調しらべ)” の例文
さす手ひく手の調子を合わせた、浪の調しらべ、松の曲。おどろおどろと月落ちて、世はただもやとなる中に、ものの影が、躍るわ、躍るわ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また天堂のたへなる調しらべが、下なる諸〻の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなればもだすやを告げよ。 五八—六〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
只今まで警察で厳しいお調しらべを受けましたが、あたしはマッタク何も存じません。妾はこの亭主に一生苦労をさせ通して死に別れました。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
既にしてわれはこのもろ聲の中より、一人の聲の優れて高く又清く、一種言ふべからざる凄切せいせつ調しらべをなせるものあるを聞き出しつ。
さうした古調を、「強い書生」などと云ふ当時の現代風景の中へ殊更に据えたためこの句の調しらべは一そうおもしろいものとなつたのである。
大正東京錦絵 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
「繩張外で氣の毒だが、平次兄哥では此調しらべが六づかしからう。俺が代つてお靜さんの口を割つてやらなきアなるまい、どつこい」
「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジくぎ一本だって調しらべをつけてあったんだ。それにむざむざと……」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたくしはその着眼の奇警きけいにして、その比喩の巧妙なるに驚かねばならない。その調しらべの豪放なることは杜樊川とはんせんを思わしめる。
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第二句、原文「因而奉流」をヨリテ・ツカフルと訓んだが、ヨリテ・マツレルという訓もある。併しマツレルでは調しらべが悪い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
僕の友人の田村たむら検事が今度の事件の受持に極ったということだから、みんなあの男に渡してやる積りだ。これだけあれば随分調しらべの足しになる。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あらため申けるは此度天一坊樣御身分調しらべの儀に付ては越前守申す事は小石川御屋形おやかたの御言葉と心得よとの儀にて大岡が言葉をそむかるゝは則ち上意を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
感謝の声のあまのぼり 琴の調しらべに入らん時 歌にこもれる人の子が 地上の罪の響きなば く手とどめて天津乙女あまつをとめ 耻かしの 色や浮ぶらめ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ことに歌ひ易く調しらべやさしき断章小曲のかずかず、すべてみな見果てぬ夢の現なかりしささやきばかり、とりあつむればあはれなることかぎりなし。
「わすれなぐさ」はしがき (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
だが、多分その演技の目的は子供の唇に歌はれる戀と嫉妬しつととの調しらべを聽くといふことにあるのだらうが、實にいやな趣味だと、少くとも私は思つた。
朽ちせぬ瓊琴ぬごと調しらべである。これこそ真にその中を得たるものといわねばなるまい。人間わざとは思われないからである。不思議といえば不思議である。
おそらく、彼自身の独特の調しらべなのであろう。不可思議な節まわしで、はじめは低く、お高があっけにとられているうちに、だんだん高くなっていった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それは万機を抜けて孤高の調しらべであったということを申したかったのである。その一例が前にかかげた御製である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
一種哀艶の調しらべである。但しこれは少なくも六十余年の後、この唄の作者が住んでいた時代の姿で、この物語にあらわれている男と女との真実の姿ではない。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
河のあなたにけぶる柳の、果ては空とも野とも覚束おぼつかなき間よりづる悲しき調しらべと思えばなるべし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
アヽ是にて疑団ぎだん氷解ひょうかいせり殺せしは支那人陳施寧殺されしは其弟の陳金起少も日本警察の関係に非ず唯念の為めに清国領事まで通知し領事庁にて調しらべたるに施寧は俄に店を
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
道の右は山を𠠇りて長壁と成し、石幽いしゆう蘚碧こけあをうして、幾条いくすぢとも白糸を乱し懸けたる細瀑小瀑ほそたきこたき珊々さんさんとしてそそげるは、嶺上れいじようの松の調しらべも、さだめてこのよりやと見捨て難し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
はや「カドリル」ははじまりて、聞くだにも吾足のひよこ/\浮き立つ陽気の調しらべにつれて、幾組の和洋男女は規則正しく一歩々々歩み出でては、また一歩々々歩み帰る。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
「愚に耐えよ」という言葉は、自嘲じちょうでなくして憤怒ふんぬであり、悲痛なセンチメントの調しらべを帯びてる。蕪村は極めて温厚篤実の人であった。しかもその人にしてこの句あり。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
(やや悲しげに)それが今や汚される。(罌粟畑を眺め)この広い血の海で、その白無垢が赤く染まる。(竪琴を眺め)どのように銀の調しらべが、血とやみとを喜ぶだろう——。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おもきを誇りし圓打まるうち野太刀のだちも、何時しか銀造しろがねづくりの細鞘にそりを打たせ、清らなる布衣ほいの下に練貫ねりぬきの袖さへ見ゆるに、弓矢持つべき手に管絃の調しらべとは、言ふもうたてき事なりけり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
真淵が『万葉』にも調しらべありあしき調ありということをいたく気にして繰り返し申し候は世人が『万葉』中の佶屈きっくつなる歌を取りて「これだから万葉はだめだ」などと攻撃するを
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
弟さんは下ではうるさいからか、二階の画室へ上つて調しらべをしてお出になる、下では婆やとおくみとが茶の間の四畳半で坊ちやんの相手になつたりして、電気の下に坐つてゐた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
こう云った私の声も、何だか歌の調しらべのように美しい旋律を帯びて聞えた。この言葉と共に、私は私の頬を流れる涙を感じた。私の眼の球の周りは一時に熱くなったようであった。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何故なぜぎん調しらべ」ぢゃ? 何故なぜ音樂おんがくぎん調しらべ」ぢゃ?……猫腸絃子サイモン・キャトリングどん、さ、なんとぢゃ?
郷土研究所載柳田國男君の「鉢叩きと其の杖」の文中に、広島県特殊部落調しらべを引いて
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
調しらべが清らかで、愛情のこまやかに滞るなく流れている名歌である。光明皇后の美しい御歯並さえしのばるるではないか。高貴な血統に育った方の気高さがおのずからにじみ出ている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
と、たか調しらべ荒鷲あらわしの、かぜたゝいてぶごとく、ひく調しらべ溪水たにみづの、いはかれてごとく、檣頭しやうとうはし印度洋インドやうかぜげんくだくるなみおとして、本艦々上ほんかんかんじやう暫時しばしなりまなかつた。
ほかの飼犬にも致せ、其の方陪臣の身をもっ夜中やちゅう大小をたいし、御寝所近い処へ忍び入ったるは怪しい事であるぞ、さ何者にか其の方頼まれたので有ろう、白状いたせ、拙者屹度きっと調しらべるぞ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
幽宮かくりみやの幽趣たとしへもなき調しらべ、月光ほのかにむねに沁みわたるにも似て、この君ならではと思はるゝ優しさ、桂の枝にせなうちまゐらせむのたはぶれも、ゆめねたみ心にはあらずと知り玉へかし。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
又深く疑ふときには、此の歌の調しらべ一一一今のみやこはじめの口ぶりにもあらず。
(右の方に向き、耳をそばだてて聞く様子にて立ちおる。)何だか年頃としごろ聞きたく思っても聞かれなかった調しらべででもあるように、身に沁みて聞える。かぎりなきくいのようにもあり、限なき希望のようにもある。
教場の窓は皆な閉つて、運動場うんどうば庭球テニスする人の影も見えない。急に周囲そこいら森閑しんかんとして、時々職員室に起る笑声の外には、さみしい静かな風琴の調しらべがとぎれ/\に二階から聞えて来る位のものであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
此度このたび大陰暦たいゝんれきやめ大陽暦たいやうれきとなし、明治五年十二月三日を明治六年一月一日とさだめたるは一年にはかに二十七日の相違さうゐにて世間せけんにこれをあやしものおほからんとおもひ、西洋せいやうしよ調しらべくにおこなはるゝ大陽暦たいやうれき
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
此時さつきの引出し調しらべの時に緊張させてゐた神経が一時に弛んで、八はひどく体がだるいやうに思つた。そこで左の手を畳に衝く。始終気にして聞いてゐる隣の部屋のいびきが次第に遠くなるやうに思ふ。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
涼しい水の調しらべに耳を洗ひながら、猶三十分程も進んで行くと、前面むかふが思ひもけずにはかに開けて、小山の丘陵のごとく起伏して居る間に、黄稲くわうたうの実れる田、蕎麦の花の白き畑、欝蒼こんもりと茂れる鎮守の森
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
オルガは手品を使う前の小手調しらべのように、しばらくの間淡紅色に輝いたパルパラチャンの指環を眺めたり、耳環をつまさきではじいてみたりしていてから、深い呼吸を面に幾回も繰り返して黙っていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
さみしい調しらべが、波の上を流れた。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
月の吐息か 仄かな調しらべ
調しらべととのへる声して来たり。
まじはりて調しらべふか
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
少しく昇りてわが歌に伴ひ、かつてさちなきピーケを撃ちてゆるしをうるの望みを絶つにいたらしめたる調しらべをこれに傳へんことを —一二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
肩にあやなす鼓の手影、雲井の胴に光さし、つやが添って、名誉がめた心の花に、調しらべの緒の色、さっと燃え、ヤオ、と一つ声がかかる。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
調しらべ申さんと有ゆゑ主税之助答へてとく念入ねんいれ調しらべらるべしと主税之助主從十人とかぞへてぞ通しける主税之助は越前守の主從を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
このような商売をするものは、震災後、その筋の調しらべの行届かぬのに乗じて非常に沢山出来たらしく、その商品は一時東京市中に生産過剰を来たした。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
慰めるが、詩人の命は春に逢ふ度に衰へて行く。自然はいつも同じ春しか繰返さないが、然し詩は時代と共に變じて、昨日の古い調しらべの繰返される事を
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)