別に拵えてかけて食べる。なかなかしゃれたもので、ぜいたく者ほど喜んでくれるもの。
よだれくり進上しんじょう、お饅頭まんじゅう進上しんじょう」と、お美夜ちゃんは涎くりの手まねやら、お饅頭をこねたり、あんをつめたり、ふかしたりの仕草しぐさ、なかなかいそがしい。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
依田君もそのかたわらで、大きなあんパンの袋をあけてせっせと「ええ五つ、十う、二十」をやっているのが見える。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先づ最初に、笹の雪のあんかけぐらゐの大きさに切つた一と片の豆腐が、小型の皿に盛られて出る。豆腐の上には青い白いどろ/\の汁がかゝつて居る。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは野良仕事をする人達の握飯みたいな大きなもので、ご飯ばかり多くてあんは少かった、砂糖も足りなかった。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
その毒は、昼頃食べた生菓子のあんの中に入っていたのではあるまいかと——言いますが確かなことは判りません。
大川を眺めながら団子を食う、餅もよしあんもよし、ことにツケ焼団子が自慢で、下戸げこばかりか上戸じょうごも手を出した。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
昨夜ゆうべのらしく、あんえてゐた。だが彼は頬を盛に動かし、茶をのんでは、咽喉骨のどぼねをゴクリゴクリとさせた。
反逆の呂律 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
冗談は抜きにして峠越えのない旅行は、正にあんのない饅頭まんじゅうである。昇りは苦しいといっても、曲り角から先の路の附け方を、想像するだけでも楽しみがある。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そしてこのクリームをあんパンの餡の代りに用いたら、栄養価はもちろん、一種新鮮な風味を加えて餡パンよりは一段上がったものになるなと考えたのである。
五銭玉と引換えに一袋のあんパンをツカむと、イキナリ自分の口へもっていったその顔! 泣き叫ぶ背の子や、両手にあらそってがみつく子供達を振りもぎって
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
つぶしあん牡丹餅ぼたもちさ。ために、浅からざる御不興をこうむった、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可いけない。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅は可笑おかしい。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
パンじゅうとは、パンと、まんじゅうを合わせたようなもので、パンのような軽い皮に包まれたあん入りの饅頭。それが、四個皿に盛ってあって、十銭だったと思う。
甘話休題 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
新宿の旭町あさひまちの木賃宿へ泊った。石崖いしがけの下の雪どけで、道があんこのようにこねこねしている通りの旅人宿に、一泊三十銭で私は泥のような体を横たえることが出来た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その他甘味品、カス巻きってんですがね、カステラにあんを入れてロールしたやつ、それに氷砂糖など。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
香以はこの屏風を横奪して、交山には竹川町点心堂のあんに、銀二十五両を切餅きりもちとして添えておくった。当時二十五両包を切餅と称したからである。交山は下戸であった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と見れば、豆板屋、金米糖こんぺいとう、ぶっ切りあめもガラスのふたの下にはいっており、その隣は鯛焼屋、尻尾しっぽまであんがはいっている焼きたてで、新聞紙に包んでも持てぬくらい熱い。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
口が力なくダラリと開くとまだモナカのつぶあんのくっ付いている荒れた舌がダラリと見えた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いざよい最中もなかといって、栗のはいったあんの最中を、昔から自慢にいたして売って居ります。
誰も知らぬ (新字新仮名) / 太宰治(著)
三人の子供は恭三の家へ入って炉の傍で土産みやげ饅頭まんじゅうを喰い始めた。六つになる女の子があんがこぼれて炉の灰の中へ落ちたのを拾って食べた。恭三は見ぬ振りをして横を向いた。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
甘いあんが舌から喉へ落ちてゆくと、武蔵は、生のよろこびに、餅を持っている指がふるえて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もち円形まるきが普通なみなるわざと三角にひねりて客の目をかんとたくみしようなれど実はあんをつつむに手数てすうのかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
話が途絶とだえる。藤さんは章坊が蒲団へ落したあんを手の平へ拾う。影法師が壁に写っている。頭が動く。やがてそれがきちんと横向きに落ちつくと、自分は目口眉毛を心でつける。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ただ筒井の叡智えいちだけがそれを教えたのだ。間もなく赤の飯はふっくりと炊かれ、小豆は赤ん坊のようにあどけなく柔らかくれて、あまい、あつさりしたあんの深いあじわいを蔵していた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さらに自らもちを作り、その中にあんの代わりに馬糞ばふんを包み込み、祈祷の御礼に出かけ
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
じいさんとこのは大きくて他家よその三倍もあるが、きが細かで、上手じょうずに紅入の宝袋たからぶくろなぞこさえてよこす。下田の金さんとこのは、あんは黒砂糖だが、手奇麗てぎれいで、小奇麗な蓋物ふたものに入れてよこす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自動車の来るのを待つ間に私たちは幽かにみ出る額の汗を感じながら、爽やかなアイスクリームの黄をすすり、水筒に水を、弁当鞄にサンドウィッチを、チョコレエトケーキ、あんパン
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
款待振もてなしぶり田舎饅頭ゐなかまんぢゆう、その黒砂糖のあんの食ひ慣れたのも、可懐なつかしい少年時代を思出させる。故郷に帰つたといふ心地こゝろもちは、何よりも深く斯ういふ場合に、丑松の胸をいて湧上わきあがるのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
松木は、酒保から、あんパン、砂糖、パインアップル、煙草などを買って来た。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そこで自分も思い切って、こちら側の下から、比較的奇麗きれいなのをつまみ出して、あんぐりやった。油の味が舌の上へ流れ出したと思う間もなく、その中からにがあんが卒然として味覚をおかして来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだ、顔は子供っぽかったが、からだは壮丁なみに発達していた。康子は甥の歌声をきくと、いつもくすくす笑うのだった。……あんを入れた饅頭まんじゅうを拵え、晩酌の後出すと、順一はひどくめてくれる。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
さらあんで、台所の婦人ひとがこしらえてくれたお汁粉しるこの、赤いおわんふたをとりながら、燁子さんが薄いお汁粉をき廻しているはしの手を見ると、新聞の鉄箒欄の人は、自分を崇拝している年下の男の方が
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
できれば、上等の蒸し菓子の中へ入れるあんだけが食べたくなった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
やきするめやあんつぼなどをつまむのがくせになっていました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
おとこは、うしいて、やがてあんころもちをっているみせまえへかかりますと、その時分じぶんから、ゴロゴロとかみなりりはじめました。
ある男と牛の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
見てるとも知らず源八げんぱちもち取上とりあげ二ツにわつなかあん繰出くりだし、あんあんもちもち両方りやうはう積上つみあげまして、突然とつぜん懐中ふところ突込つツこしばらくムグ/\やつてたが
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
大原「それが第一日ですか、二日目は何です」お登和「二日目はパンのあんかけと名をつけたもので先ず牛乳を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
田舎いなか、小倉、塩あん乃至は白餡の上品まで口当りのよさ、ことに蓋を取った時のその匂い、ほんのりと特有の香味、煮抜きの餡の練れた工合、全く甘党を誘惑する。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
そっと手をもっていってみると、そこの所は、あんパンをのせたように、ひどくれあがっていました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くちびるの周りへ、ちょうど子供があんで口のはたをよごしたような風に、あおぐろいシミが出たことがあって、医者に診てもらうと、彼女のその時のはアスピリンの中毒だとのことで
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)