ひらめ)” の例文
一座の人は皆黙々として思いもよらぬその話にあまり意をとめなかったようであったが、私は二十年前のことがたちまち頭にひらめいて
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もしや兄が……という疑いがひらめいたものでしたから、その晩詳しい事情を二番めの兄、すなわち保一くんのところへ書き送りました。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
饒津にぎつ公園を過ぎて、東練兵場の焼野が見え、小高いところに東照宮の石の階段が、何かぞっとする悪夢の断片のようにひらめいて見えた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
それでも二つ三つの光芒こうぼうが、暗黒の室内をあわただしくひらめいたが、青竜王に近づいたと思う間もなく、ピシンと叩き消されてしまった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぶときはそのはねじつうつくしいいろひらめきます。このとりはね綺麗きれいですが、ごゑうつくしく、「ぶっ、ぽう、そう」ときつゞけます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
例の物干竿の長刀ながものが、小次郎の肩越しからひらめいて、びゅっと、銀蛇を闇に描くと、もうそれを小次郎は、ふた太刀とは使わなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
室の名を聞くと、お今は間近に迫って来ている晴れがましい婚礼が、頭脳あたまにはっきりひらめいたが、その考えはやはり確実ではなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし法水は、心中何事かひらめいたものがあったとみえて、鑑識課員に靴跡の造型を命じた後に、次項どおりの調査を私服に依頼した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
霊感は、また「ひらめく」という述語をいつも従えている。して見るとそれは稲妻のようなもの、我々のままにならぬものなのである。
童話における物語性の喪失 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
しかし僕のジャアナリスト的才能はこれ等の通信にも電光のように、——少くとも芝居の電光のようにひらめいていることは確である。
「支那游記」自序 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紙燭の光をきって木剣がひらめいた。はっと椙江が息をひいて見る——と、かっともいわず、台上の欠け皿はすっぱりと両断されていた。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
舟番場の所には、槍がひらめいていて、大勢の人が、何か叫び乍ら、兵を押したり、なぐったり、突いたり、槍を閃かしたりしていた。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
其方そちもある夏の夕まぐれ、黄金色こがねいろに輝く空気のうちに、の一ひらひらめき落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事があるであろう。
「ひょっとしてそれがむす子の情事に関する隠語ではあるまいか」こういう考えがちらりと頭にひらめくと、かの女は少しあかくなった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ドサ貫の話が、激しい痛苦を伴って私の脳裏にひらめいたのである。(——市川玲子を殺したふてえ野郎だったのだ。)私は顔をゆがませた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「かれくろがねうつわを避くればあかがねの弓これをとおす、ここにおいてこれをその身より抜けばひらめやじりそのきもよりで来りて畏怖おそれこれに臨む」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
松男君は、そんなこともちよつと頭にひらめいたのですが、それよりもさされた指の方が痛くて、びつくりして、泣いて逃げ去つたのでした。
原つぱの子供会 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
それが重叉した中へ飛行機が捉われると、爆音も一層凄じくきこえ、蚊群のようにひらめいて見えた。一同は顔を上げて茫然とそれを眺めた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
宇平の口角にはかすかな、あざけるような微笑がひらめいた。「おじさん。あなたは神や仏が本当に助けてくれるものだと思っていますか」
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一幅ひとはばの赤いともしが、暗夜をかくしてひらめくなかに、がらくたのうずたかい荷車と、曳子ひきこの黒い姿を従えて立っていたのが、洋燈を持ったまま前へ出て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのくせ、憎悪と苦痛の中には、多少の恐怖さえひらめいて、さすがの仏頂寺も、お得意の腕ずくでは如何いかんともし難いものと見える。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
がたおそろしさはいなづまごとこころうちひらめわたって、二十有余年ゆうよねんあいだ、どうして自分じぶんはこれをらざりしか、らんとはせざりしか。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
白刃しらはえたような稲妻いなづま断間たえまなく雲間あいだひらめき、それにつれてどっとりしきる大粒おおつぶあめは、さながらつぶてのように人々ひとびとおもてちました。
しかし私が彼の帰って行く後姿を見た時に突然ひらめいた感傷的な心持の中には、後から考えるとかなり色々なものが含まれていたようである。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
引緊ひきしまった面に、物を探る額の曇り、キと結んだ紅いくちびる懊悩おうのうと、勇躍とを混じた表情の、ひらめきを思えば、類型の美人ということが出来よう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
柿崎隊と典厩隊との白兵戦は川中島の静寂を破り、突き合う槍の響き、切り結ぶ太刀の音凄じく、剣槍のひらめきが悽愴せいそうを極めた。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たまり兼ねて、若侍二三人、白刃をひらめかしました。源太郎の首を切るぐらいのことは、本当に一挙手一投足の労だったのです。
とき耶、燕王の胸中颶母ばいぼまさに動いて、黒雲こくうん飛ばんと欲し、張玉ちょうぎょく朱能しゅのうの猛将梟雄きょうゆう、眼底紫電ひらめいて、雷火発せんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さながら人なき家の如く堅くも表口の障子を閉めてしまった土弓場の軒端のきばには折々時ならぬ病葉わくらば一片ひとひら二片ふたひらひらめき落ちるのが殊更にあわれ深く
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
汝はがこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわがかたへひらめくところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二—一一四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
此の考がひらめくと、一時はっと気が付きかけたが、暫くして再び意識が朦朧もうろうとし出した。ぼんやりした意識の中に妙な光景が浮び上って来た。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私の胸にはその時分から時々恐ろしい影がひらめきました。初めはそれが偶然そとから襲って来るのです。私は驚きました。私はぞっとしました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の眼から火がひらめいた。眞直まつすぐに突立つて、彼は腕を差しのべた。けれども私は彼の抱擁を避けて、直ぐに部屋を出てしまつた。
と、義竜の姿が忽然こつぜんと消えて、怪しい白刃はくじんへやの中に電光のようにきらきらとひらめくと共に、長井と篠山がばたばたとたおれた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
数番の舞踏済みて、ひたひに加ふる白手巾ハンケチ、胸のあたりにひらめく扇、出でゝラムネを飲むあれば、彼方此方と巡廻へめぐりて、次の番組の相手を求むあり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
ところで、その緊張の頂点に於て僕の頭脳にひらめいたものがあるんだ。僕はかつて、一通人から、いわば騎士道上の忠言を受けたことがあるのだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
「わかりますとも、パッ、パッとひらめくようにいっさいが私の心の目に見えるんです。愛というものは、そういう不思議な力を生みだすんです」
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
れ乾いた木の葉に火がいたのである。濛々もうもうたる黒煙のその中からほのおの舌がひらめいて見え嵐にあおられて次第次第に火勢はふもとの方へ流れて来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると、その皎々こうこうたる頬の上からきらりきらりとひらめきながら、はすの葉をこぼれる露の玉のように転がり落ちるものがあった。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
実に精妙な、手のこんだ筋書であったにも拘らず、童貞童心の女帝の叡智のひらめきは正しい実相を感じ当て、この陰謀はまったく成功しなかった。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
終焉しゅうえんの恐怖の中における窮極のしかも無益なる避難所!……彼は一瞬間落着いたように見えた。なお意識のひらめきを示した。
ツと寄ッた昇がお勢のそばへ……くうで手と手がひらめく、からまる……としずまッた所をみれば、お勢は何時いつか手を握られていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すべてこれらのことが一瞬のひらめきの間であった。思い設けないことに対する一種の驚愕きょうがくが、今まで腰かけていたべンチの上から彼をはじき下ろした。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
こうした喧嘩沙汰ざたはこの時代に珍しくないとはいいながら、自分の店先で無遠慮に刃物を振りひらめかされては迷惑である。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『もしかあの女は遠からず死ぬるのじゃアあるまいか』という一念がいなずまのように僕の心中最も暗き底にひらめいたと思うと僕は思わずおどり上がりました。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
怒牛角をひらめかして馬でも人でも突き刺し、ね上げて、その落ちて来るのを待って角に懸けて振り廻す——こう言った、馬血人血淋漓りんりたるところが
紳士は首をかがめて、外の闇を覗き込んだ。——急に低くなった眼の前の黒い山影の隙間を通して、突然強烈な白色光が、ギラッとひらめいて直ぐに消えた。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
指揮刀しきたうさや銀色ぎんいろやみなかひらめかしてゐる小隊長せうたいちやう大島少尉おほしませうゐさへよろけながらあるいてゐるのが、五六さきえた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
光、光、光、と、ただそのことばかり思いつめていると、ふっと、天の啓示の様に、わしの頭にひらめいたものがある。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
南に富士川は茫々ばう/\たる乾面上に、きりにて刻まれたるみぞとなり、一線の針をひらめかして落つるところは駿河の海、しろがね平らかに、浩蕩かうたうとして天といつく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)