ねや)” の例文
見るに衣裳なり見苦みぐるしけれども色白くして人品ひとがら能くひなまれなる美男なればこゝろ嬉敷うれしくねやともなひつゝ終に新枕にひまくらかはせし故是より吉三郎もお菊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ねやしとねから、枕の類にまで事寄せ、あるひは戀とし、あるひは哀傷として、詩にも作られ、歌にも詠まれ、文章にも綴られて來たのは
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
若いお内儀さんが夜半よなかねやをぬけ出して、下女部屋へ忍んで来た仔細はすぐに判った。判ると同時に、お菊は差当りの返事に困った。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ねやこゑもなく、すゞしいばかりぱち/\させて、かねきこえぬのを、いたづらゆびる、寂々しん/\とした板戸いたどそとに、ばさりと物音ものおと
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ねやむつみの頃をはかって室を襲い、家人をみな縛りあげた上、財宝はもちろん、男女の衣裳まで悉皆しっかい、車につんで持ち去ってしまった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後も毎夜夫人のねやを訪れては、例に依って兎唇みつくちの口元をもぐ/\させながら聞き取りにくい甘ったるい私語をさゝやいていた。
その後貴女のねやを訪れた人も、コマンドルスキーの海底でこの世を去った艇長も、同様シュテッヘでありまして、しかもなお奇異ふしぎな事には
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まるで、ねやを共にする男へなんぞの色気いろけは、大嵐おおあらしの中へき飛ばしたかのように、自分一人で涙を楽しんでいる風なのだ。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「ない事はございますまい。貴方が仰有らないでこんな事になる筈がありませぬ、武辺一徹の父に、——夫婦のねやの事など察せられると思いますか」
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其すら、其、人の世になっても、氏貴い家々の娘御のねやの戸までも、忍びよると申しまする。世に言う「天若みこ」と言うのが、其でおざります。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
温かいねやの燃えるような夜具の中に、くるくると包まれてゆく心持になってゆく時、ヒヤリとして胸をいたものは
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かくて兎も角も其夜となり、式どもとゞこほりなく相済み、さて嫁女と共にねやに入るに、の嫁女奈美殿、屏風の中にひれ伏してシミ/″\と泣き給ふていなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
娘は脂ぎつた利右衞門のねやはべるために、門を入り、母はたつた一人の我家に悄然として歸る外は無かつたのです。
憂悶ゆうもんの雲は忽ち無辜むこの青年と、金を盗まれた両親との上におおい掛かる。それを余所に見て、余りに気軽なマリイ・ルイイズは、ねやに入って夫に戯れ掛かる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
蝋燭ろうそくの明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、ねやに近い几帳きちょうを引き寄せてから
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自己推薦のくだりは宜しくこなして、好い気持ちにペンが滑った余り、つい大昔の初恋時代の感傷に返ったヘルグライン君、「ひとり寝のねや淋しきままに」なんかと
斧を持った夫人の像 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
すさまじき谷川の響に紛れつつ、小歇をやみもせざる雨の音の中に、かの病憊やみつかれたるやうの柱時計は、息も絶気たゆげに半夜を告げわたる時、両箇ふたりねやともしたちまあきらかに耀かがやけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一と目三井寺こがるる胸をぬしは察してくれの鐘と、そのねやに忍んで打ち口説くどけど聞き入れざるを恨み、青年の袋の内へ銀製の名器を入れ置き、彼わが家宝を盗んだと訴え
「しかも今から一月ほど前に抱えた妾だと申すことじゃ。ねやの中まで思い遣られてなアッハハハ」
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なお幾夜かくあるべくありしなり、阿園には夫婦のむつみいまだ尽きず、ねや温味ぬくみいまだに冷えず、恋の夢ただ見初めたるのみなりしなり、彼は哀れにも尼の願いを起し
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
故人こじんがよみつる歌の事などさま/″\胸に迫りて、ほと/\涙もこぼれつべく、ゆかしさのいとへがたければ、ねやの戸おして大空を打見うちみあぐるに、月には横雲少しかゝりて
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「妹ガねやノ板戸ヲ開ムトスレバ、音ノ高クテ人ノ聞付ム事ヲ恐レ、サリトテ帰リモエヤラデ其アタリノ霜ノ上ニ一夜寝タルトナリ」(代匠記)の解は簡潔でよいから記して置く。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
くにと申す女中がございまして、器量人並にすぐれ、こと起居周旋たちいとりまわし如才じょさいなければ、殿様にも独寝ひとりねねや淋しいところから早晩いつか此のお國にお手がつき、お國は到頭とうとうめかけとなり済しましたが
ねやの審判を、どんなにきびしく排撃しても、しすぎることはない、と、とうとう私に確信させてしまったほどの功労者は、誰であったか。無智の洗濯女よ。妻は、職業でない。妻は、事務でない。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
。私は前に云った通り性慾の醜い奴隷なのです。実は一月許り前に妻が郷里の秋田へ帰りました。その留守のねや淋しさに私は女中の貞に挑みかゝり、とう/\暴力を以て獣慾を遂げて終ったのです
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
くしこうがいも何処へやら」、「夏衣」、「初音はつね待たるる時鳥ほととぎす」、「ねやの戸叩く水鶏くいな」、「蚊屋の中」、「晴れて逢う夜」、「見返り柳」、などの刺激の強い表象が、春夏秋冬にはめて並べられている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ねやの上にかたえさしおほひ外面なる葉廣柏に霰ふるなり (能因)
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
竹藪たけやぶに伏勢を張ッている村雀むらすずめはあらたに軍議を開き初め、ねや隙間すきまからり込んで来る暁の光は次第にあたりの闇を追い退け、遠山の角にはあかねの幕がわたり、遠近おちこち渓間たにまからは朝雲の狼煙のろしが立ち昇る。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
い人のねやへおいでなさいと云うのですよ。
ねや一室ひとまの濃きにほひ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
我がねやの傍へのベツド。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見よねやの戸の夕間ぐれ
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ねや麝香じやかうの息づかひ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
蘭麝らんじやかをれるねや
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
繻子枕しゅすまくらに下がっている金の鈴が、ほの暗いねやの気配のうちに光っていた。——それもまた、ふたりのくつろぎをかえって邪魔していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しづく餘波あまりつるにかゝりて、たますだれなびくがごとく、やがてぞ大木たいぼく樹上きのぼつて、こずゑねやさぐしが、つる齊眉かしづ美女たをやめくもなかなるちぎりむすびぬ。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「それでは、なぜ貴女は、艇長の写真を壁の小孔に当てて、掛けて置いたのです。僕はあの孔一つから、貴女の心のねやを覗き込みましたよ」
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その、かね/″\夢みていた世界が今や事実となって夫人のねやに展開されていると云う期待は、彼のあこがれを甚だしくつのらせるのであった。
ひとりのねやに夜ふけて目をさますおりおりなぞは、彼女は枕の上で旦那の物に誘われやすい気質を考えて、それを旦那の情のもろさというよりも
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「わたくしが不義をせぬ証拠は、直次郎さまとお馴れ申して半年近く夫婦の約束までしながら未だ一度もねやを共にした事がございませぬ——それは」
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其日からもう、若人たちの糸縒いとよりは初まった。夜は、ねやの闇の中で寝る女たちには、まれに男の声を聞くこともある、奈良の垣内かきつ住いが、恋しかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
客扱いに馴れている手だれの彼女は、強情な男を、無理無体に引き戻して、お染がねやの客にしてしまった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「お竹殿のねやを犯そうとした為じゃ、——仏罰の恐ろしさは、ひしと身にこたえたであろう。お解りか」
ほいと賤人を寵愛してねやとぎをさせるはすなわちほいと賤人に落ちたも同然、もし我々同族のうちに、左様な人物がありとすれば、同席さえもけがれではござるまいか。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
じて蛇になった例は、陸前佐沼の城主平直信の妻、佐沼御前やかたで働く大工の美男を見初みそめ、夜分ねやを出てその小舎を尋ねしも見当らず、内へ帰れば戸が鎖されいた。
ご覧よ水牛が沼から上がって、獣皮の天幕の裾の下から、顔を入れてねやをうかがっているから。お聞きよ、たくさんの天幕の中から、男のうなされている声が聞こえる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右近は北側の室へはいって行ったがしばらくして出て来た。そして姫君のねやすそのほうで寝た。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
はげしく物思ひてねざりし夜の明方近く疲睡を催せし貫一は、新緑の雨に暗き七時のねやおそはるる夢の苦くしきりうめきしを、老婢ろうひよばれて、覚めたりと知りつつうつつならず又睡りけるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
呼出されて尋ねられし所玄柳申立るはお常の頼みに候へ共毒藥は容易よういならざるに付調合てうがふせず斯々かく/\致し風邪藥かぜぐすりにて間を合せ候とこたふるにぞ大岡殿次に下女お菊をよばれ其方主人のねや刄物はもの
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
蚊幮かやの外に小さく燃えているランプの光で、独寝ひとりねねやが寂しく見えている。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)