なた)” の例文
新田にいだの方はそんなに仕事がひどえのがあ、お美代。——新田さ嫁に行ぐが、なたで顔剃らせるが——って話は聞いでいだげっとも。」
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
腰になたのような物を差した農夫の影は、縄のはしを口にくわえ、老猿ろうえんのように、もう中腹の灌木に手をかけていた。そして上から
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白く砕ける急湍から、青く渦巻く深潭へ、深潭から又急湍へ——大きななたの背を見るような黒影が、視線をかすめて、スッと過ぎてゆく。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家にきもののない時にはなたで縁側をたたこわし、それをたきぎにしたという人だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
本所にはいわやの弁天、藁づと弁天、なた作り弁天など、弁天のやしろはなかなか多いのであるが、かれがまつっているのは光明弁天というのであった。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は燃料を集めた。なたも鋸も邪魔だから持って来なかった。その為手近に枯木はあっても、遠くまで流木を拾いに出懸けなければならない。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
だが、かぶっている笠をとりもしないで、なたを腰にさしながら、小腰をかがめている人体にんていは、思ったほど老人ではありません。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「八、なたを借りて來てくれ。誰も氣のつかない、隱せさうも無いところに隱してあるに違ひない。きん太郎の腹掛や、武内樣のよろひぢやないよ」
板屋根を葺くのは枌板といって、もとはすぎだのひのきだのの柾目まさめのよくとおったふとい材木を、なたのような刃物はものでそぎわったうすい板であった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それを見下ろしたストーン氏は決然とした態度で、肩を一つ大きく揺すった。そうしてなたち斬るようにきっぱりと云った。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二郎はその合歓の木蔭に来て鎌や、なたほうり出して、芝生の上に横になって何を考うるともなくじっと池の上を見下している。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
夜が明けるとすぐ大急ぎをして帰って来て見ると、家でははりにさげてあったなたが落ちて、そのおっかさんが死んでいたそうです。
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
「待って下さい。博士の仕掛は、この角材の中にしっかり入っているんでしょうから、この角材をなたで割ってみましょう」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
○「へえー肋骨あばらぼねが出て、歯のまばらな白髪頭しらがあたまばゞあが、片手になた見たような物を持って出たんだね、一つの婆で、上から石が落ちたんでげしょう」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
社会の葉を刈り、枝を刈り、頭を刈るために到来した革命にとっては、死刑はもっとも手放しにくいなたの一つである。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
かれうちかへるととも唐鍬たうぐはつけた。なた刀背みねてつくさびんでさうしてつてうごかしてた。つぎあさからもう勘次かんじ姿すがたはやし見出みいだされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
白襦袢、白の半股引、紺の腹掛、手拭を腰にさげた跣足はだしの若い衆は、忙しそうに高張の白提灯しらちょうちんの仕度をしたり、青竹のもとをなたいだりして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
先生に連れられて、なたを持つて、四五人の者が狹い谷間のあちらこちらに咲いてゐる眞白な花を探して歩いた記憶が不思議にはつきりと殘つてゐます。
其の動機は事業の失敗しつぱいで、奈何いか辛辣しんらつ手腕しゆわんも、一度逆運ぎやくうんに向ツては、それこそなたの力を苧売おがらで防ぐ有様ありさまであつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「少しはおだやかになったね」と甲野さんは左右の岸に眼を放つ。踏む角も見えぬ切っ立った山のはるかの上に、なたの音が丁々ちょうちょうとする。黒い影は空高く動く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでお礼として豚の頭を貰って来て、奥からなたを借りて来て、ず解剖的に脳だの眼だのく/\調べて、散々さんざんいじくった跡を煮てくったことがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「お染錠そめじょう」とか「なばなた」などいう名前は、それらが地方的なものであることを語ります。見ると出来が皆手堅いのは、歴史に由来すると思われます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
手甲・脚絆をつけてゐるが、背には粗朶そだらしいものを負うて、なたや鎌の類ひの物を手にさげてゐるやうであつた。
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
なたをとって、つくりかけのひしゃくを二つ三つ、つづけざまにぶちわると、三吉はおもてへとびだしてしまった。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
ふだんの彼の言葉から察するのに彼はなた庖丁で肉を叩きながら尾根山の岩膚が多那川へ露き出しになっているとろの頁岩のことでも考えているのでしょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三尊さんぞん四天王十二童子十六羅漢らかんさては五百羅漢、までを胸中におさめてなた小刀こがたなに彫り浮かべる腕前に、運慶うんけいらぬひと讃歎さんだんすれども鳥仏師とりぶっし知る身の心はずかしく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
利助 それだつ! 言つたな? そいで売りやがつたな、畜生! ようし、どうするか見ろ! 野郎! (いきり立つて懐中からドキドキ光るなたを掴み出す)
地熱 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
食指しよくしおほいに動くと云ふことばは彼等に適切である。食ひ終つた指は洗ふ代りに綺麗にめて仕舞しまふ。贅沢ぜいたく連中れんぢゆうは食後に青い椰子やしの実をなたいて核の中の水を吸ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それから帰路、竹屋町辺まで差しかかると、昨日まで四十何年間も見馴れた小路が、すっかり歯の抜けたようになっていて、兵隊は滅茶苦茶になたを振るっている。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
とうさんたちがそんな子供こどもらしいことをしてに、ぢいやはまた木曾風きそふう背負梯子しよひばしごかたにかけ、なたこししまして、えだをおろすためにはやしはうへと出掛でかけました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
えらいもんだな。さすがに、なたやすを使ってものを食う先生だけあって、あのアイヌ語のうまいこと!ただ惜しいことには、北の方のアイヌ語でしゃべったので、何を
アイヌ語学 (新字新仮名) / 知里真志保(著)
吉は仮面を引きずり降ろすと、なたを振るってその場で仮面を二つに割った。暫くして、彼は持ち馴れた下駄の台木だいぎを眺めるように、割れた仮面を手にとって眺めていた。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
暴風雨あらしの跡のようにきちらかされ、そればかりではなく、あの高価らしい漆黒しっこくのピアノまでが、真ン中からなたでも打込んだように、二つにへし折れているのであった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
はなはだしきは、なたでもって林檎を一刀両断、これを見よ、亀井などというじんは感涙にむせぶ。
しかしあのあか水々みづ/″\したは、ながい/\野山のやまゆきえるまでのあひだを、かみ小鳥達ことりたち糧食りやうしよくにとそなへられたものではないかとおもふと、痛々いた/\しくなたれたひとつみおそろしい。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
安は連れて来た職人と二人して、なたで割った井戸側へ、その日の落葉枯枝を集めて火をつけ高箒たかぼうきでのたうち廻って匍出す蛇、蟲けらを掻寄せてした。パチリバチリ音がする。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
みんな鎌だのなただのを持っているのに、私は素手すでだったもんですからすこし気味が悪くなって、もう山へ登りかかっていたんですけれども、ちょっと家へ行って来ると云って
紀伊国狐憑漆掻語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
森の枯木は、白く尖って、路を塞いでいるので、猟師は、先登に立って、なたで切っ払う。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
本陣は薪をとってゆくといって崖に倒れた朽木を浜へ落してとんとんなたで叩いている。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
そこには、網盥あみだらいと、手網とその日の弁当と、他に焚火たきびの材料を切るなたとがあった。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
母は裏の物置のわきに荒蓆を布いて、日向ぼツこをしながら、打残しの麻糸をつてゐる。三時頃には父も田廻りから帰つて来て、厩の前の乾秣場やたばで、鼻唄ながらになたや鎌を研ぎ始めた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
りおろしたかしの枝をなたでこなしてまきに束ねる。そういうこともよくしていた。
丹三郎が近よってゆくと、弥吉はなたを持ったまま、けげんそうにこっちを見た。
その上にびたる長刀をふるふ武士の面影を見せて、なたを「ふるふ」と、ことさらにいかめしく言ふて見た処は、十分に素人おどしの厭味を帯びて居る。「べき」といふ語も厭味がある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
なたの外には、何も利器を持たずして、単身熊の巣窟に入り、険を踏み、危を冒して、偃松はいまつの中に眠り、大雪山は言うに及ばず、化雲かうん岳を窮め、忠別ちゅうべつ岳を窮め、戸村牛トムラウシ岳を窮め、石狩いしかり岳を窮め
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
蹄鉄、長柄ながえの鎌、フオク、斧、なたの類がその土間には放り出されてあった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
熊の掌は、からだのどこよりも一番腐りやすいところだから、山で足首だけをなたで切り取り、鍋に入れて親子で煮て食っちまいましたんですが。と、答えるのである。やはりうまかったと言う。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
なたか何かで斬り落してしまいたいような衝動しょうどうを感じるのですよ
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
砕かるる冬木はなたの思ふまま
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
なたのようだ。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)